朝ご飯は活力の元!
「んむぁ~」
随分と長く眠った感覚と共に、体を起こす。起きた、といっても体の芯には未だぼんやりとした眠気が残っていた。
「よ~く寝てたな」
「んにゅむにゅあ」
掛けられた声への返答も適当というか、上手く言葉が出てこない。できればもうちょっと寝てたいなと思ってしまう、それ程までに心地よい朝だった。
「ほら、今日は教会に行くんだから、そろそろ起きろ。日はもう出てるぞ」
ぐにーっと猫の様に一伸びしてスティーグを見やる。
「おは、よー」
「着替えたら降りてこいよ。朝飯くっちまおう」
まだまだ眠気に負けそうな僕にバサリと何かを掛けると、一人でサッサと部屋を出て行ってしまう。
「うんーー?」
顔に引っかかった何かを取り除けてみると、いつの間に用意したんだろう、白のチュニックだっ
た。これはあのスティーグが選んだんだろうか。その風景を想像していると、目が覚めてきた。
よいしょっと借りていたワンピースを体から引っこ抜いて、チュニックを被り腰紐を縛る。楽でいいね、こういう服。
あのきったないズタ袋ともお別れできたし、心機一転。ちょっと確認するみたいにくるくる回ってみたり。うん、街の娘っぽい!
「遊んでねぇで、早くしろっての」
一通り見た目を楽しんでいると、ノックも無しにドアが開いた。……スティーグだ。
「ね、スティーグ。乙女が着替えてるかもしれない所にノック無しで入るのってダメだと思うよ」
着替えが済んでるから良かったものの、デリカシーって大事だよね。
「ぶはっ、乙女? 何処に乙女がいるって? そういうのはもうちょっとこう、出っ張りが出来てから言うんだな」
そんな僕を両手で胸の辺りに豊かさを表すようなジェスチャーをしながら鼻で笑ってくる。許すまじ!
「ふんっ!」
「痛ってぇ!」
再び外に出ようとするスティーグの尻を怒りを込めて引っ叩く。冒険者ギルドの時もそうだったけど、何で言葉を選ばないかな、この人は。
「てっめぇ、この野郎」
半ば笑いながら、鎧を着けた方の手で僕の頭を掴もうとしてくる。そんなスティーグから身を躱してすり抜ける。
「野郎じゃなくて、乙女。そんな手で撫でるもんじゃないよーだ」
「何が乙女だ、この偏平が!」
「静かに、しろ」
おっと、流石に廊下で騒ぐのは良くなかった。階段を登ってきた大男さんが、スティーグの頭を鷲掴む。
「特に、スティーグ。人の体を揶揄うのは、感心しないな」
「ガキンチョが乙女だなんだ言うからだろうが。オマケに俺のケツまで叩きやがったぞ」
「感心、しないな」
みしり、とスティーグの頭から嫌な音が響く。
「わかった、わーかったって。手ぇ離せコンチクショウ」
流石に痛かったのか、無理矢理大男さんの手を振り払って僕の元に逃げてくる。
「ったく、朝からツイてねぇ。ほれ、行くぞ」
捕まれていた頭をガシガシ掻きながら、階段を降りていく。降りた先のテーブルは昨日と同じく、人が一杯だ。
「見ろ、遊んでっから満員じゃねぇか。歩きながら食うか……」
「後半はスティーグが悪いと思うけど?」
「聞こえねぇな。モーリッツ、いつものサンド二つだ」
「用意、してある」
そこそこ大きな包みを二つ大男さんから受け取る。その内一個が手渡されたので中を覗くと、昨日のパンに野菜やお肉が挟んであるサンドイッチだった。
ザクッとした硬めのパンの食感に野菜の瑞々しさとお肉の旨みにマスタードなのかな? 辛味が抑えられた爽やかな風味とスッキリした後味が最上のハーモニーをーー っとまた食レポ風な思考に頭が乗っ取られる。気がつけば袋の中身は空っぽだ。
「朝から良く食うな。良い事だがよ。ほれ、見えてきたぞ」
スティーグが指さす先、そこには石畳から立ち上がる巨大で針のような建物がより集まった場所があった。こういう建物なんて言ったっけなーー そうそう、ゴシック建築だ。見るからに荘厳そうな白の建物は周囲から異質な雰囲気を放っていた。
入り口には街の門と同じように門番がいるし、なんかこうお呼ばれじゃない感じがひしひしとする。けど、そんな僕の頭の中など知ってから知らずか、スティーグはどんどん進んで行ってしまう。門番さんの横も素通りだ。僕も恐る恐る着いていく。
建物の中身も、モザイク画やステンドグラスなどの色んな絵で彩られていて、正直見慣れない分背筋が伸びる思いだ。
「スティーグさん、お久しぶりですね。本日はどの様なご用件ですか?」
辿り着いた先、聖堂の入り口には見るからに聖職者と言わんばかりの長いローブを着て、フードを被った女性が声を掛けてくる。
うん、なんていうか、ばいーんだった。此処まで格差があると敗北感を通り越して尊敬の念を覚えるよね。しかも、しかもだよ? フードから溢れるくすみなんて一切ない緩やかなウェーブがかかった金髪に色白な肌、くるりと丸い目はどこかまだ子供っぽい印象も持つけれども、全体の清楚な雰囲気がそれを否定する。
そう、もう文句なしの美人だ。美人でばいーんだなんて狡いよね。しかも、ローブで気付きにくくはあるけど、間違いなくきゅっとした上で更にばいーんだ。思わず自分と見比べてしまうが、そこにばいーんはない。人生ってままならないなぁ…… でも将来はまだ分かんないから、拝んでおこう。
「えっと、拝礼なら奥の祭壇前で――」
こてんと顔を傾げる姿も様になっている。こういう人みたいになったらキチンと乙女扱いされるのだろうか。
「ばっか、何してやがる。すまねぇ、ちょっと訳ありの奴でな。種の祝福をしてやってくれるか?」
思わず手を合わせ出した僕の頭を軽く叩いて、スティーグが腰袋から包みを彼女に手渡す。
「承りました。いつもご寄付いただき、ありがとうございます。ですが子供の、女の子の頭を叩くのはよろしくありませんよ?」
「いや、そりゃ……」
「訳あって祝福を得られなかったお子なのでしょう? スティーグさんがお優しいのは私共の知るところではありますが、もう少し振る舞いに気を付けられた方がよろしいかと」
やーい言われてやんのー! ちょっと澄ました顔でスティーグを見返す。
「こんにゃろ、段々と生意気になってきやがったな……」
「貴方も、どの様な由縁があるのかはわかりませんが、人の容姿を捉えて拝むなどとは失礼にあたりますよ?」
ぎゃー! 気付かれてましたー! 今度は僕が嗜められた。や、だって仕方なくない? 誰だって拝みたくなると思うんだ。
「では、祝福の用意を致しますので、スティーグさんはこちらでお待ちを。貴方は……」
「えっと、メルタ、です。」
「メルタさんは、私と共にこちらへ」
手を引かれ、聖堂と思しき広間から、また別の部屋に通される。ちょっと狭く感じるその部屋には質素な机と椅子が二脚。
机の上には何やら様々な模様の入った台に載せられた、僕の両手以上の大きさの透明な玉。
ほほう、これって才能の有無が光とかで分かる奴かな? こうピカーってなるに違いないね。
「では、メルタさんはこちらにお掛けください。座られましたら両手をこの水晶に当てて下さい」
僕に向き合う形で先に座った彼女が手で対面の椅子を示した。言われるがままに座って水晶玉に手を当てる。
「意識を己が心に集中してください。それでは。」
大人しく目を閉じると、僕の頭に彼女の手が添えられた。
「神に仕えし祝福の徒。フィリーネ・ハイドフェルトの名に於いて願い奉る。かの子羊、メルタに光満つる福音を――」
ごおんと、どこかで聞いた鐘の音が鳴り響いた。
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