第12話 パーフェクトのパルフェクト
「現在、都市全体でフクロウの大量発生、及び凶暴化が相次いでおります。中継が繋がってるようです』
「はーーーーい! こちら中央区域です! 大量のフクロウが街に降り立ち人々を突いて突いて痛いの何の! 現在怪我人が多く、魔法使い達が駆け付けている最中……おぉっと魔法調査隊が来た! 第五班、第四班と、次々に来ております!!」
気前の良い先輩がカメラを回す。様々な魔法使い達が駆けつけ、空から人々に突っ込んでくるフクロウをなだめようと魔法をかけるが、次から次へとやってくる。一体何羽いるんだろう。
とある一羽とあたしの目が合った。その直後まっすぐここまでやってきて……窓に体当たりしてきた。
「ひっ!」
目のおかしいフクロウが不気味に鳴く。あたしはミランダ様の足にすがりついた。
「ひい! ミランダ様! あ、あ、あれ!」
フクロウがもう一度下がり……もう一度体当りしてくる。あたしは悲鳴を上げてミランダ様の足にしがみついて体を震わせると、それを見ていたパルフェクトの胸がきゅうんと鳴った。
「ルーチェ♡……強化ガラスだから怖がらなくても大丈夫だよ……。さ、お姉ちゃんの胸においで……?」
「ミランダ様、これ、ジュリアさんの言ってた……」
顔をあげるとミランダ様が杖を構えてた。
(あっ)
あたしは窓を見た。
(ふわっ!?)
大量のフクロウが一斉に窓に突っ込んできて――強化ガラスが割れた。
(ひいいい!)
「光の絶壁、この身を守りたまえ」
「硝子は冷たくなりて雪遊び」
ミランダ様が壁を作り、硝子の破片と突っ込んできたフクロウ達から全員を守る。そして硝子はパルフェクトが雪に変えて怪我のないようにした。
(すげえ! チームワークだ! 性格はどうあれ!)
ミランダ様に首根っこを掴まれた。
「ひっ!」
ミランダ様が人差し指を動かすと、落としたあたしの杖が手元に戻ってきた。
「わ! あぶっ!」
ミランダ様に箒に乗せられ、自分も乗り、あたしに言った。
「猛スピード出すよ。いいかい。手を離したらその瞬間、お前の人生の終わりだと思いな」
「えっ、あっ! はっ!」
「セーレム」
「ちょっと待ってよ。まさかこの状況下で俺を置いていくの? おいおい、まじか。俺がフクロウに襲われたらどうするの。もう! 仕方ない。こうなったら俺はパルフェクトの匂いが付いたベッドに隠れることにするよ。そうするよ。あ、でもルーチェの匂いも付いてるな。まあ、いいや。女の匂いはいつだって良い匂いがする。俺はのんびり堪能するよ。なぜなら俺はのんびり急ぐ同盟のリーダーだからさ。でへ! でへへへへへへ!!」
あたしはすぐにミランダ様を背中から抱きつき猛スピードに備えると、――この人まじで猛スピード出しやがった。
割れた窓からミランダ様が外へ一直線に飛び出し、箒を猛スピードで飛ばした。春の風が痛いと感じるほどの威力に、あたしは命の危険すら察知し、絶対にミランダ様から手を離さなさい。
フクロウがこっちに目掛けて飛んできた。ミランダ様の魔力が光る。
「やめときな。触れたら最後。お前ら全員飛べなくなるだろう」
フクロウがあたし達に近付くと、なぜか羽の力が弱くなり、どんどん地面に下りていく。そしてそのフクロウ達は飛べなくなった。しかしまだまだ沢山残ってる。
「お退きなさい。私が通るよ」
ミランダ様が息を吹いた。するとその息が竜巻の渦に姿を変え、ミランダ様はその渦の中に突っ込んだ。フクロウは渦に近付けない。あたしは飛ばされそうになるけれど、離れてなるものかとミランダ様にしがみついた。渦から抜けると、空から都市を見回せる位置にいた。フクロウは次から次へとやってくる。ミランダ様が杖で指し示した。
「注目」
「はい!」
「フクロウが都心を含めた町全体で大暴れしている」
「はい!」
「お前は私の箒に乗っている」
「はい!」
「チームワークとは協力しお互いのやるべきことを行う。私は箒を動かす。お前は?」
「……あたしで
「私じゃない。フクロウを見る!」
「あ、はい」
「お前は何するんだい。ぼーっと私にしがみついてるだけかい?」
「……」
「他の魔法使いは何をしている? よく見てみな」
フクロウが突っ込んできた。ミランダ様が指を鳴らすと地面に下りていった。あたしは他の魔法使いを観察する。攻撃している人がいる。しかし、必ず治癒魔法を飛ばし、またフクロウの暴動を抑えようと魔法を使う。向こうはどうだ。眠らせている。向こうはどうだ。重力を利用して動けなくしている。
「相手は可愛くて尊い命を持ったフクロウだよ。人を襲ってる。お前はどうするんだい」
「……飛ばないようにする……?」
「実践あるのみだよ。ルーチェ、お前の悪い癖だ。考えすぎて答えを引き出そうとする。とっさの判断で、好きに、自由にやってごらん」
「……じ、自由に、ですか?」
「行くよ!」
「っ!」
ミランダ様が突っ込んだ。あたしはミランダ様の肩から顎を出し、前に注目する。集中して!!
「いてて! 各々の魔法使い達が抑え込んでますが、いてて! フクロウの暴走が治まりません! いてて! 皆様、外から出ないように! いたたた! 以上中継でした!」
「先輩! フクロウが突いてきます! あいたたた! 俺達も撤退しましょう!」
「くぅー! この凄まじい光景、カメラに収めてぇ! あ、いて! いてて!」
気前の良い先輩がフクロウに突かれながらスマートフォンを取り出し、空にカメラを向けた。
「こんなところで中継終わらせるなんてうちの会社は何考えて……」
気前の良い先輩が目を疑った。
「ミランダ・ドロレス!?」
あたしは杖を構え、息を吸い込み、お腹に力を入れ、唱えた。
「朝だ! 眠れ! 寝る子は育つが、寝ない子育たん!」
あたしの杖から太陽の光が現れた。フクロウが太陽の光と間違えて眠る時間だと錯覚し、地面に下りていき、……地面で眠り始めた。
(自由に好きにやっていいんだよね!)
それなら!
「羊がメエメエ鳴いている! ほれ! 一匹飛んだ! 二匹飛んだ! 三匹飛んだら眠くなる!」
フクロウ達が羊が飛んでるところを眺める。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……。どんどん眠くなり、地面に倒れて眠り始める。
(すごい! あたしの魔法が効いてる!)
「子守唄が流れるぞ。朝にはぴったり子守唄!」
太陽が登った空に子守唄が流れると、フクロウ達はたちまち眠くなった。
(楽しい)
あたしの体の熱が上がってくる。
(魔法をかけれる)
ぞくりと背筋に何かが走った。
(あたし、いけるかも)
あたしは狙いを定める。
い け る か も 。
さあ――魔法を始めよう。
「闇は敵。光は囮。影が伸びたら逃げ場はない」
フクロウが空を飛ぶ。月の光がフクロウを照らした。影が伸びる。影が伸びるとその影が立体的となり、手の形となって起き上がった。フクロウの影が手となり、飛んで人に襲いかかろうとするフクロウを捕まえた。黒い手が捕まえる。ほら、また捕まえた。捕まえた。捕まえる。握りしめる。暴れても無駄。騒いでも無駄。捕まえる。小さな鳥かごにでもしまってやろうか。ひひっ。また捕まえる。逃げても無駄。影は捕まえる。黒い手は捕まえる。
闇は、お前達を捕まえる。
あたしの頭にフクロウが頭突きをしてきた。
「っ!!」
その衝撃であたしの景色が真っ白になり……手の力が緩んだ。
「あっ!」
ミランダ様が思わず声を出した。あたしは真っ白のまま……そのまま落ちていく。
「ル……!」
ミランダ様が気がついて口を止めた。あたしは誰かに抱き止められた。
「……う……」
「ルーチェ!」
聞き覚えのある声があたしを呼ぶ。
「しっかりして!」
「……ん……おね……ちゃん……」
「杖は持ってる!?」
「……ある……」
「気絶してる暇なんかないよ! 魔法使いにはね、いつだって危険が伴ってるの!」
冷たい肌が珍しく熱く感じる。
「ルーチェ、魔法使いになりたいなら目を開けなさい」
あたしは朦朧とする意識を無理矢理定めようと試みる。駄目だ。眠ってしまいそう。駄目だ。眠るな。魔法使いになりたいなら、魔法使いになるなら……ここで眠ってる暇はない……けど……意識が……駄目だ……眠る……。
「雪……ちょうだい……」
言うと、特別冷たい雪があたしの顔面に当たった。
(ふぁっぶっ!)
目が覚めた。あたしは首を振り、瞼を上げる。お姉ちゃんがあたしを抱えながら箒を操る。
「ルーチェ、目が覚めたなら一気に行くよ」
「ちょっと……待って。打ち合わせしないと……わからん……」
「あのフクロウ達、どうしたいの」
「……りょ」
「杖構えて」
「わかってる」
「わたくしも杖を持つからルーチェに構えなくなる。いい? わたくしがどんな動きをしても振り落とされないようにね」
(……性格はどうあれ)
自分のためになることを考える。ミランダ様の教えをあたしは守る。パルフェクトにしっかりと抱きつき――お姉ちゃんは杖を持ち、あたし達は杖を構え――フクロウに向ける。
「行くよ! ルーチェ!」
「いつでも! お姉ちゃん!」
箒が急降下する。フクロウ達をおびき寄せ、一気に急上昇するとフクロウ達がついてきた。フクロウが鳴いた。他の魔法使いを囲んでいたフクロウ達が振り返り、あたし達に飛んできた。お姉ちゃんが呪文を唱える。
「氷が欲しいか。くれてやろう。吹雪と雪をくれてやろう」
あたしが呪文を唱える。
「光の先へと来るがいい。待ち受ける雪に愛されろ」
あまりの寒さにフクロウ達が眠っていく。弱っていく。これでいい。攻撃なんてしなくていい。フクロウ達は好きで暴れてるわけじゃない。意識的にやってるわけじゃない。何かがおかしい。何かがあるんだ。命ある者を絶対に傷つけるな。傷は永遠に残ってしまうから。傷つけるんじゃない。救済せよ。救済するにはどうしたらいいか。あたしの馬鹿な脳は必死に考えてようやく答えを導き出す。
「ルーチェ」
「お姉ちゃん」
さあ、――魔法を始めよう。
「氷よ」
「光よ」
「「意識を飛ばせ」」
お姉ちゃんとあたしの魔力が協調され同調していく。混ざりあった氷の光がフクロウ達を包み込む。都心の空が氷の光に包まれる。ミランダ様が目を背けずその光を見つめる。
フクロウ達が一斉に地面に下りた。光りに包まれたフクロウ達は……全員気を失った。
(……すご……)
性格はどうあれ、
(お姉ちゃん……やっぱ……すげえ……)
とても敵わない。勝てるなんて思ってない。お姉ちゃんは昔からすごかった。あたしがしたいことを見つけたらお姉ちゃんが後からそれを勉強し、あたしに教えた。お皿を取りたくてあたしが背伸びしていたら、お姉ちゃんはすかさずそれを意図も簡単に手に持って、あたしに渡した。
「ルーチェは背伸びしてばかりだから、疲れちゃうでしょ?」
お姉ちゃんはあたしの頭を撫でる。
「いつだって頼ってね。わたくしはルーチェのお姉ちゃんなんだから」
周りの奴らのせいで、お姉ちゃんは形上、死ぬことになった。あたし達は普通の姉妹ではいられなくなった。傷つけなければこんなことにはならなかったのに。どうして人は人を傷つけてしまうんだろう。どうして支配欲に呑まれてしまうんだろう。
(みんな仲良しこよしなら世界は平和なのに……)
そうだ。
世界が仲良しこよしならみんな仲良し……。仲良し世界でみんな仲良しこよし……。
「ルーチェ! 集中して! ……まだ……終わってないよ!」
お姉ちゃんの声が聞こえて空を見つめる。遠くからまだフクロウの大群が飛んできていた。魔法使い達が舌打ちする。
「くそ、次から次へと!」
「どうなってんだ!」
「パルフェクト」
ミランダ様がお姉ちゃんの隣を飛んできた。
「一旦撤退だ。お前もルーチェも魔力をだいぶ使ってるだろう?」
「でしたらルーチェを避難させてください。わたくしは大丈……」
フクロウがミランダ様とお姉ちゃんの間を切り裂くように飛んできた。ミランダ様が距離を離し、呪文を唱える。
「眠れやこんこん、あられやこんこん」
フクロウがアパートの屋根に着地して眠った。ミランダ様が声を張り上げる。
「いいから行きな! 副作用になるよ!」
「……ルーチェ、一旦引こう。ここは危ないから!」
みんなで仲良しこよし……。仲良しこよしで世界が平和……。
「ルーチェ? ……ルーチェ?」
「……き……」
「ルーチェ!?」
「……おね……ちゃん……」
「ルーチェ! 大丈夫!? ルー……」
あたしはお姉ちゃんを強く抱きしめた。
「おねぇーちゃん、だぁーーーい好きーーー♡!!」
――……あたしの大声に、フクロウ達が、魔法使い達が、気前の良い先輩が、ミランダ様が、お姉ちゃんが、無言になった。
「うふふふぅ! お姉ちゃんはぁー! いつでも綺麗でぇー! 可愛くてぇー! すっごく美人でぇー! ルーチェの自慢のおねぇーちゃんなんだからぁー!!」
ひっく。
「あ、フクロウさん、ちょっとききき聞いて。ふふっ! あのねぇー、あたし達ねぇー! 本当はし、姉妹なんだよー! 全然似てないけどぉー! おねぇーちゃんはあたしの自慢のおねぇーちゃんなのぉー!」
あー、もういいや。この際全部言っちゃおう。だってめっちゃ楽しいんだもん!
「あふふふ! だからね! あたしはぁー! おねぇーちゃんがし、し、幸せになってくれたらそれでででいいのぉー! おねぇーちゃんの人生はねぇー! 過酷すぎてぇー涙が止まらなくなるのぉ! それくらい大変な思いしてるのぉー!」
だから、
「あたしのこと見たら、全部思い出しちゃうでしょー!」
お姉ちゃんは黙る。
「疎ましいとかぁー! うざいとかぁー! お前さえいなければとかぁー! 思われちゃうじゃ~ん!」
頼る人はいいけれど、頼られる人は大変じゃーん!
「だからべつ、つ、別々で暮らそうって、言ってんのに、聞かねーの! こいつぅー!」
お姉ちゃんの頭をナデナデする。
「お姉ちゃん、あたしはねぇー! おねぇーちゃんの幸せを願ってるよー!」
あたしはお姉ちゃんを抱きしめる。
「大好きだもん……」
フクロウの大群がやってくる。
魔法調査隊達が駆けつける。ジュリアが空を飛び集中的に集まる空を睨んだ。――すると――。
超どデカい見たことのない威力の氷魔法が発動されて、ジュリアが思わず目を見開いた。
「あ!? なんだ! あれ!!」
フクロウが全員呑み込まれる。眠っていく。フクロウが飛び込んでくる。しかし呑み込まれたら眠ってしまう。フクロウがまた飛んできた。眠る。フクロウがやってきた。眠る。フクロウはどんどんやってくるが、氷の魔法に敵わない。
「わたくしは氷魔法使い」
その正体、本当の名はナビリティ。
ルーチェが『いな』いと
けれどルーチェがいれば――。
「パーフェクトのパルフェクト!!」
フクロウが凍りついて落ちていく。
「女というのは愛する人の為ならば、どんな事だって出来るのです」
だから女の犯罪には男が絡む事が多いのです。
「よろしいですか? フクロウの諸君」
氷の微笑みが美しく輝く。
「全員、眠るがいい」
その日の夜、春である町が一瞬冬となって、雪が降ったが、すぐにまた春となって風邪を引く人が続出した。
ルーチェ・ラブ♡、と書かれた空の下で、フクロウは一羽残らず眠りについていた。
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