第11話 君が外に出たらわかるよ
(……すごくよく眠れた……)
いつもの眠気はどこへやら。珍しく快眠出来たらしく、脳がすっきりしている。一緒に寝てくれたミランダ様はいない。
(……今何時……?)
11時54分。
(あ、これはすっきりして正解)
あたしはカーテンを開けて空を見上げた。太陽が出ている。
(あ、やっぱりね)
あたしは低気圧アプリを起動させた。
(あ、安定してる。そうだよね。うん。だと思った。頭スッキリしてるし、いつものモヤモヤが消えてるもん)
「はー……」
ため息を吐きながら痒いと思った眉毛を掻き、リビングに行くとセーレムがお昼寝していた。ミランダ様の気配はない。部屋を見てみると帽子とマントが無い。お仕事か。よし、電話番だけ任されよう。未だに辛いけど。
「ぐおー……。ぐおー……」
(ああ、セーレムは今日も可愛いな)
ぼーっと見つめる。
セーレムが寝ている。
呼吸をして体が揺れている。
そういえば、ミランダ様の使い魔なんだよな。使い魔ってことはミランダ様の魔力から生まれてるんだよな。この猫。
生きてるみたい。
いや、生きてるんだよな。
ミランダ様が亡くなったらセーレムも消えちゃうのかな。
あ、なんか悲しくなってきた。
こんないい天気の時にこんなこと考えちゃいけない。
セーレムはまだ寝ている。
あたしはぼーっと見つめる。
今何時?
12時26分。
(……いつの間に……)
あたしはキッチンに行って冷蔵庫を見てみる。お腹すいたなぁ。あ、食材がない。お昼は食パンでいいや。ジャムは……ないや。お使い行かなきゃ。
(今夜は何作ろうかな……)
「ミランダが言ってたよ。今日はパスタの気分だってさ」
え、本当? セーレム。
「ああ。トマトパスタ。ケチャップじゃなくてトマトな。トマト缶を使って、トマトをグチャグチャに潰して、炒めたひき肉と玉ねぎを入れたトマトパスタが食べたいってぼやいてたよ」
パスタかぁ。確かにあんまり作ったことないかも。
「でもルーチェはクリームパスタが食べたいって言うもんだからさ、ミランダが怒って魔法でキャットフードを出したんだ。ルーチェは喜んで食べてたよ。食べたらコリコリの美味しさを知って、俺のも食べたいとか言うから、俺は恐ろしくて逃げたんだ」
え? セーレム何言って……。
あたしはリビングにいるセーレムを見て、はっとした。
え、今の全部寝言?
「一度怖いと思ったら動物ってのは危険信号の反射神経が動くものさ。別に俺はルーチェのこと嫌いじゃないよ。むしろいつも俺のこと可愛がってくれて俺は結構満足してるんだ。でもさ、時々ルーチェが怖くなる時がある。それはルーチェが意味のわからないことをしている時さ。ぶるるるとか舌を震わせたり、急に歌いだしたりする時さ。怖い歌を歌うんだ。春のうららの隅田川って歌い出すんだ。それだけじゃない。部屋にこもって小説を書いてる時なんか突然喋りだすんだ。この間なんて、この国の第一王子さ! って大声出しながら手を叩いて笑ってた」
……それはいいじゃん。別に。
「俺はルーチェが怖くて仕方ない。でも可哀想だと思う。だってルーチェはなんだっけ。発達障害だっけ? 目には見えない障害を持ってるから俺と同じで愛に飢えてるんだ。可哀想なルーチェ。同情するよ。19歳ってもっとしっかりしてるもんだと思ったけど、お前はまるで16歳の子供みたいなんだもん」
……うるさいなぁ……。脳の成長が二年分遅れてるんだよ……。
「だからさ、俺が言いたいのは、ルーチェはもう少し世間を知るべきだってことだよ。もう少し人を疑う癖をつけた方がいい。世間の風は冷たいぜ? ちっとも優しくないんだ。いつだって人のせいにするんだ。何かあったら自己責任。環境が悪かったのに自己責任。お金がないから動けないのに、だったら稼げ働けっていうくせに、動くのは自分への投資だ。時間がある限り投資するんだって理不尽で矛盾してることばかり言う世の中さ。俺はね、文句を言いたいよ。でも言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、ぽいずん」
(セーレムにご飯食べさせなきゃ。起こした方がいいかな)
あたしは食パンを一枚咥えて、白紙を取り出した。
(寝てるし……あとでいっか)
ミランダ様、セーレムへ
お使いに西商店街まで行ってきます。
今夜はミートボールパスタなんていかがでしょうか。
ルーチェ
(食べてみたかったし、ミランダ様は丸い料理が好きみたいだし、ちょっと材料買いに行こうっと)
「ああ、恐ろしい。俺は空腹が恐ろしい。まんじゅうが食べたいな。ああ、まんじゅう怖いよ。まんじゅうが怖いから誰かまんじゅうを寄越しておくれ。あー、お腹すいたー」
(セーレムの寝言が個性的だな……)
あたしは買い物バッグ用のリュックと杖を持って、暖炉の前に立った。
「我は求める。中央区域街。『西』。ワープ!」
暖炉がどんどん光り輝き、風が吹き、あたしを引っ張るように呑み込んでいき――西区域商店街の裏路地にあるパイプから飛び出た。
「うえっげほげほっ!」
あたしは土埃を叩いて落とす。
(にし、って言いづらいんだよ……。連母音なんだよ……。ちょっと噛んだだけじゃん……。なんで上手くいかないかなー)
――やるしかないんだよ。
(……ん。繰り返して練習するしかない。これからはお使いに行く時ワープ魔法使おう。疲れるけど訓練になるし)
あたしはレシピアプリを起動させ、材料を探すため商店街を歩き出す。やっぱり土曜日は混んでるなぁ。ああ、食パン一枚は足りなかったかも。お腹すいた。どこのお店に行こうかな。あ、帰ったらオーディションで見せる魔法の練習しないと。あ、小説のネタ思いついた。あ、あの人可愛い。あ、発声練習したい。あれ、宿題あったっけ? あ、素敵な絵。あたしも絵描きた……あーーー、なんで歩いてる時に限って色んなものが頭に浮かぶんだろう。もう常にふわふわふわふわ浮いててうるさくて仕方ない。
(まじで薬欲しい……。でも調合薬の材料買ってたら病院行くお金がないんだよなぁ。親に支払ってる金さえなければ……でも面倒かけてるからそれは失くすわけにはいかないし……学校代で半分取られるから……あ、近いうちに歯医者さん行かなきゃ……ぐぬぬぬ……)
空っぽのリュックで業務用スーパーに入っていき、出る頃にはパンパンに膨れ上がっていた。
(よーし。これで火曜日まではもつでしょ。今夜のパスタのミートボールは手作りするとして……ひき肉あの量で良かったかな……。もう一パック買うべき……? ……いや、大丈夫大丈夫。多分大丈夫。重たいし戻りたくない)
さて、帰りは電車かなー。暖炉どこにも無いしなー。はー。お腹すいたー。
「すみません。二つ下さい」
(あ、クレープ屋さんだー)
親子がクレープを注文し、受け取り、食べている。わーあ。美味しそー。
(……いかんいかん。お金はない。そんなお金があるなら病院行ってストラテラ貰いたい)
……。
(普通の19歳ならクレープくらい買えてるんだろうなー)
(大学生、もしくは就職してる頃だもんなー)
(はー……あたし何やってるんだろう……)
(ああ、いかんいかん。あたしは魔法使いになって、光魔法に囲まれる日々を送るんだから!)
(でもそうなったら小説も書けなくなって絵も描けなくなるのかな)
(あー、小説のネタが頭の中でぐるぐるぐるぐるうるさいわー……)
(わかったわかった。もう、わかったから。そうだね。面白いね。この展開はすごく面白いね。我ながらいいアイデアだと思うけど、やることやんないと泣きを見るのはあたしだよ。……あー……書きてー……)
(だけど、もう本当にミランダ様に迷惑かけたくない……から……帰ったらタブレット……じゃなくて……課題……もそうだけど……オーディションの練習……)
(……ミランダ様クレープ好きかな)
「……あの、すみません。並んでます?」
「あ、並んでないです」
「あ、すみません」
「あ、こちらこそ」
ああ、やばい。看板見ながら違うこと考えて立ち往生してた。
(買うもの買ったし帰ろう。……あれ、白だし買ったっけ……? あれ、白だし……あ、リュック確認しよう)
あたしはリュックを開いた。
(……あれ、何確認するんだっけ? あたしなんでリュック開いたんだっけ? 閉じよう)
あたしはリュックを背負って、後悔する。
(いや、だから白だしだってば。白だし買ったか確認したくてリュック下ろしたのに馬鹿かよ!)
チャックを開けて覗いてみる。ちゃんと入ってる。
(なんで白だし入ってるか確認するために何度も重たいリュック下ろして背負わないといけないの。馬鹿じゃん。あたし馬鹿じゃん。まじで)
リュックを背負う。
(……あれ……? あたしなんかもっと大事なこと忘れてないっけ……? ……違うって白だし確認するためにリュック見たんじゃん。馬鹿かよ。まじで。帰ろう)
あたしの手がクレープの看板に当たった。こんな時だけ痛みの神経が脳まで届く。
「あうち!」
「ママ、あのお姉ちゃん何やってるのー?」
「食べたいクレープ見てるんだよー」
(やばい。さっきからずっと立ち止まってるじゃん……。帰ろ帰ろ……)
あたしがくるりと振り返ると、
真後ろにジュリアが立っていた。
「ふわっ!」
思わず驚いて悲鳴を上げると、ジュリアがクスクス笑い出した。
「ノン! 嫌ですね! 人の顔見て悲鳴を上げるだなんて!」
「……ジュ……リアさん……」
「買うの?」
訊かれて首を振る。
「ああ、そうなんですね。……どれがいいですか?」
「え」
「私も買うんです。ついでに間抜けちゃんに差し上げたくて」
「えっ、と、あたし……、その……」
「遠慮せず選んでくださいな。さあさあ!」
「もう……帰らないと……」
あたしが歩き出すと、手首を掴まれた。
「っ」
「アトンデ。間抜けちゃん、どうか避けないでください」
「いや、あたし……」
「今日は謝りたくて会いに来たんです」
……ジュリアの言葉に、あたしはきょとんと瞬きした。
「昨日、君を怖がらせてしまったから」
(……あ……)
ジュリアが申し訳無さそうに眉を下げて、それでもなお、あたしに笑みを浮かべる。
「どれがいいですか? 謝罪の分奢らせてくださいな」
「……えーと、……じゃあ……」
あたしはバナナチョコに指を差した。ジュリアがもっと眉を下げた。
「間抜けちゃん、これは安すぎるので、もっと高いの選びませんか?」
「……好きなので……バナナチョコ……」
「……そうですか。じゃあ買ってきますね!」
ジュリアがカウンターにいる店員に注文する。あたしは待ってる間看板を見つめる。
(なんか、どれも美味しそうなんだけど……)
違うのを頼んで不味かったら嫌だし、お金もったいないし、結局知ってる味しか食べたくないんだよな。
(クレープ久しぶり……)
「はーい! どうぞー! 間抜けちゃん!」
ジュリアにクレープを差し出される。
「……ありがとうございます……」
「間抜けちゃん、ちょっとお時間あります?」
「……なんですか?」
「謝罪を含めて、……間抜けちゃんとお話したくて」
(……ミランダ様が関わるなって言ってた。……でも……)
「……駄目ですか?」
悲しそうなジュリアの顔を見ると、……多分、反省してくれてる気がして、反省してくれてるのであれば、これ以上あたしが彼女を避ける理由はないと思う。ハメ外しちゃったんだよ。きっと。夜だったから変にテンション上がってあんなことしちゃったんだよ。そうなんだよ。仕方なかったんだよ。あたしにもよくあるじゃん。すごく後悔して昨日の自分を殺してやりたくなる時。ジュリアもきっとそうなんだ。謝りに来てくれるなんて良い人じゃん。あたしだったら怖くて無理。こんなに反省してる人に追い打ちをかけるようなこと、あたしはしない。
「……反省、してますか?」
「ビアン・シュール。大人げないことをしてしまいました」
「……あたし怖かったです」
「もう怖がらせません。絶対に」
「……わかりました。……少しくらいなら大丈夫です」
「お腹空いてます?」
「……クレープ、頂いたので……」
「どこかお店入りましょうか。ね? 美味しいのご馳走しますよ」
(……まあ、ご馳走してくれるなら……いっか)
ジュリアに手首を引っ張られて、ランチには持ってこいの女性客が多いレストランに入る。好きなのを選んでいいっていうから、あたしはシュークリーム付きのパフェをお願いした。
(……大きい……。……シュークリームパフェ……)
「間抜けちゃん、あの後ミランダからお叱りは受けませんでしたか?」
……叱られたのはジュリアさんでは……。
「あの女が私に怒っているのはいつものことです。お互いに気に食わない相手ですからね」
ミランダ様は光。ジュリアは闇。本当に正反対だ。
「昨日は本当にごめんなさいね。間抜けちゃん。怖がらせてしまって」
……反省してくださってるなら、もう大丈夫です。
「うふふ! 間抜けちゃんがお優しい子で良かった。私、もう嫌われてしまったのかとばかり……」
……人間は誰でも過ちを犯すものです。あたしも……テンション上がって羽目を外す事多いので、気持ちはわかります。
「そうですね。誰かさんはミランダの家でお会いした時、テンション上がって私の足とマントを燃やしましたからね」
……。
「あ、食べて食べて。溶けちゃいますよ。どうぞ。ええ。人は過ちを犯すものです。人間だもの。そうだもの。私だって人間です。ここは間抜けちゃんの素敵な慈悲に甘えてしまいましょう。でね、間抜けちゃん、お話なのですが」
あ、はい。
「私の弟子になりませんか?」
あたしはアイスを食べて、じっとした。
「側にいても平気なら、住み込みでも何でも結構です」
……。
「間抜けちゃん、これ結構真面目な話。闇魔法に耐性のある人はなかなかいません。魔法調査隊の隊員が闇魔法の影響でどれだけ離脱しているのかも数知れません。その中、君には耐性がある。それも魔力っていう根本の所から。それを磨き上げずに光魔法へ行くのは実にもったいない。宝の持ち腐れです。これを活用すれば魔法使いになることだって多少滑舌が悪くても近道になると思いますよ」
……闇魔法はいいです。
「あら、どうして?」
一人になるから。
「へえ?」
寂しいのは嫌です。
「でもその代わり狂ったように強くなれます」
あたしは光が良いです。
カスタードクリームをスプーンで取る。
光の研究者として、生きて、死んでいくんです。
「……トレビアン。素晴らしい。そうでした。君は人一倍頑固でした。二年前にお会いした時もそうでしたもんね」
(……あたしも何度か考えたことある)
枠が溢れてる光魔法使いより、全然枠が残ってる闇魔法使いになれば、きっともっと早く魔法使いになれるって。でもその代わり、生涯孤立してしまう。
(それは嫌だし)
今のあたしには、ミランダ様がいる。
……ジュリアさん、すみません。せっかくのお誘いを。
「いいえ。別に構いません。君がそうしたいならそうすればいいんです。険しき道なのは君が一番わかっていることだと思いますから」
……ジュリアさんは、どうして闇魔法使いになったんですか。
「え? 私? あー、私ですか。私はね、ひひっ。皆と同じですよ。闇魔法を見た時にめちゃくちゃ感動したんですよ。魔法を使う職業に就くならこれしかないと思ったんです。孤立してしまうけど、孤独にはなるけど、それでも闇魔法を使える人間はなかなかいません。優越感に浸れるし、何より人数がいない分伝説を作れる。暗闇に紛れ、狂気に紛れた闇魔法は私だけのもの。誰にも譲りません」
……すごいですね。
「間抜けちゃんも魔法使いになれたらわかりますよ。自分が使う魔法は誰にも譲りたくなくなるものです。だから磨き上げて、経験値を上げ、レベルを上げ、化け物と呼ばれるようになる。簡単なからくり。それだけなのに、上手くいかない人が大勢存在する」
(……刺さるな……。帰ったらまじで発声練習しよう……)
……あの、結構デリケートな質問なんですけど……答えたくなければ結構なんですけど……お付き合いした人とかいなかったんですか?
「物好きはいるものです。ええ。もちろん。いますよ。闇魔法使いになる前も彼氏がいたり、なってからも人を変えてお付き合いしたこともありました。友達もいましたよ。皆心優しい人達でしてね、孤独な私を見捨てないでいてくれました。でもね」
私の魔力がそれを許さないんです。
「毎晩悪夢にうなされて、妄想に囚われ、挙句の果てに現実と夢の区別が付かず犯罪に手を染めてしまう。私の両親は妄想に囚われ首を吊りました。友達は全員精神病院に入りました。恋人になる方は皆発狂しました。魔力は人に影響を与えます。とくに、闇魔法は」
……。
「でもね、安心してね。間抜けちゃん。こうやってお茶する程度なら大丈夫ですから」
……あたしは平気です。……慣れてますから。
「……慣れてる、とは?」
……初めて使えた魔法が闇魔法で、……あたしもジュリアさんの母校に、それで受かったんです。
「……えー? それなんですか? 初耳です。……ミラー魔術学校にいたの?」
闇魔法で受かりました。でも、光を専攻したかったから……。
「あー……そうだったんですね。じゃあ、それなら、闇魔法の方が得意なんですか?」
そうですね。得意なのは闇魔法です。小さい時から使ってるので。
「わあ。すごい。それで私の側にいても気が狂わないわけですね! ミランダの説明といい、今の話といい、なるほど。全てが納得しました!」
闇魔法使い同士でいても、気が狂うものなんですか?
「もっと危険ですよ。お互いの磨き切った闇が重なり合って爆発するものですから、自殺行為。狂気の沙汰です」
……そうなんですね。じゃあ、あたしが闇魔法使いになったら、結局ジュリアさんとはいられませんね。
「……それはどうでしょう」
……え?
「あ、間抜けちゃん、髪の毛にワタが」
え、ワタですか? どこですか?
「お隣に行っても?」
あ、はい。
「失礼しますね」
ジュリアがあたしの隣に移動し、手を伸ばした。長い指があたしの頭に触れ、髪の毛に触れ、するするとなぞっていく。
「……はい。取れました。」
ありがとうございます。
長い指があたしの横髪を退けた。
「アイスがつきますよ」
あ、お気遣いありがとうございます。
頬を触られる。わあ。ジュリアさんの手、今日はすごく温かい。
「わあー。若い子のお肌だー。羨ましいー」
……ジュリアさんもお綺麗ですよ。この間セーレムがジュリアさん見てとろけてましたもん。
「私はセーレムよりも間抜けちゃんの方が好きですよ」
あはは。ありがとうございます。
耳に触れられる。くすぐったい。
「間抜けちゃん、ピアスはしないの?」
穴開けるの怖くて。枕で寝た時に痛くなったりしても嫌だし。
「気が変わったら相談してくださいね。私が開けてあげますよ」
首に触れられる。驚いてしまう。
わっ。
「今日は形代いないんですか?」
た、多分いないかと。
「そうですね。いないみたいですね」
うなじに触れられる。笑ってしまう。
ふふ、く、くすぐったいです……。
「ああ、ごめんなさいね。いや、よくもまあこんなところに形代を忍ばせておいたなと思ったものでして」
……あたしもびっくりしました。流石ミランダ様です。
「……ふうむ」
ジュリアさんがあたしから手を離し、口元を隠した。
「狂わないな」
(アイス溶けちゃう)
あたしはスプーンでパフェを咥えると、紫色の瞳があたしの口を見てきた。……食べ方汚いですよね。はい。わかってます。いいじゃん。美味しんだから。あむ。
「あ、そうだわ。しまったわ。間抜けちゃん。大変よ」
え。
「君、眼鏡を私のマンションに置いてきたでしょう?」
あ。……あー、そうでしたね。
「『慌てて出たもので』忘れてました。この後『部屋まで』取りに来てもらえませんか?」
あ、わかりました。これ食べたら行きます。
「そうですよねぇ。眼鏡がなければ生活が大変ですものね」
……何か用事だったんですか?
「ん?」
慌てて出たって。
「……あ、はい。そうです、そうです。」
……あたしに会いに来たって言ってましたよね?
「……あー。……歩いてたら偶然見かけたので!」
……あ、そういうことか。
「そうですよ」
……でも、表通りの商店街の方が、マンションから近いですよね?
「こっちのスーパーの方がひき肉安いんですよ」
……あ、そうなんですね。あたしも買ったんです。
「あー、そうなんですねぇ。今夜はハンバーグでもするんですか?」
ミートボールパスタを作ろうかと。
「わあー。手のかかった料理、すごいですねぇ。今夜、あ、今度私にも作ってくれますか?」
初めて作るので、上手くいけば。
「それと、アルバイト代も部屋にありますので受け取ってください」
あ、ありがとうございます。
「あんなことがありましたからね。でも、昨晩のことはテンションが上がりきってしまった私のいけないこととして水に流していただいて」
大丈夫ですよ。もう。反省してくださってるの伝わりましたから。
「お茶を出しますので、少しゆっくりしていってください」
……それ飲んで大丈夫なやつですよね?
「もー、嫌だなー。間抜けちゃんったらー。そんなに私が信用できませんかー?」
ジュリアさんの魔力が体の中に入ったら、また動けなくなりそうで……。
「もー、そんなもの飲ませませんよ!」
ジュリアが微笑んだ。
「たかが間抜けちゃん如きに、私の魔力を入れたお茶を出すわけないじゃないですかー」
悲鳴が上がった。
あたしは呆然とする。
ジュリアが窓を見ている。
レストランの客達が立ち上がった。
あたしは振り返った。
外を見た。
レストランの前で、凶暴化した狸の集団が人を襲っていた。
「ぐおー。ぐおー。うわっ、やだ! 怖い夢見た! あ、ミランダお帰りー」
「ああ。ただいま。……ルーチェは?」
「んー? まだ寝てるんじゃない?」
「ルーチェ! いるかい! ……ん。……ああ、なんだ。買い出しかい。……ふーん。パスタねえ」
「ふわあ。リモコンぽちっとな」
『えーーー! 上空からお送りしております! ただいま中央区域街の西商店街にて凶暴化した狸の群れが人々を襲っているとのことです! あー! 噛まれてる! あー! 痛そう! あれは痛そう! えー! ただいま魔法使い達が駆けつけております!』
「わー。すげー光景。狸じゃん。あんなのに噛まれたら一溜まりもないよ。怖い怖い。ミランダは行かなくていいの?」
「ん。何が?」
「西商店街で凶暴化した狸が暴れてるんだって。ほら、ニュース」
「……。……出かけてくるよ」
「え、もう出るの? 出かける前に一回俺のお腹をなで……あ、ミランダ! はあ。せっかちなんだから」
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