(3)

「むふー、美味しかった!」

「ご満足頂けたなら何より」

「春妃が選ぶお店はほぼ間違いなく美味しいから、今回も美味しいだろうとは思ってたんだけどね……想像以上だったわ」

「そう? グルメの夏葉に信頼してもらってるなんて光栄ね」

「春妃の味覚と理系科目の成績は信頼してるよ」

「どういう意味よ!」

 食って掛かって肩を揺さぶると、夏葉の口から抗議の声が上がった。そんな言い方されたら、私の文系科目の成績は悪いと雪人さんに思われてしまうじゃないか。

「雪人さん、違いますからね! 私、文系科目も普通に平均点ありますから!」

「うん。そんなに必死になって弁解しようとするなんて、春妃は可愛いね」

「ひえっ」

「良かったじゃん、褒められたよ」

「夏葉ステイ!」

 ほとんど涙目で叫ぶと、二人分の笑い声が聞こえてきた。親友とも片想いしている相手とも一緒にいられるなんて、今年の誕生日は一石二鳥……とか考えていた今朝の自分を殴ってやりたい。

「腹ごしらえも終わりましたし、今日のメインに行きますよ!」

「はぁい」

「了解。水族館だったっけ」

「そうです。一か月前にリニューアルしたって聞いたから、行ってみたくて」

 昔から、水族館とか海とかの水に関わる場所が好きだった。きっと、水の気配がある場所では少しだけのんびりしても良いかと思えるからだろうと思う。それが何でなのかは、さっぱり分からないのだけど。

「水族館入ったらすぐに別行動する?」

「え……夏葉が良いなら、一周は一緒にしたい」

「……お誕生日様がそう言うなら仕方ないわね。さっきからだいぶ二人に当てられてるから自由になりたいんだけど、もうちょっと一緒にいるわ」

 じとっとした目を向けられたが、心当たりがなかったので首を捻った。別に、そんなにべたべたとくっついている訳ではないと思うのだが。そもそも、私たちは付き合っている恋人同士とかではない。

「付き合う前から無自覚にこれなんて。自覚して事実になったらどうなるのかしらね」

 辛うじて私に聞こえるくらいの声量で、夏葉がぼそりと囁いた。聞こえなかったらしい雪人さんは不思議そうな顔をしているが、聞こえた私の頬はカッと熱を持つ。きっと、見た目にも真っ赤になっているのだろう。

「夏葉ちゃん、どうかしたのかい?」

「二人は本当に仲が良いなと思いまして。付き合いは私の方が長い筈なのに」

「ふふ、嫉妬かな?」

「ご想像にお任せします……それじゃあ、入場しましょうか」

 行こうと言われて手を引かれたので、抵抗せずについていく。そんな私の後を、雪人さんが更についていく。

「……そうだね。一緒にいた期間、なら確かに君の方が長いんだろう」

「雪人さん、何かおっしゃいましたか?」

「何でもないよ。入場料はいくらだったっけ」

「高校生以上になるので二千三百五十円です」

 ゲート横のパネルを見ながら答えると、雪人さんはおもむろに財布の中を確認し始めた。うん、大丈夫だ、と聞こえるが……まさか。

「二人の分も俺が払うよ。すみません、大人三人で」

「あ、私は年パス持ってるので入場料いらないんです。ご自身の分と春妃の分だけお願い出来ますか? 私のパス特典があるから、二人とも二割引でいけますよ」

「ありがとう……じゃあ、大人二人でお願いします」

「かしこまりました。三千七百六十円でございます」

 夏葉の年パスを確認した受付のお姉さんが、にこにこ笑いながら料金を告げる。私に口を挟む隙を与える事無く雪人さんは支払いを済ませてしまったので、大人しくチケットを受け取った。

「食事代まで出して頂いたのに……こっちまですみません」

「春妃は今日誕生日なんだから、遠慮する事はないんだよ。俺はバイトとかで稼いでるし大丈夫」

「……でも! されっぱなしは嫌です! お土産は私が買いますから!」

 雪人さんに一歩近づいてそう宣言し、先に入っていた夏葉の元へと駆け寄る。少し遅れてゲートをくぐった雪人さんの顔は、さっきの私と負けず劣らずの色に染まっていた。

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