お勉強その1
「よぉ、どうだった?」
聖堂の座席に肘をついたスティーグが聞いてくる。どこまで言ったものだろう。力の神様の力を貰ったから、冒険者になりたいとか言ったら絶対怒るだろうなぁ。
「どうした、思ってたのと違ったか?」
「ううん、僕の種はベリエル様の加護だって」
「そうか、良かったじゃねぇか。後はフィリーネ、悪いとは思うがしばらくここで面倒見ちゃくれねぇか?」
「構いませんよ。 私でよければ個別に時間を取りましょう。この後、お時間はよろしいですか?」
「時間は問題ねぇ。俺ぁ稼ぎに出るからよ、頼むぜ」
もしかして、これはスティーグと此処でお別れなんて――
「そんな顔してんじゃねぇよ。夕方には迎えにくるさ」
僕の不安を感じ取ったのか、頭を撫でてくる。撫でてくれるのは良いんだけど、雑なのはどうにかしてほしい。
ひらひらと手を振りながら出て行く彼を見送ると、フィリーネさんが屈んで僕に視線を合わせて来る。
「それじゃあ、彼がもどってくるまで少しお勉強をしましょう。頑張った子にはおやつもありますからね」
でも、僕の視線は自然と…… ばいーんにいくよね。かがんでるから余計に強調されて、もう何? ゆさぁって感じ。羨ましいね。今からでも育つかな?
「あの、先程も申し上げましたが、あまりジロジロと見るものではありませんよ。さ、こちらです」
手を取られ、聖堂をでると先ほどとは違った廊下に色とりどりのステンドグラスが輝いている。
「祝福を受けてはいらっしゃらないとの事でしたが、何か分からない事などありますか?」
「もう何がわからないかも、わからないくらい。神様って言われても実感がわかないや」
行き着いたのは書庫のような場所。中央に置かれた机と椅子以外は見渡す限りの本の世界だった。
「お掛けください。それじゃあ、世界の成り立ちからお話を始めましょう」
そう言って僕に見える様に一冊の本を立てる。……絵本だこれ! 完全に子供扱いだ!
「昔々、ある所に一柱の神様がいらっしゃいました――」
表紙が捲られる。そこに描かれるのは扉だ。
「数多の世界を渡り、知恵と力と技とを身につけられた神様はある世界の扉の先に何もない事にお気づきになられました」
扉の絵の次は、小さな苗木の絵。
「ならばここにて我が苗を育て、大樹とせん。そうして植えられた原初の木、それこそが私たちの世界の始まりでした」
次は、育った大樹の絵。
「幾多の苦難の末、神様は生まれる全ての命に実りの種を与え、より大きく世界を広げることに成功しました。また、同時に世界の育みを助ける十柱の神様もこの時生まれました」
捲られた先には11個のエンブレム。これが意味するのは――
「これで十と一柱の神様がそろい、世界は己が種を大事に育て、その身に果実をやどす、豊穣の世界となったのです。」
パタンと本が閉じられる。おかしい、僕がみた光の柱は十柱しか・・・・存在しなかった。誰がどの神様なのかはわからないけれど、少なくとも現在、一柱欠けている。
「神様って消えちゃったりとかはするの?」
「そうですね、代替わりが行われるというのは存じておりますが、不在となると…… 少なくとも記されてはおりません。どうかされましたか?」
つまり、かけていることは知られていない。意図的に隠してあるのかそれとも――
「では、次は算学を学びましょう」
算学、そう聞いて僕の心が跳ね上がる。異世界に来たのによもや算数とまたご対面だなんて。
「あら、そんな嫌そうな顔をしてもダメですよ。算学は全ての基礎。どの様な生き方を目指すにしても、知っておいて損はありません。」
「僕としては魔法とか種についてとかそういうのが気になるんだけどなー」
「学びを得た子らは皆そう言いますね。ですが、だめですよ。魔法にせよ種の力にせよ、神様の力を借り受けるもの。その為にはまずは世界の理と真理へ繋がる算学と歴史を学んでからです」
うへぇとうんざりした気持ちを表すかのように机に上体をよこたえてみるも、彼女の意思はかわらないらしい。
「少しづつ学んで行けば良いのです。先ずはこの辺りから始めましょう。」
言葉と共に、蝋板って言えばいいのかな? 木枠に蝋が嵌め込まれたものが差し出される。そこに描かれているのはーー
「1+3、この記号は加える事を意味します、即ちこれは」
フィリーネさんの言葉をまたずして答えを書き込む。たしかに僕は数学は苦手だったけど、流石にこれくらいは即答だよ。
「あら、この位はすぐ理解しましたか? では次へいきましょう」
それからも出される簡単な算数をこなして行く。ふふん、楽勝!
とか思ってたら、9つの四角の中に1~9の数字を入れて縦横斜めどこでも和が15になる様にしろーみたいに難易度が跳ね上がっていった。簡単とかいってたの誰だ!
「祝福を受けられない環境にいらっしゃった割には算学がお得意とは、中々不思議な方ですね」
ありゃ、何か疑われてる? まぁそうだよね、でもここら辺はさっさと終わらせて魔法とか覚えたいし、頑張らなきゃ。
「えーと、力の加護が算額に働いていたり――」
「御加護は己の力に寄り添い、助けるものです。算学に御加護が働くのであれば、元々に算学の知恵がなければなりません」
「きっと牛小屋で暮らしてる時に暇すぎて、色々数で遊んでたからそれでじゃないかな」
「…… まぁ過去が如何であれ、大事なのは今とこれからです。算学が此処まで出来るのであればいずれ商家に勤めたり、覚えが良ければ文官などへの出世もありうるでしょう。」
答えに瀕して視線を逸らした僕に優しい声が掛かる。商家に文官かぁ、でも僕がやりたい道は決まってる。
「僕はやっぱり魔法を覚えて冒険者になりたいかな」
「努力次第では御加護もあるので冒険者になる事も可能でしょう。ですが、冒険者は過酷な職業。命のやり取りすら日常茶飯事と聞き及びます。神に仕える身としては、同じ力を振われるのであれば騎士など――」
「この気持ちは、変わらないし変えないよ。あ、でもスティーグには秘密にしてね」
「そうですか、では貴方の歩む道の先に神の御加護のあらん事を祈りましょう。」
どこか哀しげな顔をしてフィリーネさんが僕の手を両手で包む。柔らかくてすべすべだーとか、今は考えるべきではないんだろう。
「私が冒険者を志す方にお教えできることは多く有りません。精々魔法の基礎とその身を癒す術位です。それ以外は、後ほど聖堂騎士の方に伺ってみますので、そちらから学びを得られると良いでしょう」
本当は冒険者になってほしくない。そんな雰囲気を漂わせながら立ち上がる。
「そろそろ良い時間です。お昼を食べたら、種についてと魔法のお話をしましょう」
ぐぎゅぎゅ、となった僕のお腹を優しく見つめて、フィリーネさんが微笑んだ。
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