もしかしてイマジナリーシスターってやつですか?
俺のバイト先は商店街の通り沿いに位置する洒落た雰囲気が魅力のレストランで、ディナータイムは混雑を極める。
「岸科くん、突然すまないね。助かるよ」
「いえ。暇だったので全然問題ないです」
今日は元々シフトは入っていなかったが、今日は金曜日である。土日は一日を通して多忙ではあるものの、捌ききれないほどではない。一方で金曜は夜に客が集中するので、一週間で一番忙しい時間である。そのため一人アルバイトが欠勤するだけで忙しさが桁違いに上昇してしまう、というのが勝手な分析だ。それゆえに休みの穴を埋めるために、常時かなりのシフトを提出している俺に白羽の矢が立つのも当然というわけだ。
「最近毎日のように入ってるけど、疲れてない?」
「店長と違って若いので大丈夫です」
「それは遠回しに僕が若くないって言ってる!? 僕まだ三十代なんだけど!」
「裏で腰を気にして薬塗ってるの知ってますよ」
「くぅ」
それきり黙り込んだ。店長は少々頼りなくてかつややしつこいが、あまり仲間と積極的にコミュニケーションを取らない俺に対してもこうして気にして頻繁に声をかけてくれるので、憎めない人だ。
「お待たせいたしました。ボロネーゼとカルボナーラ、サーモンのカルパッチョです。ごゆっくりどうぞ!」
渾身の接客スマイルは、それなりに好評だ。以前『印象に残った店員は?』というアンケートの一項目で集計した結果2割くらいは俺の名前が書かれていたことがある。
大したことではないが、かつて人付き合いを嫌っていた自分が、少し成長した証なのだろうと勝手に自己解釈していて、それを目に見える形で表した指標だと思っている。
無論、接客していない時と比べた温度差はその分顕著に表れていて、同じ店員の間では考えが読めない不気味な男だとか、人間味が薄い希薄な人間だとか、かなり不評らしい。勿論そんな人間関係を好んでいるというわけではなく、大して親しくない人間と会話するとストレスなので、可能な限り避けているというだけである。
「あのあの、岸科さんってどうしていつもバイトが終わったらそそくさと帰っちゃうんです?」
そんな無心になって勤しめる環境に水を差す存在が最近はいたりするのだが、正直鬱陶しくて仕方がない。一旦食事のサーブが落ち着いたところで、同僚の後輩が馴れ馴れしく擦り寄ってきた。
「忙しいんだよ」
「うそだ〜。用事がありそうに見えないですもん」
鮮やかな金髪をたなびかせる少女は後輩の結城時雨だ。派手な風貌に違わない馴れ馴れしい態度と若干棘のある口調に嘆息する。
「可愛い可愛い妹が家で待ってるから寂しがらせないように早く帰るんだ」
「冗談は口だけにしたほうがいいと思いますよ。なんか普段言わないような台詞なので脳がゲシュタルト崩壊しそうです」
「ゲシュタルト崩壊の意味履き違えてるぞ」
急にガチ口調に変わった。失敗したみたいだ。
「え、岸科さんって妹いるんですか?」
「妹はいないな」
「えっ、ガチでドン引きなんですけど。もしかしてイマジナリーシスターってやつですか?」
結城さんの瞳に憐憫の念が帯びた。なんだその目は。やめろやめろ。
「違うって。従妹と一緒に暮らしてるんだ」
「ははぁ。なるほど安心しました。途端に犯罪臭漂ってきたのでびっくりしましたよ」
「結城さんの中で俺はどういう人なの?」
「まあそれはいいじゃないですか。あっ、そういえば今日の夜って満月らしいですよ!」
「月がきれいとでも言ってほしいのか」
あからさまに話題を逸らそうとする。俺は呆れて息を吐き、視線を外した。
「お兄ちゃん!」
「お、噂をすれば妹、えと、従妹さんですよ?」
「え、海琴? どうしたんだ?」
「どうしたんだ? じゃないって! こんな時間になっても帰ってこないから、心配したんだよ!」
「いや、バイトだったんだよ」
「今朝そんなこと言ってなかったよ」
「急に入ったんだ。急に来れなくなった日の代わりに」
「ちゃんとそれ連絡してよ! はぁ、心配して損した」
「ごめん、ごめんって。拗ねないで」
「電話何度かけても出ないから、警察に連絡しようとまで思ったんだからね!」
「ほんとすんませんでした」
「もう、力が抜けたよ。今日バイト何時まで?」
「九時までだけど」
「じゃあそれまで待つ。いっっっぱい料理頼むけど、これ全部お兄ちゃんの奢りだからね!」
プンスカと腕を組んで、空いていた近い席に座りメニューを広げる海琴。心配させてしまったようなので、どれほどの出費であろうと受け止める覚悟を持った。
「店長、岸科さんってシスコンなんですかね。普段とあまりにも違うでしょ」
「いやぁ、時々来るんだけどね。いっつもあんな感じだよ」
「なんかイメージ変わりました。面白い人ですね」
「面白い、かな?」
小声で会話を続ける二人は無視して、俺は自分の作業に戻った。
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