第二話 スライムとの出会い

「ふう……ふう……」


 くわを振り上げ、下ろす。

 一歩後退し再び振り上げ、下ろす。

 しばしそれを繰り返した俺は日がすっかり昇っていることに気づき、いったん手を止める。


「はあ、今日もいい汗かいたな」


 俺は自分の耕した大地を満足げにながめながらつぶやく。


 このファンタジーな世界に来てから早三日。この村にも少しづつ慣れてきた。

 職無し宿無し甲斐性無しと散々だだった俺はエイルの厚意に甘えて教会の一室に住まわせてもらっている。

 流石に何もせずに居候するわけにもいかない。かといってこれといった特殊技能も持っていなかった俺は教会裏手の畑を耕す手伝いをしてるってわけだ。


 しばらく肉体労働とは無縁だったので初日は筋肉痛で死ぬかと思ったが三日も経てば人間は慣れてくる者で今は心地よいくらいの痛みしかない。


「おはようございますっス、キクチさん」


 俺が仕事の余韻に浸っていると馬車に乗った青年に話しかけられる。


「おう、おはよう。今から王国か? お前も働き者だなロバート」


 彼の名前はロバート。このタリオ村に住む青年だ。

 若いながらも行商人見習いとして立派に働いており、この村とエクサドル王国を行き来し商売している。利発的で人当たりがいい彼とはこの世界に来てすぐに仲良くなり、こうして世間話をするようになった。


「今年の王国は作物が不作だったらしいすからね、今が稼ぎどきなんすよ! うちの村の物をバンバン売りさばいてきてきますよ!!」


 ロバートは白い歯をニカっと光らせそう言う。

 たくましい奴だ。


「あ、そうそう。不作の影響が王国周辺の魔物にも影響を与えているみたいで凶暴化してるらしいっす。うちの村は大丈夫だと思うんすが気をつけてくださいっス」


「そうなのか。まあ俺なんか役には立たないと思うが気をつけるよ」


 魔物が来たら俺なんかとても太刀打ちできないだろう。

 ゴブリンにだって惨殺される自信があるぞ。


「まあそうっすね! じゃあ俺はもう行くっす! キクチさんも頑張ってくださいっす」


「ああ、達者でな」


 なかなか辛辣な言葉を残しロバートは馬車を走らせ去っていった。商人は冷たい人が多いと聞いたがあいつも影響されてしまったのだろうか。


 まあ何はともあれまずは飯だ。

 魔物に関しては問題ないだろう。この村は特殊な魔法がかけられた柵に囲まれているらしく、その効果で魔物は近づいてこないのだ。そのおかげでこの村は豊富な自然の中にありながら平和に生活できるのだ。


「よいしょっ……と!」


 手頃な岩に腰を下ろしエイルが作ってくれた昼飯を広げ始める。シンプルなおにぎりだが味付けが上手でありコンビニの物とは桁違いに美味い。今日も楽しみだ。


「さて、いただきま……ん?」


 口に入れようとした瞬間、足に何やらぷにぷにしたものが当たる感触がした。

 村で飼われている犬だろうか。俺の昼食を奪いに来たのか? 


「悪いがこれをあげるわけにはいかないんだ……」


 丁重に断ろうとした瞬間、俺は信じられないものを目にする。


「……え?」


 なんと俺の足をぷにぷにと押しているのは綺麗な水色のまんまるのぷにぷにな物体。

 いわゆる『スライム』と呼ばれるモンスターだった。


「お、おわあああああっ!!」


 俺はおにぎりを死守しながら転がりまわって退避する!

 な、なんでこんなところにモンスターがいるんだ!? モンスターは柵を越えられないんじゃないのか!?


 ビビり倒す俺をよそにスライムはその場でぷにぷにしながら動こうとしない。

 目や口がないのでどこを向いているのかわからないが何となく俺を見ている気がする。

 い、いったいどうしようか。スライムはもっとも弱いG級モンスター。俺でも十分に倒せるはずだ。


 待て、しかしこれはチャンスでもある。

 今まで俺は村の外に出てこなかったから魔物にもあったことはない。だから俺の唯一の特殊能力スキル『スライムマスター』を使ったことがなかったのだ。


 知りたい。

 俺が唯一手に入れたこの能力の力を。


「こ……こんにちは」


 俺は思い切ってスライムに挨拶をしてみる。

 しかしよく考えると挨拶が返ってくるわけがない。

 なぜならスライムには知能がないと言われているからだ。教会にあった俺の現在の愛読書「魔物大全」にそう書いてあった。


「そうだな、じゃあ次はなにを……」


『こんにちは!』


 考え込む俺の耳に突然小さい子の声が飛び込んできた。

 まずい。魔物と一緒にいるところを見られたらパニックになりかねない。何とかして隠さなければ!


 俺はバッと振り返り子供を探そうとするが、なんとそこには誰もいなかった。

 あれ? どこから話しかけてきたんだ?


『こっちだよ』


 逆方向から聞こえる声。

 それに導かれるまま正面へ向き直るがやはり人っ子一人いやしない。どうなっているんだ?


『むう、もっとしただよ』


「下?」


 言われるまま視線を下にスライドさせるとさっきのスライムがいる。

 ま、まさか……!


「も、もしかして君が喋っているのかい?」


「うん! ぼくはスライムなんだ。よろしくね!!」


 そういってぽよぽよ跳ねる水色のスライム。

 このスライムが後に最高の相棒になるとは、その時の俺は知る由もなかった。

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