第十九話 家族

 王国でギガマンティスを倒したときに俺はギガマンティスの素材をどうするか悩んだ。

 受付嬢のローナさんはギルドに売ることも提案してくれたのだが俺はそれを断った。


 ギガマンティスを倒した事で貰えた報酬で十分懐は温まったからだ。小市民である俺はあまり一度に多くの現金を持ちたくなかったしな。

 そんなこんなで俺は長いことギガマンティスの素材をスライムの体内にずっと保管していたのだ。スライムの体内に入れたものは経年劣化が遅れるので何かを保存するには最適だからな。


 恥ずかしながら今の今までこれを保管していたのは忘れていた。

 これを収納しているスライムを連れてきたのは偶然。危ねえ。


「ギガマンティスの甲殻、見るのは久しぶりじゃな。品質も……うむ、申し分ないな」


 ブルムの爺さんが甲殻を鋭い目つきで鑑定するが、どうやら問題ないようだ。

 よし、ここで畳み掛ける!


「それだけじゃない、まだあるぞ!」


 俺は再びスライムからある物を取り出す。

 それは棍棒や大剣などの大量の武器だ。ざっと見積もって100本近くはあるだろう。


 これはかつてオークたちが使っていた武器だ。奴らを倒した後、捨てるのももったいないので拝借してしたのだ。

 それほど品質のいいものではないが、大量の武器を欲しているこの状況では需要があるだろう。


「どうだ、まだ足りないか?」


「ふむ、これだけあればお主らを商売相手と認定するのに十分じゃ。よくこの答えにたどり着いたの」


 そういって爺さんはニカっと俺に笑う。

 このジジイ試しやがって……心臓に悪いぜ。


「おいおい何勝手に話を進めてんだよ! いくらそいつが納得したからってこっちは全然納得してねえんだよ!」


 すっかり蚊帳の外だったジーマが叫ぶ。

 いけね、すっかり彼の存在を忘れていた。


「ほほ、既に彼らは商王わしの客人じゃ。それを知った上で手を出す気か?」


「ぐっ……! そんなの知ったことか! やるぞお前ら! 援軍も呼んどけ!」


 ジーマの部下たちは少し躊躇いながらも武器を構える。

 どうやらブルムごとやっちまおうというつもりらしい。思い切ったな。


「ほほ、あちらさんはやる気のようじゃの。わしの傭兵に戦わせてもよいが、ここはお主のお手並み拝見といこうかの」


「任せな爺さん、こういう荒事は得意なんだ」


 俺がそう言って手を叩くとそれを合図に大小様々なスライムたちが俺の体から出てくる。

 その数100。そのうちの40人が人化出来る上位個体だ。


「むー! そらもやるよー!」


 101人目のスライム、そらも出てきて変身を始める。

 今度変身したのはなんとギガマンティス。体積が足りず少し小さめのサイズだがそれでも迫力は十分。突然の大型モンスターの登場に奴らは驚愕し、戦意を失い膝を落とす者もいる。


「いっくよー!」


 そらは大きな鎌を振り下ろし攻撃する。

 鎌の刃は切れないようにこそしているが、地面に激突したときの衝撃波は凄まじく一撃で大勢のガレオ商会の者を気絶させる。


 こうなると奴らはもうほとんど戦意を失い蜘蛛の子を散らす様に逃げ回るが、それをスライムたちが捕まえていく。こりゃ俺が手を出すまでもないな。


「これで残るはお前だけだな」

「散々好き勝手やってくれたっすね。覚悟するっす!」


 俺とロバートは一人取り残されたジーマに近づく。


「て、てめえ! 俺に何をする気だ! 俺はお前の兄だぞ!」


「この期に及んで家族の情にすがる気っすか? 真性のクズっすねこいつは」


 ロバートは汚いものを見る目をしながら言う。

 俺も同感だ。こいつは歪みきっている。


「安心するっす。俺っちはあんたをどうこうするつもりはないっす。そんなことしたらあんたと同類になるっすからね。だけど今まで犯した罪は償ってもらうっすよ」


 話によるとこの商国にも犯罪者を収容する牢獄のような施設はあるらしい。

 いままでガレオ商会の力で捕まらなかったこいつもここまで大々的に犯罪行為をすれば言い逃れは出来ないだろう。

 何がどのくらいの罪になるかは知らんがこの国で一番偉い人物を襲おうとしたんだ、その罪は決して軽くはないだろう。


「くそっ! 俺の何が駄目ってんだ! なんでお前の周りには使えるやつがいて俺の周りには雑魚しか集まらねえんだ!」


「それは違うっすよ兄さん。あんたにも近くにきっといたはずっす、信用できる人物が。でも人を信用できないあんたは結局利害の一致する人としか付き合えなかった。それがあんたと俺の差っす」


 俺とロバートはお互いに無いものを補い合っている。しかし一緒にいる理由はそれだけではなおい。

 楽しいから、こいつの人柄が好きだから。

 それこそが俺とロバート、そして村の連中やスライムが一緒にいる一番の理由だ。


 しかしジーマには人を信頼する心がなかったのだろう。だから金や暴力による繋がりしか出来なかった。

 哀れなやつだ。


「うるせえ! 俺を……俺を哀れむなぁ!!」


 ジーマは懐より短刀を取り出しロバートに斬りかかる。

 まだそんなものを隠し持っていたのか。


「死ねえ!」


 ロバートは落ちるとこまで落ちてしまった兄を悲しそうな目で見て……そして呟く。


「お願いするっす……キクチさん」


「ほいきた」


 俺は一瞬で二人の間に割り込み拳を構える。

 これでケリをつける!


「スライム……ラーッシュ!!」


 俺は最近会得した能力で腕をスライムの様に軟化させる。

 そしてゴムのような弾力を持った腕で目にも留まらぬ速度のパンチの雨を浴びせる!


「ぶべべべべっ!」


 俺の拳が次々とジーマの顔面に突き刺さり、その顔面をボコボコに腫らしていく。

 既に誰だか判別するのも難しくなっている。


「これで、とどめ!」


 最後に一発強烈なのを打ち込みジーマを吹っ飛ばす。

 何十発も顔面にパンチを受けたジーマは立ち上がることが出来ずその場で気絶する。手加減はしたから死にはしないだろう。しばらくは顔を洗うのもしんどいだろうがな。


「ありがとうっす。キクチさん。おかげですっとしたっす」


 ロバートは確かにつきものが落ちた顔をしている。

 しかし少し気になる。


「いいのか? 唯一の肉親なんだろ?」


「いいんす。確かに血のつながった家族はこのクズしかいないっすが、血がつながってなくても信頼できる家族が俺っちにはたくさんいるっすからね!」


 ロバートはそう言って心からの笑顔を俺に向けたのだった。 

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