魂渋化
ミステリー兎
One heart & Two spirits
『自分が変われば世界も変わる』
俺はあの日から少しだけその言葉を信じるようになった。まあ、先に変わったのは世界なのだが、一先ずその話はしないでおこう。今は本当に頭がいっぱいいっぱいだ。
あの日。今からぴったり一か月前。マグニチュード9.0の大震災が起きた。押し寄せた大津波は町の全てを吞み込んだ。文字通り、全てだ。通っていた高校、目指していた大学、自分や親戚の家、よく遊んだ公園に家族や友達。思い出も将来も含めて全部だ。
「もう……何も無いんだな」
【ま――、……こってる……ょ】
(まただ。何かが俺にしゃべりかけてくるような気がする……この避難所の体育館に来てからじゃない……あれからどうしちまったんだ……俺)
空のペットボトルを口に咥えて体育館の天井をボーっと眺めながらこの俺、
「横、失礼するよ。僕は町内会長の中嶋。君は有希君だよね? お母さんと一緒じゃないのかい?」
俺は母親が一人居た。何人も家族が死んだ人よりましだろうと思うかもしれないが俺にとってはたった一人の家族。一人には慣れていたが独りには慣れていない。0と1とでは全然違うのだ。
「……独りです」
「そうかい……。辛かったろうに……。ここへ来たのは最近みたいだけどそれまでどこに居たんだい?」
「その……病院の方に。こう見えて生死を彷徨ってたんです」
「そうかいそうかい。命が何よりだ。困ったことがあれば私を頼りなさい。町のみんなは家族だからね」
「ありがとうございます」
そうだ。俺はとある少女の心臓を移植されて助かった。
でも、その命の恩人は既に死んでいる……。
(もう涙も枯れたし、絶望しきった。でもこれからどうしようかな……)
【――ぇ……が――どかない……の?】
(取り敢えずはこの声みたいなもの。どうしたもんかな)
寝返りをうつと黒いスーツの細い足が目の前に現れた。とっさに体を起こすと同い年くらいの見た目の女性が俺の方をきりっと睨んでいた。身長は低くて髪は短い。鋭い大きな目と首から垂らした赤いネックレスが特徴的だった。
「だっ! ……何か用ですか?」
「私は
魂渋化対策本部だって?
今から約十年前に突如として現れた魂渋化という現象――亡くなった親などの魂の欠片がまずその遺品、形見に憑りつき、残されたものの魂を蝕み、自我を失って暴走する。主に未成年者が魂渋化の対象となる。
「俺は確かに未成年でこの震災で親を亡くしたが……遺品なんて何も無いぞ! きっと全員がそうだよ。みんな流されたんだから……」
「本当に全部か? その着てる服とか、持ってる財布、携帯電話なんかも怪しいぞ」
(常識のないやつだな……国に認められた組織ならもっと何というか人の心を持てよ。あれから1か月経ったとはいえ、少し酷じゃないか?)
「違う。目が覚めたときは病院服だった。そして手ぶらだったんだ。俺にはもう何も残ってないんだ。分かったら帰ってくれ……」
「そうは行かない。上からの命令でね。最低3週間は観察しろとのことだ。調べたところ私の管轄のこの体育館には未成年者で家族を失っているのは君だけだ。これから3週間、よろしく頼むよ」
「なんだって……。冗談じゃないぞ? そんな、観察って……。人権もくそもないじゃないか!」
「我々組織が相手にしてるのは人権の無い化け物だ」
(……もういいや。いつもの俺ならここで強く反論するのだが、今はそんな元気はない。どうせ何も無いんだから……)
それからこの未来と名乗る組織の者と一緒に生活することとなった。彼女はあくまで監視が目的のようで深くこちらの行動を縛ったりはしなかった。何かしゃべりかければ反応するが基本は黙っていて何かノートをとっている。きっと毎日の俺の行動観察日記のようなものだろう。
「今日は少し外に出てみようと思う。良いよな?」
「何回も言わせるな。行動は自由だ。ただ監視させてもらうがな」
「じゃあ家が元あった所に行く。歩いてすぐだ。10分くらいかな」
「……」
風景が変わっていたり瓦礫の山を避けたりしていたため、たどり着くのに三十分もかかってしまった。そこには見覚えのある屋根の瓦が落ちているだけだった。未来は周辺を丁寧に調べていた。
「だから無いって言ったろ? 遺品や形見なんてもんはさ」
「可能性が0でない限り調査するのが我々の仕事だ」
「そうかよ……」
近所を見ると未来と同じように瓦礫をあさっているスーツの人たちが何人か居た。ヘリコプターが数機上空を飛んでいる。自衛隊も辺りを捜索している。まだ、行方不明の人が大勢いるのだ。
(本当に……絶望的な世界だな)
胸に手を当て、心臓の鼓動を聴く。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ――
【やっと届いたかな? わたしの声が】
「だ、誰だ! またあの同じ声だ」
辺りを確認してもその声の持ち主らしき人は居ない。
【その手を当ててる心臓の持ち主だよ? 私は。どうやら君が手を当ててる間は声がはっきりと届くようだね】
「ほっ本当か!? あなたが、僕の命の……恩人ですか?」
【そう言われると照れるね! あと敬語は要らないよ、君よりもちょっぴり年下だからね。名前は――】
「えっ? もう一回言ってくれない?」
その瞬間――
「何を1人でブツブツ言ってる?」
すぐさま手を胸から離して未来の方を向いた。
「い、いや!? 何でもないよ!? 全然全く!」
「……怪しいな。魂渋化の初期症状の可能性がある。やはり身につけてるものを調べさせてもらうぞ」
未来は非接触型の体温計のような機械を体にあて始めた。
その機械を胸に当てようとした時に救急車が大きなサイレンを立ててこちらに猛突進してきた。近くで自衛隊が取り残されていた人を見つけて、その救助に駆けつけていた様子だった。
「ん? あれは……生きてるの……か?」
「一か月前だぞ? 悔しいが……彼女はもう、」
「じゃああれ、見てみろよ、未来」
その現場を指差した瞬間、血を流していたその女の子はそばにいた自衛隊員に嚙みついた。
「!? 何だよ……あれ」
「あれは……魂渋化だ。見ろ、この魂渋度センサーがこんなに音を立てて鳴っている!」
「魂渋化!? あれが……か」
何度も聞いたことがある魂渋化という単語とその説明だが、実際に目の前で魂渋化した人間を見るのは初めてだ。
「どうなっている……この魂渋濃度。魂渋ランクはおそらくA以上だ」
「何だよそれ! やばいのか!?」
「組織の隊長格と同等レベルだ……」
「いいか、ここから離れろ! 逃げるんだ! いいな!!」
「未来は? どうすんだよ!!」
「私は魂渋化対策本部の隊長格だ。ここへはお忍びできたのだがな……すぐに鎮圧させる」
そう言って首にしてあった赤いネックレスを首からちぎって日本刀に変形させた。
(まさかこいつ、魂渋化を制御できた数少ない人間か!? 都市伝説かと思ってたけど……魂渋化した人間が有する特殊な能力を未来もこうやって使っている……! ていうか、お忍びってことは命令とか3週間とか全部噓だったのかよ!)
「はあっ!!」
刀でその被災者の腕を切り落とす。自我が無くひたすら叫んでいるが痛がっているのは逃げながらでも分かった。
ブクブク、ブクブクッ――
「ほう、貴様の能力は血か。血で切られた腕を形どったか。無駄なことを……。次の一振りで終わらせるっ!」
「ギギギ、ガガガッ!!!」
「しまった! こいつ……私の刀を切られた腕の血で固めたのか!」
殴り飛ばされた未来を見て。俺は足を止めた。
(何かやばそうだぞ……。今から戻るか? いやでも俺が今さら戻っても……)
【――な。】
「!?」
【そんなことはないよ! 未来さんを助けないと!】
「でも、俺が行っても……足手まといになるだけだ。未来は魂渋化を制御できた天才だ。きっと……その……」
俺はその時、無意識に涙を流していた。
(助けたい!!)
(魂渋化を制御出来るとか、組織の仕事とかじゃない。魂渋化出来るってことは……あいつも大切な人を失ったことがあるってことじゃねーか!! なのにあいつは俺と違って弱音も吐かずにただ凛々しく前を向いてる……。全く情けねえ!!)
そう心で思った瞬間に全身の体温が上昇した気がした。
(足が軽い……ぞ?)
瞬き程度の速さで俺は未来の前に戻っていた。
「大丈夫か?」
「馬鹿者! 何故帰ってきた! 狙われるぞ!!」
熱い……。俺は背後から襲ってきたそいつの拳をしゃがんで避け、日本刀がある所まで跳んだ。身体機能が上昇しているのか……?
「受け取れ!!」
刀を未来の方に投げた。さっき避けれたのもそうだ。頭ではない。反射的に身体が動いたのだ。そう動いた方がベストかのように。
「フ……今回の休暇報告書は少し長くなりそうだ……」
受け取った反動を利用して目の前に来た胴体をぶった切った。
「ありがとうな。命の恩人!」
【こちらこそありがとう。君と一緒にこれからも生きられることを心の底から感謝するよ。私の相棒? いやそれは流石にでしゃばり過ぎかな?】
「いいや。おかげで少し未来に希望が持てた気がするよ、相棒」
絶望の世界、絶望の災害。絶望続きの現実にほんの少しだけの勇気と希望を掴み取った。
――読み切り、おわり――
魂渋化 ミステリー兎 @myenjoy
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