第二十話 アクアマスター

「これで契約成立完了じゃ」


 そう言ってブルムはロバートに数枚の羊皮紙を手渡す。


「ちょ、頂戴するっす」


 ロバートはガチガチになりながらもその紙を受け取る。

 まあ相手は商人にとって神様の様な存在らしいからな、緊張するのも当然か。


 今俺たちがいるのは商国にドカンと鎮座する陸揚げされた巨大船の中にいる。

 この巨大船『アクアマスター』は若かりし頃のブルムが乗り回した船で、走れなくなった今はブルム商会の本拠地として再利用されている。


 俺とロバートはギガマンティスの素材とオークの武器を売りにここへやってきたのだ。


 ちなみにガレオ商会の連中はあの後根こそぎ捕まった。

「元々近いうちに捕まえる予定だったから手間が省けたわい」とブルムは笑いながら言っていた。なんだか利用された気分で釈然としないが俺は大人なので飲み込んだ。


「これはキクチさんが持っていて下さいっす」


 ロバートはブルムからもらった紙を俺によこす。

 その中には今回の取引で得た、かなりの金額と交換できる小切手の様な書類もある。


「さすがにそれを貰うわけにはいかないっす。それにそんな大金貰っても使い道もないっすからね」


「わかった。それを言ったらこれは俺には必要ない物だな」


 俺はそう言って一枚の羊皮紙をロバートに渡す。

 それはブルム商会との取引を許可する書類だ。


 ブルム商会の下請けの商会と取引する機会はあれど、その大元と取引できる商会は少ない。なのでこの許可証は喉から手が出るほど欲しいだろう。

 たとえブルム商会と取引しなくてもそれを持っているだけで他の商会から一目置かれ、信用を得られるだろうからな。


「で、でもこんなすごい物いただけないっすよ……」


「じゃあお前に貸す。俺の頼む取引は全部お前に任せるんだから変な話じゃないだろ?」


「それはそうっすけど……。はあ、わかったっす貰うっすよ」


 そう言って渋々ロバートは許可証を受け取る。


「ほほ、仲良きことは美しきかな」


 俺たちのやりとりを見たブルムは呑気に言う。

 この爺さんには振り回されたが結果的には世話になったな。ちゃんと礼を言っておくか。


「ありがとな爺さん、世話になったよ」


「いいんじゃよ、こちらこそ面白いものが見れたわい。わざわざお主を探して声をかけた甲斐があったわい」


「俺を……探した?」


 なんのことだ?

 あの時会ったのは偶然だったじゃないか。


「スライムマスターがここに来ることは知っておったんじゃよ。ほれ、ここに来る途中商人とすれ違ったじゃろ?」


「あ」


 そういえばロバートの知り合いの商人とすれ違ったな。


「そやつはわしの商会の下請けでな。すぐにわしの元へ伝書鷹を飛ばしてくれたんじゃ」


 伝書鷹とは商人が使う連絡手段だ。

 その名の通り鷹に文書を持たせて目的地まで運んでもらうのだ。


「じゃあ出会ったとこからもう計算づくってワケか。食えねえ爺さんだ」


「ほほ」


 流石は伝説の商人だ。

 油断ならないな。


「これが老婆心じゃが、わしはお主を心配しておる」


 ブルムは穏やかな顔から真剣な表情に変わるとそう切り出した。

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