第12話 手のひら返し


 膝を抱えて、右半身を壁に委ねて眠っていると、ドアが開く音で目が覚め、びくっと肩を揺らして顔を上げた。するとあたしを見たクレイジーがぎょっとして肩を揺らした。


「うわっ、びっくりした!」

「ふわっ!」

「おばけかと思ったじゃんー! ひえー! おはよー!」

「……おはよう」

(ああ……体中痛い……)


 あたしは立ち上がり、ラジカセの準備をした。


(ラジオ体操で体伸ばそう……)


「ルーチェっぴ、目の下のクマやばくね? どうしたの?」

「……え? 何か言った?」

「……大丈夫?」

「うん。平気」


 あたしとクレイジーがラジオ体操をする。ああ、ラジオ体操してるのに、この時が一番の休憩に感じる。何なんだろう。これ。不思議な感覚。


「よーし、じゃあやろうぜ。ルーチェっぴ」


 クレイジーが杖を構えた。


「壁よ床よ姿を変えよ。我の思う通りの姿となりて。頭を見よ。思考を見よ。我はこの姿を求める」


 葉っぱが伸びて花が咲き、枯れて散れば世界は吸血鬼の城の中になる。あたしは杖を構えた。


「壁よ家具よ姿を変えよ。我の思う通りの姿となりて。頭を見よ。思考を見よ。我はこの姿を求める」


 壁に蝋燭台が設置される。


「じゃ、昨日の続きね」


 クレイジーが座った。


「ルーチェっぴ、頑張ってね。出来たら言って」


 クレイジーがスマートフォンでゲームを始めようとして――あたしはその肩を叩いた。


「クレイジー君、何やってるの?」

「え?」


 クレイジーが目を見開いた。そこに、闇のドレスをまとったあたしが立っていたから。


「 や る よ 」


 クレイジーが瞬きした。


「早く立って」

「……。今日はダンスもつけてみる?」

「いいよ。やってみよう」

「いひひひ! ルーチェっぴ、目が怖いって! キメちゃった感じ? うぇーい!」


 クレイジーが立ち上がり、スマートフォンをポケットに入れ――あたしを見下ろした。


「どこまでやれるか見せてよ」

「どこまででもやれるよ」

「今日なんか不機嫌じゃね? ちょー怖いんですけど。笑ってよ。ルーチェっぴ」

「今日バイトあるから、17時までね」

「17時ね。オッケー。俺っちもそんな感じだから丁度いいわ。じゃ……」


 クレイジーが杖を構えた。


「やるべ」


 ――急にラジカセが再生された。それと同時にクレイジーが目の前から消えた。あたしは服装を見た。ドレスのままだ。あたしは地味な服装に姿を変えた。あたしは吸血鬼の城に迷い込む少女。すると突然蝋燭台に火が付き始める。あたしは戸惑う。振り返ると吸血鬼が現れた。杖を持った手足の長い吸血鬼。歩くところから緑が育つ。近づいてきた吸血鬼に恐れを感じて逃げ出すあたし。しかし外への扉が勝手に閉まってしまう。驚いて足が止まるあたし。そこら中から蔓が伸びてきた。あたしの手足に絡みつき、体に絡みつき、あたしは呪文を唱えた。蔓が弾くように解かれた瞬間、あたしの姿は闇のドレスに変わる。自分の姿に驚くあたし。吸血鬼が蔓をあたしの腰に巻き、引っ張ってきた。次のシーン。あたしは吸血鬼に弄ばれる。まるで操り人形のように蔓で操作される。あたしは呪文を唱えた。光が弾いて蔓が解ける。吸血鬼は驚く。あたしは逃げ出す。吸血鬼が追いかけてくる。あたしは呪文を唱える。階段を作り出し、一気に駆け上がる。吸血鬼がため息を付いた。あたしが階段を上がった先に吸血鬼が手を降って待っていた。レバーを動かすと同時にあたしは呪文を唱えた。階段が滑り台に切り替わり、あたしと吸血鬼が滑り降りていく。それでも逃げなければいけないあたしは呪文を唱えた。廊下を作り出し、そこへ逃げ出す。扉を開けようとすると、手首を掴まれる。あたしの手首を掴んだのは吸血鬼だ。あたしとクレイジーが呪文を唱えた。背景が赤に。お互いの影が体全身を覆う。激しいダンスが始まる。吸血鬼は嬉々と踊る。あたしは逃げようとする。しかし吸血鬼に手首を捕まれやはり逃げられない。また弄ばれる。しかし逃げようとする。ドレスの裾を杖で踏まれ、引っ張られ、手首を掴まれくるくると回される。あたしとクレイジーが呪文を唱えた。背景が吸血鬼の城の廊下。影は地面に戻る。吸血鬼はあたしを操り踊らせる。しかしそんな時、あたしは窓から溢れる日の明かりに気づく。血を吸おうとしてくる吸血鬼。あたしは逆に誘い出す。その前にもっとイイコトしない? 手を離して後ろへ下がるあたし。吸血鬼はいいねと言いたげににやりと笑う。マントを脱ぎ、帽子を飛ばし、あたしを城の奥へと連れて行く。あたしはカーテンの紐に手を伸ばす。吸血鬼があたしのドレスを脱がそうと手を伸ばす。しかしその時にあたしの手が紐に届く。あたしは呪文を唱えた。カーテンが一気に開かれる。吸血鬼が日の光に驚き、その隙を見てあたしは吸血鬼の杖を奪い、彼をぶん殴る。日の光に当たり、灰となって消えた吸血鬼。城の中には、杖の魔力を手に入れたあたしのみが残る。


 ――曲が終わった。


「……はあ……」

「すげー! 最後まで出来た! ルーチェっぴ! ハイタッチ! うえーい!」

(くそ……。こっちは汗だくなのに……余裕で笑ってやがる……)

「あ、録画してなかった! やっべー! やっちまったっぴー!」

(冗談まで言う余裕があるなんて……こっちは……いろんな箇所間違えて……凹んで……倒れそうなのに……!)


 クソクソクソクソクソクソクソ!!


「もう一回お願いします!」

「えっ? あ、え、あ、もちろん!」

(でも昨日よりはマシだ。だって、徹夜で幻覚魔法を重ねる練習したんだもん! こっちは寝てないんだぞ! クソ! 次はミスしたとこ上手くやる!)

「次録画してやろー」

「うん!!」

「ルーチェっぴ、水分補給しておけば?」

「……うん!!」


 あたしはジャージに戻って、水筒の蓋を開けた。



(*'ω'*)



(……バイト、休めばよかった……)


 寝不足のあたしはローションを棚に詰めていく。


(頑張れ……。あと30分で終わる……。あと30分品出ししていれば終わるんだ……。諦めるな……。ミランダ様のお屋敷に帰ったら……ようやく寝れるぞ……!)


『インカム失礼しまーす! ルーチェちゃん!』

(んあ……?)

『ルーチェちゃん! 応答!』

「……はい。なんでしょう……」

『ちょっと六階来れる!?』

「あ……行きまーす……」


 あたしはフラフラしながらエスカレーターで六階まで上がる。ペットコーナーの棚に気前のいい先輩が隠れていた。


「あ、先輩……どうしたんすか……」

「ルーチェちゃん! しっ!」

「え?」

「ちょ、ここ!」

「はあ」

「ほら、あそこ」


 気前のいい先輩が指を指した。あたしはその方向に目を向け――瞬きした。


(あれ……眠すぎて幻覚が……)

「やべえ! ミランダ・ドロレスが買い物してる!!」

「いや、そりゃ……買い物くらい、し、し、しますよ……。ミランダ様も……」

「ペットの黒猫連れてきてる!!」

「黒猫って……可愛いですよね……」

「ルーチェちゃん! チャンスだ! 接客してこい!」

「ふわあ……」

「テキトーに『何かお探しですかー』って言えばいいから! こんなこと滅多にないから! ほら、行っておいで! 早く!」

「はーい」

(やば……まじで眠い。……あれ? 何するんだっけ?)


 あたしはもう一度先輩に振り返った。


「先輩、すいません。何するんでしたっけ?」

「大丈夫?」

「眠いです……」

「お嬢ちゃん、あそこにいる綺麗な魔法使いに声かけてきな」

「あそこにいる……」


 先輩に指を差された方向に振り返る。


(……あれ?)


 なんでミランダ様とセーレムがペット用品の棚見てるんだ?


(……幻覚かな?)


 目をゴシゴシ擦ってもう一度見てみる。あ、いる。間違いなくいる。え? なんで? なんでミランダ様とセーレムがいるの? あれ?


「ルーチェちゃん、良かったな。こんなこともう二度とないかもしれないぞ。『何かお探しですかー』って言っておいで」

「え、あ、は……はい!」


 あたしは急いで棚に近づいていく。


(わ。そっくりさんかもって思ったら、まじでミランダ様だ)

「……玩具どれがいい?」

「にゃー」

「お前、前もこれじゃなかったかい?」

「にゃー」

「ああ、そうかい。好きだねえ」

(こんばんは、何かお探しですか。……うん。自然。これでいこう。これを言ったらミランダ様が……)


 ――ああ、丁度良かった。捜してたんだよ。……ルーチェ。

(え♡ あたしをですか♡!?)

 ――一緒に帰ろうと思ってね。迎えに来たんだよ。

(え♡ でも♡ ミランダ様が電車に乗ったら♡ 大騒ぎになっちゃいます♡!)

 ――ふっ、馬鹿だね。私の飛行魔法に決まってるだろう? 今日も雨が降ってるし、一緒に帰ろうじゃないのさ。ほら、掴まりな。

(あん♡! ミランダ様♡! しゅき♡!)


 あ、なんか目が覚めてきた! なんか心臓ドキドキしてきた! 目の前にミランダ様の背中がある。あたしは口を開いた。


「こ」

「ティヤン? ミランダ」


 あたしはすかさず棚の後ろにぴったりとくっついた。


「奇遇ですね。ここで何やってるんです?」

「あ? なんでお前ここにいるのさ。ジュリア」

(うわーーーー! 火に油!! 先輩!!)


 振り返ると、気前のいい先輩が目を見開いて固まっていた。


「……え? あれって……ジュリア・ディクステラ……? なんでここに……!?」

(あ、これやばい……。早急に離れたほうがいいやつ……)

「私は常に想像しているわけです。ペットを飼ったらどんな暮らしが出来るだろうと。きっとペットを連れて、こういうところに来て、玩具だおやつだあーだこーだと相談しながら決めて買っていくんだと。ああ、憧れのペットライフ」

「人はそれを想像じゃなくて、妄想というんだよ」

「あら、セーレムまで一緒じゃないですか。ボンソワール。セーレム」

「にゃー」

「珍しいね。お前がこんな所で買い物なんて」

「私と麗しのストピドちゃんが出会ったお店ですからね。あの子、今日は出勤なんですか?」

「……」


 ミランダ様がきょとんとした。


「なんだい。あいつ、ここで働いてるのかい」

「え!? まさか知らないで来たんですか!?」

「セーレムの欲しい物がここにあるって占いで出たから来ただけだよ」

(え!? 知らなかったんですか!? あたし、何度かミランダ様にここのことお話してるのに! ガーン! そ、そんなにあたしに興味ないんですか! ミランダ様! あたし……寂しいです!! むんっ!)

「お前、まだあいつに付きまとってるんじゃないだろうね?」

「ノン! 付きまとってるだなんて失礼な! お前が厳しくしてる分、私がアムールを注いであげているんです!」

「あー、はいはい。とりあえずもう帰りな。あの子は今日まっすぐ家に帰ってるはずだから」

(あれ、ミランダ様、メモ見てないのかな……。今日バイトあるって書いたはずなんだけど……。しゅん……)


 セーレムがカートから下りた。


「お前がいると気分が下がるよ。早くどっか行っとくれ」

「オ・ララ。なんでそんなこと言うんですか? こんばんは。今夜は雨が止んで良かったですね。くらい言えないんですか? お前のお母様はすごくトレビアンで礼儀正しい方なのに」

「母さんは関係ないだろ」


 セーレムがあたしと目があった。近付いてくる。


「よう。ルーチェ。案外近くにいたんだな」

「……な、な、なにや、ってんの?」

「ミランダの仕事帰りだよ。俺も協力してあげたから玩具を買ってくれるって! で、そのついでにルーチェも連れて帰ろうって」

「……え、でも、ここでは、はた、働いてるのかって……」

「ああ。ミランダ全部知ってるくせになんでとぼけてるんだろうな。ジュリアがいるからかな?」

(……ミランダ様……)


 あたしの胸がきゅぅん、と鳴る頃、魔法使い同士の喧嘩の始まりのベルが鳴った。FIGHT!


「大体そもそも、こんなところで油を売ってて良いんですか? 全く。光魔法使いは暇なんですね」

「その言葉、そっくりそのままお前に返すよ。この暇人」

「ノン! 私がどれだけ時間を切り詰めて仕事をしているのかも見たことないくせになんてこと言うんですか! 魔法調査隊はね、休日なんて存在しないんですよ!?」

「ああ、そんなものに入らなくて良かったと心から安心してるよ。家に帰れば魔法の研究ができるこの環境が幸せさ。あ、悪いね。暇人にはわからない話だったね」

「さっきから言わせておけば。誰が暇人ですって?」

「何言ってんだい。お前は暇だから仕事してるんだろう? 羨ましいね。こちとら家に帰ったらセーレムがいて使えない弟子もいるものだから、毎日養うのが大変だよ。あー、忙しい忙しい」

「なんですか? 喧嘩売ってるんですか?」

「なんだい? ピキッたのかい?」

「ピキッてるのはそちらじゃないですか」

「どうしたんだい? ジュリア。いつものように笑ったらどうだい?」

「ミランダこそいつものように憎たらしい笑顔を浮かべたらどうですー?」

「私はそんな暇ないのでね」

「私だって忙しい身ですよ」

「なんだい?」

「なんですか?」

「睨むのはよしたらどうだい? この根暗」

「そちらこそ睨むのやめていただけます? この光オタク」

「なんだって?」

「なんですか?」


 あたしはインカムを飛ばした。


「先輩、店内で喧嘩が始まりそうです! き、き、来てください!」

「いらっしゃいませー!」


 気前のいい先輩が二人がいる売り場に入り込んだ。


「どうもこんばんは! お二人とも! すみませんが、喧嘩はやめてもらえますかね! 他のお客さんの迷惑になるんで!」

「あ?」

「オ・ララ? 貴方日刊マジックディア社の記者さんじゃないですか。ここで何してるんです?」

「俺ここでも働いてるんすよ!」

「あ、そうだったんですね! ちょうど良かった! ここでお会いできたのも何かの縁。明日の記事にはこう書いていただけます? ミランダ・ドロレスは治療半年の怪我を負って入院したと」

「なんだって……? やろうってのかい……?」

「やってもいいんですよ? 本気で」

「あーーーー! もう! ディクステラさん! そういうの良くないですってー! ちょっとあちらで話しましょうよー! ほら、明日魔法調査隊の取材があるでしょう? その打ち合わせでもどうですかー!?」

「あ、ちょ、ちょっと! 打ち合わせは昼間にやったじゃないですか!」


 ジュリアが気前のいい先輩に押されて棚から離れていく。ミランダ様がふん! と鼻を鳴らし、カートを見て――眉をひそませた。


「……おや、セーレム。あいつどこ行ったかね」

「……迷子のお知らせでも流します?」


 ミランダ様が振り返った。セーレムを抱っこしたあたしと目が合った。あたしは微笑み、セーレムをカートに戻した。


「お越しになったの初めてじゃないですか? びっくりしました」

「あと何分で終わる?」

「……あとじゅー、……10分くらいです」

「なら、もう少しゆっくり見れそうだね。……調合の素材は五階だったかい?」

「五階です。つ、つ、土の根とかが安く売られてます。……セーレムから聞いたんですけどお仕事帰りなんですか?」

「ん」

「お疲れ様です」

「お前もね」

「……えへへ……」

「……ちょっとは寝たかい?」

「はい。ランチ時間に、えっと、一時間寝て、すぐにれ、れ、練習に戻りました。それで、あの……お話したいことがいっぱいあるんです」

「ルーチェ、今夜は私も晩ご飯を用意する余裕がなくてね、ラーメンでも食べに行かないかい?」

「え、い、行きたいです!」

「三郎ラーメンでいいかい?」

「好きです!」

「じゃ、あと10分仕事頑張りな。五階にいるから終わったら声かけとくれ」

「わかりました!」

「じゃあね」

「また後でな。ルーチェ。……あ、ミランダ! なんか面白そうなのがある! 俺、あれ欲しい!」

「また今度ね」

「いつもそうやって言う! 俺あれ欲しいよ! あ、あっちから良い匂いがする!」

「はいはい」


 ミランダ様がセーレムの乗ったカートを押してエレベーターに乗り込んだ。


(やった。三郎ラーメン♪ 三郎ラーメン♪)


 残り10分、品出し頑張ろう。


(さて、……アダルトコーナー戻るか)


 不機嫌なジュリアを気前のいい先輩がなだめる中、あたしは気づかれないように自分の担当のコーナーへと入っていった。



(*'ω'*)



(ああーー♡ 特製三郎チャーシューラーメンうまぁああああ♡♡)


 食欲出なくて朝食を抜いたせいだろうか、眠気が勝って昼食を抜いたせいだろうか、ラーメンってこんっっっっっなに、美味しかったっけ!?


(ああーー♡ 骨の髄まで染み渡るぅううー! 味玉うめぇーーー!)


「ルーチェ、そんなに食べると風船みたいにぽんと太っちまうぜ。おっと、よく見たら俺のお腹がぼんと丸くなって、ミランダを踏みつけてる。でもいいの。俺は猫だし太ってる方が可愛いから。ぐおー」

「ミランダ様、三郎ラーメンはいつき、き、来ても、美味しいですね!」

「チャーシュー食べるかい?」

「えっ! いいんですかぁ!?」

「沢山食べな」

「わーい! ありがとうございます!」


 ミランダ様からチャーシューを二枚頂く。ああ、こってりラーメン最高すぎる。家系ラーメン、最高すぎる……!


(さらにこの時間っていうのもいいよなー。太っちゃうかなー。でもいいやー。今日一日何も食べてなかったしー)


「ルーチェ」

「はい?」

「……練習はどうだった?」

(あ)


 あたしはラーメンを飲み込み、……心から感謝した。


 本当にありがとうございました。ちゃんと練習になりました。

「そうかい。なら良かったよ」

 改めてこのコンテストの恐ろしさを感じました。ダンスだけじゃ駄目で、魔法だけでも駄目で、魔法も幻覚魔法の重ね技で……。……でも、不思議なんですけど、……変かもしれないんですけど……。


「楽しいです」


 ミランダ様がラーメンをすすった。


「出来ないことが出来るようになって、結果が現れたら、すごく楽しいです」

「……その調子で滑舌もね」

 滑舌ですよねぇ。わかってるんですよねぇ……。はぁ……。

「相手の子はなんて?」

 ……あの子……。


 あたしはラーメンを飲み込む。


 煽ってくるんです。

「ん?」

 幻覚魔法使えないの見て、煽られました。出来なければ俺がやるからルーチェはいるだけでいい。ミランダの弟子もその程度ってことでしょって。

「それであんな顔して帰ってきたのかい」


 ミランダ様がにやにやし始めたのをむくれて見る。


 あの子の考えてることがわからないです。

「他人の考えなんて誰にもわからないよ」

 優しい子だと思ったら意地悪でした。

「その子から誘われたんだっけ?」

 はい。

「同じクラス?」

 いいえ。

「ん?」

 その子は上のクラスです。駆け出しクラス。デビュー直前の方々が集まるクラスの生徒です。

「……なんでそんな奴がお前を誘ったのさ」

 なんか……声かけた人全員に断られたとかで……。

「元々友達だったのかい?」

 いいえ。全く知りません。顔も見たことありませんでした。ですが、最近その子が図書室でスマホの充電器を探してて、貸してあげたんです。そしたらなんか同じ年齢で、連絡先交換してって言われて……。

「春が始まると思いきや、夏が始まったね」

 学校祭の打ち上げ花火も、その子が選ばれてました。

「ああ。そうなのかい」

 ミランダ様、学校祭で見かけませんでしたか? あたしを保健室まで運んでくれた男の子です。

「……あー。……運んだ生徒がいたのは覚えてる」

 その子です。

「なるほど」

 はい。

「あの時は仲良さそうだったけどね」

 ……。

「なんでそんなこと言ったんだろうね。ただの嫌味なのか……」

 知りません。

「あるいは、お前を試したのか」

 ……試す、とは?

「その言葉を言って次の日にお前が何を持ってくるかで、今後の方向性を決めようと思ったとか」

 ……なんでそんなこと……。

「お前と一次審査を通るため」

 ……ミランダ様、あの子、思ったことはズバッと言うタイプですよ? そんなこと考えてるわけないじゃないですか。ただの嫌味ですよ。

「……うん。そうだね」

 はあ。やだな。自信なくなってきた。

「ルーチェ、私の前で弱音を吐くんじゃないよ。そういうのはね、アンジェとか、あのアーニーとかっていうお友達に言うんだよ。私に本音を言って、それを聞いた私にクビにされたらどうすんだい」

 ミランダ様に建前だけで話せって言うんですか? あたし、ミランダ様に隠し事したくありません。きちんとお師匠様っていうのはわきまえてます。でも、……大好きなミランダ様の前では正直でいたいんです……。

「後の祭りになっても知らないよ。……味玉食べな」

 え、いいんですか? ありがとうございます。

「他に何か心配なことはあるかい?」

 今はもうとにかく、練習するしかないと思います。あたしは能無しの出来損ないなので、出来るようになるまで繰り返すしかないです。でないと……またあの子に煽られる。……そうですね。あの子との未来が不安で心配です。

「人間関係は厄介だよね」

 ミランダ様もお困りになったことありますか?

「沢山あるよ」

 ミランダ様がですか?

「なんだい? 私が人間関係に困らない女だとでも?」

 だって、貴女はすごく頭がいいじゃないですか。周りが見えて、空気も読める。あたしには気が付かないところを気がついてすぐに行動できる。言葉選びもとても巧みで素晴らしいです。本当に尊敬してます。

「今だからこそ出来るんだよ」

 昔は違ったんですか?

「……戦時中の話になるけどね、とんでもない頑固者が上官になったことがあった。奴はよく私にこう言っていた。魔法使いはただの駒だ。俺達が動かしてやらないとお前達は何も出来ない。駒は黙って言うことを聞いてれば良い。せいぜい今回も役に立つんだな」

 呪っていいですか?

「ああ。この世っていうのは理不尽なもんでね、そういう輩は生き残るもんさ。だがね、ルーチェ、呪うなんて小さいことするんじゃない。もっとでかいことをしてビビらせないとね。私が黙ってると思うかい?」

 何かしたんですか?

「敵からの総攻撃を受けた際に、兵士全員を守り、その上官だけ守らなかった」

 ……ふふふ。それでどうなったんですか?

「残念ながらそこでも生き残っちまってね。なんで助けなかった。俺は上官だぞってほざいた際に、こう言ってやった。『命令をされなかったので「黙って」自分の意志で動きました』って」

 そんなはっきり言ったんですか?

「私の意思でお前なんていつでも殺せるっていう意味でね」

 11歳ですよね?

「魔法をなめてる奴にはね、わからせるんだよ。口だけの上官と魔法が使える私、周りだってどちらの味方につけばいいか考えなくても理解出来る。でね、その後も私は絶対に上官を守らなかった。どんな誹謗中傷を受けても魔法で黙らせた。拷問されそうになったら魔法で脅かした。そのタイミングで現場と上官が変わった。戦争が終わった後、驚いたよ。よっぽど堪えたんだろうね。魔法使い支援協会組合に入って、今じゃこう言ってる。魔法使いは素晴らしい力を持った人達だ。魔力を持ってる人達はぜひ魔法を勉強してもらいたい。私はミランダ・ドロレスと戦争に行ったことがあるが、彼女はこの上なく素晴らしい魔法使いだった」

 恨まれてるってわかってるんですね。

「殺しに来るとでも思ってるんだろ。あんな小物、殺したところで何にもならないけどね」

 ミランダ様はすごい方です。昔も今も。あたしはよりミランダ様に憧れを持ちました。

「お前も嫌なら魔法で黙らせな」

 優秀なミランダ・ドロレス様。あたしに出来ると思います?

「お前は誰だい? ルーチェ・ストピド。誰の元で魔法を勉強してるんだい?」

 ……。

「夏休みの課題はそれにするかね」


 ミランダ様が怪しい笑みをあたしに浮かべた。


「ボーイフレンドが黙るほどの魔法を発明しな」


 ミランダ様がラーメンをすすった。


「そのためには毎日研究しなきゃいけない。幻覚魔法を上手く使えないなら、自分が使えるためにはどうしたらいいかを研究する」


 そして発明する。


「お前が舞台に立って美しいダンスを見せてくれるのを、楽しみにしてるよ。ルーチェ」

(それってつまり……)


 Aステージまで行けということでしょうか。


(……いや、そこのプライドは失くしちゃいけない)


 あたしはミランダ様の弟子。


「……できる限り頑張ります」

「期待してるよ。ルーチェ」

(……うぐ……。絶対わざとだ……。くっ……プレッシャーに負けるな。あたし……。……この煽りババア……)


 にやにやするミランダ様を無視して、あたしは貰った味つけ玉子を食べた。


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