(5)

「……お恥ずかしい所をお見せ致しました」

「いえ、それは……大丈夫なんですけども」

「俺の精神が大丈夫じゃない……ごめんね……」

 雪人さんに抱き締められる事十数分。団体らしき人々の会話が聞こえてきたので、彼を引きずるように壁の方へ連れて行ったら、そんな風に謝られた。最後の方はちょっと可愛いなぁなんて思っていたくらいなので、本当に気にしないで欲しいのだが。

「でも……あの」

「うん?」

「ありがとうございます……まだ、私の事好きでいてくれて」

「え……まだ?」

「はい。初めて会った時におっしゃって下さいましたけど、その後は特に話題になる事なかったから……今はどうなんだろうなって思っていたので」

「……ああ、成程」

 どう切り返したらいいかがまるで分らなかったので、取り繕うことない本心を述べてみた。私は一生詐欺師にはなれそうもない。

「んー……聞きたい事っていうか、話したい事とかは色々あるんだけどさ」

「話したい事、ですか」

「そう。だけど、時間押してきたし、人の前でするのも無粋だし、もう出ようか……あ、まだ見たいものとかある?」

「既に一通り見てますし大丈夫ですよ。私も、それが良いと思います」

「うん。じゃあ、そうしようか」

 一旦諸々を保留にして、出口へと向かう事になった。館内マップをもう一度確認して場所を確認し、そちらの方へと体を向ける。その瞬間、私の右手が彼の左手によって包まれた。思わず雪人さんの方を確認すると、彼の視線はこちらではなく館内の案内表示に向いている。恐らく、無意識の行動だったのだろう。

特に離す理由もないし、正直嬉しいと思ったので、下手に騒がずに大人しく付いていく事にした。しかし、私の手を握っていた事に気づいたらしい彼は……引き留める間もなく、ぱっと手を離してしまった。

「ごめ、ごめん。つい、無意識で」

「大丈夫ですよ。せっかくだから、あの……」

 そう言って、彼の目の前に右手を差し出した。雪人さんは、いつになく真っ赤に顔を染めて慌てている。怯まずにじっと見つめ続けていると、分かったと震えが混じる声と共にもう一度握られた。自分からはぐいぐい来る割に、こちらから働きかけるとよく狼狽えている気がする……彼の恥じらうポイントがいまいち掴めない。

 無事に手を繋ぐ事に成功したので、距離も少しだけ詰めて歩き出した。出口付近にある売店でお土産を吟味し、可愛らしいデザインの缶クッキーと可愛いペンギンのアクリルキーホルダー、海をイメージしたデザインのボールペンを購入する。雪人さんの分も纏めて会計が出来たので、ほっと胸を撫で下ろした。

「ごめんね、ありがとう」

「いいえ。私の方がもっと頂いてますし」

「気にしないで良いのに」

「……今日だけでいくら使ったか思い出してほしいんだけど」

 じとっとした目を向けながら、彼には聞こえないように呟いた。当の本人は、ボールペンを嬉しそうに眺めている。

「実用的な物を選ばれましたね」

「ああ、うん……前に使ってたのが、丁度インク切れちゃってね。買わないといけないな、と思っていたものだから」

「キーホルダーとかは、あまりお好きではないですか?」

「そういう訳ではないけど、物は使ってこそだと思うし、どちらかというと実際の生活で使う物を選ぶ事が多いかな」

「そうなんですね」

 その辺は価値観の違いだろうか。私は、そんな沢山は欲しいと思わないけれど、ご当地キーホルダーとかグッズは好きな方だ。

「……さて、春妃」

「何でしょうか」

「今の段階での、返事を聞かせてもらってもいいかな」

「返事、ですか」

「うん。俺はね、春妃の事を一人の女性として愛しているから、春妃が承諾してくれるなら恋人同士になりたいんだよ」

 彼の瞳は、怖いくらいに綺麗だった。視線を逸らす事は許さないとでもいうかのように、まっすぐこちらを見つめている。

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