第六話 襲来
「皆さん! オークが来ました!」
正面入り口の高台で見張りをしていたエルフが叫びながら鐘を鳴らす。
それに従い外で警備をしていたエルフとスライム達は柵の内側に逃げ込む。
それを見たオーク達はほくそ笑む。柵のうち入ってしまえばもう逃げたしようがない。獲物が自ら檻の中に入ったようなものだ。
「バカ共メ! 全員捕マえてヤる!」
オーク達は我先にと柵の内側になだれ込もうとする。
女はキングに献上しないといけないというのに彼らがここまで必死になるのは理由がある。
それは子供のエルフだ。
まだ繁殖能力の持たないエルフは彼らにとって餌でしか無い。特に子供は大人と違い肉も柔らかく栄養も豊富。何人かはキングに残しておかなくてはいけないが多少のつまみ食いは許されるだろう。
ゆえに彼らはひた走る。
己の欲を満たすため。
「みんな! 作戦通りにやりますよ!」
正門のリーダーを務めるニーファが叫ぶ。
するとエルフ達は村の奥までは行かず、柵の少し内側で弓を構えオーク達に向く。
当然このまま真正面から戦うほど彼女達も馬鹿では無い。
彼女達の役割はなるべく多くのオークを村の入り口に集める事だったのだ。
「スライムさん! お願いします!」
「うん!」
ニーファの合図にスライムが返事をする。
その返事はなぜかオーク達の足元から聞こえる。オークがその意味を知ったのはその次の瞬間だった。
「な、なんダ!?」
なんと次の瞬間オーク達の足元の地面が消え失せ大きな穴が現れたのだ。
その穴は村の入り口を囲むような円形であり、村になだれ込もうとしていたオーク達は必然的にその穴に落ちてしまう。
「すごい……!」
オーク達が次々と落ちていく様を見て驚くニーファの元にスライム達が駆け寄ってくる。
「どう? うまくできた?」
「はい! 最高のタイミングでしたよ!」
「えへへ」
この落とし穴トラップはこのスライムの力で作られたものだ。
まずは普通にオークが入る大きさの穴を掘る。
人間だとかなり時間がかかる作業だが、体内に物をため込めるスライムであれば土をどんどん体に取り込みながらまるで土を食べるように穴を掘れるので、かなりの速さで穴掘りを完了できる。
そしてその穴を覆うようにスライムが薄く平べったく変形し蓋をする。
その上に土を被せて地面のようにすれば落とし穴は完成だ。
あとはオークがその穴の上に乗った時スライムが元の大きさに戻ればオーク達が穴の中に落ちるということだ。
「ググ! シかしこノ程度登ってヤる!」
穴はオークの背丈より少し深い程度。頑張れば登れる深さだ。
しかしオークは中々登る事が出来ない。
穴の底に張られている液体のせいで足が滑るせいだ。この落とし穴作戦は落として終わりでは無いのだ。
「今よ! 矢を!」
ニーファの号令でエルフ達は矢を落とし穴に向け放つ。
地上と高台両方から放たれる矢はまるで雨のように降り注ぐ。
しかもその矢の先端には火が灯してあり、通常の矢より威力が高い。
しかし相手は驚異的な再生力のオーク。
火矢ごときでは致命傷を与えるには至らない。
オークもそれを分かっているため火矢を避ける事なく穴をよじ登る。
しかしそんなオーク達を不測の事態が襲う。
アツイ!! ナんだコレは!?」
突如としてオーク達の足元が燃え出したのだ。
穴の底より上がった火の手は瞬く間に穴全体に広がりオーク達を蒸し焼き状態にする。
辺りには黒煙が広がり、肉の焼ける嫌な臭いが漂い始める。
「今よ! 魔法班!」
ニーファの呼びかけに応え弓兵が下がり杖を持ったエルフが前に出る。
魔法担当のそのエルフ達はエルフの得意魔法である風魔法を発動させる。単体ではオークにダメージを与えられない風魔法だが、彼女達の巻き起こした風は落とし穴の中の空気を循環させ火の勢いを倍増させ、更に黒煙と熱風を穴に落ちてないオークに押し付ける。
「スライムさん! 追加の油を!」
「うん!」
ニーファの言葉に反応したのは黒くドロドロした見た目のスライム。
彼はその体から黒い液体を出し、小さな樽の中にその液体を満たしていく。
この黒いスライムは『
このスライムの分泌するオイルはよく燃える上にすぐに燃え尽きずに長い時間燃え続ける特徴がある。なので一度身体に着き火がつくと中々消化する事が出来ない。
そのオイルが、この落とし穴の中には大量に入れられていた。
穴に落ちたオークはそのオイルを身体中に浴びる事になる。
後は火矢を放てば穴の中は火炎地獄に変わるというわけだ。火で殺すことが出来なくともこのオイルが燃焼する時に出るガスは生物にとって有害。いかに頑強な肉体を持つオークであろうと呼吸せずに生きることは出来ない。
エルフ達は火の勢いが弱まらぬよう追加の油が入った樽を穴に投げ込んでいく。
しかしこの黒煙の中を悠然と歩き村の中へ入ろうとする者がいた、
「ったくこの程度の火でだらしネえ。俺たちがやってヤるよ」
仲間の屍を踏みながら落とし穴を超えて来たのは2体のハイオーク。
火の中を突っ切って来たため多少のヤケドこそ負っているが、それも数秒で回復してしまう。
普通のオークとは別格の力を持つハイオークはスライムの力を借りようがエルフでは歯が立たない。
だからもちろんそれ用の戦力も用意してある。
「やっとあたし達の出番みたいね」
「ああ、暴れてやるぜ!」
待ちくたびれた感じで紅蓮と雷子が姿を現す。
ハイオークは二人を見て思わず嗤う。目の前の二人が自分たちより強いとは思えないからだ。
魔族や魔獣にとって『体の大きさ=強さ』というのは常識だ。なのでハイオーク達が体格の劣る紅蓮達を侮るも無理はないだろう。
しかし彼らは知らない。
その常識が通じるのはせいぜい
「オンナ! お前モ孕み袋ニシテやる!」
「気持ちわりー奴だな。あたしはあっちの気持ち悪い奴をやるから紅蓮はもう一体を頼むぜ!」
そう言うやいなや雷子は自慢の大腿筋に力を込め駆け出す。
そして目にも止まらぬ速さで自慢の蹴りをハイオークに何発も打ち込んでいく。
しかし相手は驚異的な再生力を持つ化け物。膝を砕かれようと腕をへし折られようと数秒で完治してしまう。
「ガハハ、どうしタ! その程度でハ倒せんゾ!」
「うっせー奴だな! だったら決めてやるよ!」
そう言って雷子はハイオークの頭上高くに飛び上がり大技を放つ準備をする。
「ナ、何ヲする気ダ!?」
雷子はまず片足に今までの比ではない強さの雷撃を溜め込む。
更にその足の先端を硬くし、先端以外を軟化させる。そうすることで雷子の足はまるでムチの様な形状に変化するのだ。
「くらいやがれ!
大きくしなりながら放たれたその一撃はまるで本物の落雷の如き爆音を響かせながらハイオークに襲いかかる!
「ナ、ナンだこの力ハ……!」
全身を
やがて雷が止み現れたのは真っ黒に炭化したハイオークだった。体の至る所がひび割れた様に裂け、体内が露出している。
流石にここまでのダメージを受けてしまっては回復は不可能、ハイオークの体はバラバラに砕け散り地面に還った。
「へっ! どんなもんだ!」
「キサマ! よクも仲間を!」
仲間を殺されもう一体のハイオークが激昂し雷子に向かっていく。
しかしそれを遮る様に紅蓮が立ちはだかる。
「おいおい。お前の相手は俺だぜ」
紅蓮は右腕に炎の魔力を凝縮し、炎の拳を作り上げていく。
その温度は凄まじく、紅蓮の周りの空気は揺れるように見える。
「
紅蓮がその拳を前に突き出すと物凄い熱波が放たれハイオークを一瞬で灰と塵に変えていく。
「うご……ご……」
こちらも再生速度が燃える速度に追いつかず絶命する。
その様子を見たオーク達は尻込みし穴を越えようとする者はいなくなる。
ハイオークにはオークは束になっても敵わない。つまりハイオーク以上の力を持つこの二人にはどう足掻いても勝てないと思ったのだ。
「ド、ドうする……?」
「お前ガいけヨ!」
終いには誰がいくかで内輪揉めを起こす始末。
これを見た紅蓮と雷子は興ざめしてしまう。
「なんだなんだ? 仲間割れか?」
「あたし達に恐れをなしたみてーだな」
しかし我が乱れていたオーク達の群れは、ある人物の登場で落ち着きを取り戻す。
「オイオイ、何遊んでるんだお前達!」
オーク達を叱りつけながら悠然と歩いてきたのは黒いオーク、『オークキング』だった。
オークキングの登場により先ほどまで慌てふためいたオークは静まる。いやむしろ元より統率のとれた動きを見せ始める。
オークキングは穴の中で生き絶えるオークや焼け焦げたハイオークの死体を一瞥すると、怒りを孕んだ目で紅蓮と雷子に視線を移す。
そのあまりの視線の強さに思わず二人は少し後ずさってしまう。
実力者だからこそ分かる。今対峙しているこの相手の強さが。
「私の部下を可愛がってくれた様だな。その肉体をもって償ってもらおうか!!」
オークキングはそう叫び、穴をひとっとびで飛び越え二人の前に着地する。
「これより、蹂躙を開始する」
オークキングはニタリと笑みを浮かべ、二人に襲いかかった。
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