第十六話 帰還
「いやーそれにしてもキクチさんには驚かされっぱなしっすよ。まさか冒険者になって次の日に銀等級になるとか聞いたことないっすよ。これは白金等級になる日も遠くないっすね」
「よせやいロバート、持ち上げすぎだ」
王国を出てからずっとロバートはこんな感じだ。
まるで英雄の冒険譚を聞いた少年って感じだ。気持ちはわからなくもないがな。
「ギガマンティスを倒せたのはこいつらのおかげだ。俺の力じゃねえよ」
そう言って俺は膝の上にのっているスライムを撫でる。スライムはご機嫌のようでその証拠に体内にこぽこぽと小さな気泡を出す。これがスライムが嬉しい証拠なのだ、犬が尻尾を振るのと似ている。
逆に不機嫌な時は体内に大きな気泡を一つぷくーっと膨らませる。あまり見られないが可愛くてつい怒らせたくなってしまう。
「ますたぁ、つぎはぼくだよ!」
「はいはいちょっと待ってな」
現在荷車の中ではスライム達が長蛇の列をなしている。
見てわかる通り俺の撫で待ちの列である。俺はアトラクションか。
「そこ! よこはいりはげんきんだぞ!」
「はいはーい。さいこうびはこっちでーす
見ればカラーズの五匹が列を取り仕切っている。彼らはどうやらスライム達のリーダーになりつつあるようだ。
なんせ100匹もいるからな。まとめ役を買って出てくれるのは助かる。
「キクチさん! 村が見えてきたっすよ!」
俺の腕が撫ですぎで腱鞘炎を起こしかけてるとロバートがアトラクションの終了を告げてくれる。俺は渋るスライムを膝から降ろすと御者台に体を出しタリオ村に顔を向ける。
「ほんの数日離れただけというのになんだか懐かしい気分だな」
「まあキクチさんは濃厚な三日間を過ごしたから無理もないっすよ」
「それもそうだな」
王国で過ごした時間は激動過ぎた。
お金も稼いだことだし、しばらくは農業でもしながら穏やかに暮らしたいものだ。
「ふいー到着っす。お疲れ様っすハヤテ。ゆっくり休んでくれっす」
そんなことを考えていると馬車はあっという間に村に到着し我が家である教会の前に到着した。ちなみにハヤテというのはロバートの愛馬の名前だ。綺麗な栗毛が特徴的な雌の馬である。
俺が荷車より降りると教会の前で俺の恩人のシスター、エイルが掃除をしているのが目に入った。
「おーいエイルー! ただいまー!」
「き、キクチさん! 帰られたのですね!」
エイルは俺に気づくとダッシュで近寄り俺の胸に飛び込んでくる。どうやら思っていたよりも寂しい思いをさせていたみたいだ。まだまだエイルも子供だな。
しかし俺に当たっている胸は子供サイズでは無い、俺は必死にやましい心を鎮めエイルを引き剥がす。
「どうやら心配させたみたいだな。でもほら、無事に帰ってきただろ?」
「はい! エイルは信じてました!」
そう言ってエイルは太陽みたいな笑顔を向ける。
うう、なんていい子なんだ。娘にしたい。
「あ! そういえば昨日からキクチさんにお客さんが来ているんですよ!」
「客? 一体誰のことだ?」
俺が誰だろうと考えていると教会の扉がキイ、と開きある人物が顔を出す。
「う〜んうるさいなあ。何かあったのエイル?」
出てきたのは寝巻きの上に白衣というエキセントリックな服装をした少女。
髪はぼさぼさで眠気まなこをこすっている。もう昼だというのにこんな時間まで寝ていたのだろうか。
「お、お前は……クリス!?」
「おっ、帰ってきてたのねキクチ。二日ぶりね、元気にしてた?」
ヨッと手をあげ挨拶してくるのは俺が王国で出会ったスライム学者クリスだった。
「なんでお前がここにいるんだ!?」
「お前とは失礼ね……まあいいわ。あなたと話してこの村を聞いた私はその日のうちに荷物をまとめてこの村に向かったのよ。そのおかげで昨日の朝にはこの村に着いたのよ」
「そ、そうだったのか……」
なんという行動力だ。
まさかさすが生粋のスライムオタク。なめていたぜ。
「それにしてもあんなにスライムがたくさんいるなんて……おかげで研究が捗って仕方がないわ。おかげで寝不足よ、ふあ。
「スライムが……たくさん?」
確かに俺は道中出会ったスライム達にこの村のことを教えたが、せいぜい60匹くらいだ。その内の半数が来たとしても30。たいした数ではないはずだ。
「あの、キクチさん……実は……」
するとエイルが申し訳なさそうな顔で俺を引っ張っていく。
その方向は村の中心部の方向だ。
い、いったいなにがあったってんだ。
「これを見ていただいたらわかると思います」
「これは……!」
そこに広がってたのはスライムがいたるところにいるタリオ村だった。
スライム達は村の人たちと楽しそうに暮らしており、子供と遊んだり大人の仕事を手伝ったりしている。
「な、なんじゃこりゃあ!」
「実はキクチさんが王国に行った日から村に続々とスライムさん達がやってきて……。それを全員受け入れてたらこんな大所帯になってしまいました」
「大所帯ってレベルじゃないだろこれ……」
目に入るだけでもスライムは100匹を軽く超える。
いったいどれだけ集まったんだ?
「昨日の時点で846匹よ」
「そうか846匹か……ってなんでお前が知ってるんだ!?」
俺の考えを見透かすかのように答えたのクリスだ。
「何でって数えたからに決まってるじゃない。1日あればそれぐらいよゆーよよゆー」
そう言ってクリスは書類を手渡してくる。
そこには何の種類のスライムが何匹いるかが細かく書かれていた。しかも素人の俺にもわかりやすくまとめられており、このまま本として出版しても問題ないレベルだ。
どうやらクリスは研究者としてかなり優秀みたいだな。正直かなり助かる。
「お前ってスゴいやつだったんだな」
「あ、当たり前じゃない! とにかくスライムでわからないことがあったら私に聞きなさい! この村を教えてくれたお礼に力になってあげるわ!」
クリスは顔を赤くしながらそう喚き立てる。
どうやら照れてるみたいだ。褒められるのになれてないのだろうか。まあ大人になれば褒められることも減るからな。
「あ! ますたぁだ!」
するとクリスが大声を出したせいかスライム達が俺に気づいてしまう。
スライム達は一斉に俺めがけ飛びついてくる。俺は逃げる間も無く囲まれスライム達にまとわりつかれてしまう。
「おかえり!ますたぁ!「このむらたのしいよ!「ぼくおてつだいしたんだよ!「おにごっこしよ!「かくれんぼのがいい!」
一斉に話しかけてくるため全然何言ってるか分からん。
でも全身をスライムで包まれるのは意外と気持ちよかった。
「ふふ、賑やかになりそうですね」
「……そうだな」
先のことは少し不安だが、今はこの賑やかなのを楽しんでもいいかもな。
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