箱庭と天秤

@spinae

第1話 はじまり

どうやら、少し意識を飛ばしていたらしい。

重い目蓋を上げれば見えたのは美しい光景だった。宇宙空間のような、無数の輝きの混じる闇の中。真っ直ぐに、ゆっくりと背中から落ちる自分を知覚する。


「(なるほど……これが話に聞く、ダンジョン生成に巻き込まれた際の……うん、無理)」


早々に諦めて目を閉じ直す。生じたダンジョンが安定すれば、叩きつけられるということもなく立っていたり座っていたりするというから心配ない。恐怖はあるが、最早なるようにしかならないのだと、女は覚悟を再度決めた。



〈♪〉ポーン


とんでもなく長い落下の後、軽やかに響いた音。よくある通知音のようなそれにハッとして目を開ければ、見知らぬ森の中。覚悟を決めていたとはいえ、女は体を震わせた。


〈ダンジョンの生成が完了しました〉


無機質な声が淡々と頭の中に響く。すると、もう一度音が鳴った。


〈ダンジョン生成に巻き込まれた人間が確認されました〉

〈巻き込まれた者に祝福スキルが付与されました〉

〈これにより、内部の人間が全員死亡するか、ダンジョンから脱出するまで、階層が反転します〉

〈ダンジョン反転中1/1〉


アナウンスが終わる。それに一瞬沈黙していた和泉は、ほとんど倒れた低い姿勢のまま、手を握りしめて乾いた唇を噛んだ。


「(まずはスキルを確認して、安全確保……)」


危険地帯に放り出された現状に否応なく早くなる鼓動。胸を押さえながら思考した時、彼女の視界に半透明の画面が現れた。瞬きしても消えずそこにある、不思議デジタルな映像に反射的に目を通す。



『三嶋 和泉』年齢:26歳 性別:女


スキル『箱庭』



たったそれだけ。それを見た瞬間、彼女は迷わなかった。……いや、迷えなかった。


「『箱庭』!」


どうなるかわからない。どんなものかわからない。それでも、生き残るために彼女は人生で初めてスキルを使った。


それが、その後世界史に残る、三嶋和泉の壮絶でいて、思ったよりのんびりなダンジョン強制単独サバイバルの幕開けだった。

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