準備を整えよう。
後日、視察から無事に戻ったアークァスからその時の内容を説明してもらうこととなりました。
もっとも、私は女神ですので物見の水晶で彼の行動は観察済みです。なのでこの説明は新たな協力者であるマリュアに対して、アークァスが実際にどのような活動をしたのかを知ってもらうためのものですね。
「そのあとは普通に牙獣族達の住まいとか、仕事場とかを見せてもらって帰ってきたって感じだな。植林や農業とかも人間とそこまで変わらない水準だったんで、面白みはなかったけど」
「雑食の知的生命体ならば、人口の増加に合わせて食物を育てる発想くらい身につきますよ。人間も獣の一種ですし」
「もうちょっと癖の強い魔族とかの領土じゃなきゃ、斬新な文化は見当たらないって感じか。でも牙獣族達って結構格式を重んじるのな」
「日頃から獣の本能を解き放っていては、種族としての繁栄に支障が出ますからね。そういったものを抑え込む理由もあると思いますよ」
「ほえー」
このアークァスの間の抜けた声以上に、間抜け顔を晒しているマリュア。牙獣族との戦いの話を聞いたあたりから完全に心ここに在らずといった状態です。
「一人放心している人がいますが、大丈夫ですか?」
「……はっ!いや、あのその……どこからツッコミを入れれば良いのか……」
「とりあえず到着早々に喧嘩を売りに行った段階からで大丈夫ですよ」
「そ、そうだよな!……コホン、領主以外はほぼ敵しかいないような状況で、どうしてそんな無茶をしたのだ!?」
「律儀にツッコミ入れましたね。素質ありますよ」
「無茶も何も、出会ってすぐにロミラーヤが敵意滲ませているのが分かったからな。ただ手段がイマイチ掴めなかったから、一本に絞っただけだ」
「えぇ……」
戦いの後、ロミラーヤはアークァスに謝罪をしていました。領主であるガウルグラートが傘下に加わると宣言しておきながら、明確に反対の意を示し挑発に応じて挑んでしまったことだけではなく、暗殺等の企てを計画していたことなども含めて。
アークァスはその全てを嗅ぎ取っていたわけではないようですが、いくつもの罠が用意されていることは察していたのでしょう。
その上で自らにとって最も単純明快な突破策を選び、牙獣族達を納得させた。あれだけ異質な強さを刻み込まれたら、少なくとも正面切って反対の異を唱える者はいないでしょうよ。
「領主クラス相手に特異性ありきの戦いを挑むのは、あまり感心できませんけどね。なんで頭に落雷を受けて平気なんですか、貴方は」
「くると分かってたから、魔力強化をしっかりしてたんだよ」
雷撃も魔法も一種のエネルギー。厚い魔力で覆えばある程度は防げます。ですが相手はロミラーヤ=リカルトロープ、単純な攻撃力だけで見れば牙獣族最強の戦士なのです。
その特異性から放たれる雷撃は、そこらにいる魔法使いの放つ雷撃魔法とは比較にならない威力のはずなのですがね。
「その場にいなかったので詳しくは見れなかったのですが、どのように防御したのかを見せてもらっても?」
「いいけど、頭はたまに首を痛めそうになるから腕当たりでいいよな?」
「……?ええ、見られるのでしたら」
「じゃあマリュア、ちょっと俺の腕を叩いてもらえるか?力は込めなくて良いから、適度に速く頼む」
「あ、ああ」
アークァスが右腕を前に差し出し、そこへしっかりと構えたマリュアが軽快なジャブを放つと、硬い壁に阻まれたかのようにマリュアの手が後方へと弾かれました。
「こんな感じだな」
「えぇ……」
マリュアは何が起こったのか分からず、自分の拳をマジマジと眺めています。まあしっかりと見ていなかった者なら、今の現象が技の一つだとも分からないままなのでしょうね。
「着弾に合わせて瞬間的に魔力強化を施したわけですか」
「魔力強化は力みと一緒だからな。一瞬に神経を注いだ方が効率良いだろ」
「……」
「マリュア、そんな目で見ずとも安心して良いですよ。普通の神経じゃやらない技です」
理には適っていますが、少しでもタイミングがずれれば意味のない強化。常時境地へと踏み込み、異常な集中力を維持できるアークァスだからこそできる芸当です。結界魔法レベルの硬度の魔力強化なら、あの雷撃を頭に受けても意識を飛ばされずに済むのにも納得ですね。
「そうだよな……。そうだ、さっき話に出ていた奥義なんだが、結局アレってどういう技なのだ?」
「ああ、それは私も興味がありますね」
この技巧の粋の権化とも言えるアークァスに奥義と言わしめる技、傍目から見る分には何かしらの特異性でも使ったのではと思えるほどに奇怪な光景でしたからね。
「魄剥ぎか。難しい技ではあるけど、仕組みはシンプルだぞ。直接見せた方が早いか」
「マリュアさん、どうぞ」
「わ、私が受けるのか……」
「適当に魔力強化をしてくれりゃ良いぞ」
少し緊張を見せながらも全身に強化を施すマリュア。騎士団長なだけあって、悪くない感じの魔力強化ですね。
それを確認しマリュアへと近づいたアークァスは、彼女の腹部を覆っている鎧の部位に手を当て――
「みゅひゃぁっ!?」
当てた直後、マリュアが凄まじい声で叫び声を上げ飛び退きました。アークァスは耳元で叫ばれたことで少しばかりふらついていますね。私も少々耳がキンキンとしているくらいですし、かなり響いたのでしょう。
「お前……どんな声量をして……」
「凄いですね。ロミラーヤ相手でもここまでダメージを受けていませんでしたよ」
「すまない……いや、だが今の感触は……」
マリュアは自分の鎧の腹部を何度もさすりながら、震えています。もうメッキは剥がれてはいますが、今でも騎士団長としての威厳を保とうとしているマリュアがここまで怯えるのは異様に感じますね。
「もういいか?」
「い、いや、もう一度頼む……その、腹じゃないとダメか?」
「できれば重心に近い場所が良いんだが……まあ軽めの魔力強化だし、肩とかでも良いぞ」
「そ、そうか。そっちで頼む……」
先ほどと同じ状況で、今度はマリュアの肩へと掌を当てるアークァス。そしてすぐにマリュアがビクリと震えるも、今度は小さく呻くだけで済んだ模様。
「奥義『魄剥ぎ』」
「――っ!?」
アークァスが呟き、体を捻ってから掌をマリュアから離すと、その体から彼女の形の魔力が引き抜かれました。
魔力強化を失った体を確認するマリュア。自分の体に何が起こったのか、まだ正しく把握しきれていない模様。
「原理としては、相手の魔力を掴み、抜き出す感じですかね」
「シンプルな技だろ?」
「ええ。相手の全身の魔力量や、強化の具合等完璧に把握していないと失敗する妙技ではありますが」
「そうなんだよな。でも決まればほぼ必殺なんだよ」
アークァスは魔力強化を施した指をマリュアの額へと突きつけ寸止めします。もしもそのまま突いていれば頭蓋を砕き脳まで届かすこともできたでしょうね。
「お、おおう……」
「全身に巡らせている魔力で咄嗟に強化することは、それなり以上の連中は皆できる。でも咄嗟に全身に魔力を巡らせる鍛錬を積んでいる奴は結構いないんだよな」
「全身に魔力を巡らせているのが常ですからね」
感じ取れる魔力から、相手の魔力量を測定することはよくありますが、それはあくまで体外に溢れだしている魔力に過ぎません。
本当の魔力量は体中に溜め込まれている魔力、そして魔力を作り出す器官内部に内在する魔力を総合したものです。
アークァスの奥義は、その体に溜め込まれている魔力までを全て抜き出す技。再び自身の魔力を使用できるようにするには器官から魔力を全身に循環させる必要があります。
人間なら魂、魔族ならばコア、物理的接触の可否の差はありますが、魔力を全身へと巡らせる機能は同じ。
もしも全身に一度に魔力を巡らせようとすれば、相手によってはその急所の位置を特定することもできるでしょう。
「近接戦の要である魔力強化を魔力ごと剥ぎ取る技か……確かに奥義だな」
「強力ではありますけど、マリュアの反応を見るに他にも何か脅威があるように感じましたが?」
マリュアの思考が混乱していたため詳しくは読めませんでしたが、アークァスに魔力を掴まれた時、彼女は激しく動揺していました。魔力を引き剥がされる前に、その脅威を感じ取ったとは思えませんし……。
「――魔力を掴まれた時、ありもしない腹の贅肉を掴まれたような感覚になってな……」
「ああ、それは怖い」
「手で掴む必要があるから使い所が難しい技なんだけどな。そうじゃなくても、姉さんとかなら初見で破るだろうし」
「……イミュリエールは君よりも強いのか?」
「強いよ」
即答するアークァス。イミュリエール=トゥルスター、彼の姉は代々勇者が持つ聖剣を護り続ける村で聖剣の乙女と呼ばれている。アレが本物の化物であることは、私も既に知っている事実。
「……君は少年の時に村を出てから、姉とは会っていないのだろう?現在までに強くなったというのに、それでも断言できるのか?」
「今の俺の強さが、昔の姉さんと同じくらいだからな。いや、若干今の俺の方が強いか……?」
マリュアが絶句しながら私の方を見ている。別に私が創った勇者じゃないんですけどね。たまに存在するんですよ、突然変異とも呼べる次元の天才って。
「全く成長していなければ同じくらいというわけですか」
「ないない。あの人伸び盛りだったし」
「君の今がちょうど伸び盛りって……。そういえば彼女は君のことを『剣技はそこまで』と言っていたな……」
「姉さんは剣技だけで生きてる人だからな。というか剣技そのものだし」
「……よし、忘れよう!」
考えれば考えるほどに折れていく騎士のプライドを守るべく、思考をスパッと切り替えたマリュア。この迷いのない逃避行動も一種の才能だと思うんですよね。私ですら、イミュリエールの存在は思考の片隅に引っかかり続けているというのに。
「それで、牙獣族の支持も無事盤石になったところで……次はどうする予定で?」
「……?アークァスがこの調子で支持者を増やしていくのではダメなのか?」
「魔界の領主は十三人、残り十一人いますよ。こんな波乱万丈なやり方があと十一回も続くとは思えませんが」
「それもそうだ」
「俺としては領主全員と戦えるのは悪くない話じゃないんだが」
「マリュア、わかりますか、今の私の気持ち」
「わかりみ」
現在までこの男は何かと理由付けて、魔族相手に暴れたいだけのバトルジャンキーでしかないのですよね。
今はそれで上手く行っているものの、同じ方法だけでやられると参謀役としてここにいる私の立場も悲しくなります。
「まあ俺も正直大変だなとは思っているんだよ。十三人もの領主の名前を覚えるのは」
「そこは大変じゃないと思いますよ?マリュアは言えますよね」
「あ、ああ。炎族レッサエンカ=ノーヴォル、水族クアリスィ=ウォリュート、風族ルーダフィン=テロサンペ、地族ゴアガイム=スアオンザ、天竜族ミーティアル=アルトニオ、牙獣族ガウルグラート=リカルトロープ、鋼虫族ジュステル=ロバセクト、樹華族ララフィア=ユラフィーラ、鬼魅族ナラクト=ヘスリルト、悪魔族リムリヤ=アガペリオ、不死族ハンヴァー=ルブックル、黒呪族ヨドイン=ゴルウェン、忌眼族ソロス=ディーパイ。この十三人だな」
「うわ、気持ち悪。魔界マニアかよ」
「なんでっ!?」
以前ヨドイン=ゴルウェンとの一件の際、アークァスに領主の名前と種族、似顔絵を記載したリストを渡したのですが、この人『読む気が失せた』とか言ってそのリスト全てに目を通すことなく鍋敷きに使っていましたからね。
「貴方が鍋敷きに使っていたリストをマリュアに渡しておいたのですよ」
「どうりでくたくたになっていたのか……」
「ああ、どうりでなくなってたと。焦げ付かなくて便利な羊皮紙だったのに」
「女神から賜った羊皮紙の扱いおかしくない!?」
「つかそんな持っているだけで各国からあらぬ疑いを掛けられるような情報、よく受け取れたな。胃痛にならない?」
「……最近ちょっと痛むんだ」
「よしよし、胃に優しいスープ作ってやるからな」
受け取った時も引きつった笑顔をしていましたからね。まあアークァスをサポートするからには、ある程度魔界の知識や情報も学んでもらわないと困りますから、仕方のないことです。
「全員貴方の大好きな強者なのですから、もう少し興味を持っても良いのでは?」
「俺と戦う機会のない強者のことを知っても、俺が苦しいだけだろ」
「こんのバトルジャンキーめ」
途中で読む気が失せたのも、確実に戦える可能性があるか分からないからなのでしょうね。失敗を恐れて挑戦しない若者じゃあるまいし。若者ではありますけど。
「ま、半分くらいになれば覚えるのも苦労はないだろ?」
「……魔王カークァスの賛成派と反対派、魔界を二分して対立させるということですか」
今の魔界が脅威である理由の一つは、それぞれの領地を歴代最高の領主が最小限の被害でまとめ上げ、他の領地同士での争いが起こらなかったことで生まれた圧倒的余力の存在。
ここで魔王カークァスの賛成派と反対派が魔界内部で対立すれば、他の領地同士の戦争に発展する可能性は大いにある。
そうなればどちらが勝利したとしても、魔界の総力が激減することは確か。
「厳密には三分割だな。どうせこういう時には様子見する領主も出てくるだろうし。そこで軋轢が生まれてくれたら、御の字ってやつだ」
その展開を私も考えていなかったわけではありません。ですがその思考がアークァスの口から出たことに少しばかり驚きました。
アークァスのやり方はどこか挑発的で、領主達の中には不満に思うものも多い。だけどそれは最終的に魔界の勢力を分断するため、意図的に振る舞われていた?
いえ、彼の心を読んでいるのですから、そこまで丁寧に思考が行われていないことは把握しています。
ですが、今の話は彼の口から滑るように出てきました。彼は直感に任せた行き当たりばったりであることを自認していましたが、その直感は正しく魔界の足を引っ張る術を見出している……?
「……どのみち、支持者を増やす必要はあるわけですね」
「それもあるし、そろそろ二ヶ月だからな」
二ヶ月、それは魔王候補としての試用期間。この期間を過ぎれば、アークァスは領主達と次期魔王候補の座を賭けて一騎打ちを行うこととなる。
アークァスが成したのは牙獣族を総合的に傘下に収め、黒呪族を協力者として迎えることができた程度。依然反対派が大多数を占めており、一騎打ちに名乗りを上げてくる領主は必ずいることでしょう。
「……そっちの方は個人的な楽しみにしているだけでしょう」
「はっはっは、役得役得」
「マリュア、わかりますか、今の私の気持ち」
「わかりみが深い」
「人を手頃な同意装置に使ってやるなよ。そうだ、マリュアにも頼みたいことがあるから、早いところ自活できるようになっといてくれよ」
「うぐ……。一応安い借家を見つけ、日雇いの仕事はこなしてはいるのだが……」
「他国の騎士だと冒険者ギルドで依頼とか受けられないもんな」
そういえば先日煎餅屋で売り子していましたね、この人。路銀が尽きかけている状況で、数日そこらでこの国に居住を構えられるあたり適応力は優秀ですね。
「金策ならちょうどやるところだ。手伝ってくれたら当面の家賃くらいの分前はやるぞ?」
「ほ、本当か!?是非ともお願いしたいが……魔界の領主と戦うとか、無理難題じゃないだろうな!?」
「それは俺がやりたいから譲らん」
「譲ると言われても譲られてたまるか」
この二人なんだかんだ打ち解けてきてますよね。私よりも反応が優しいのがちょっと癪に障りますけど。
「実は少しばかり魔族の装備を手に入れて、どうにか金に変えようと思っていてな」
「魔族の装備……なるほど、魔界に通っていればそういう機会もあるわけか。好事家や冒険者などには売れるかもしれないな。商人と交渉するのもありではあるが」
「そのへんが億劫でなぁ。普段はブロンズの冒険者で下っ端作業ばっかりなもんで」
「闘技場観戦のために、他国へ向かう依頼を受けたくないというアレか……。上手く日程とか調整すれば闘技場のスケジュールの合間とかに受けられないものか?」
「ゴネたら融通してくれるとは思うんだけどな。俺の趣味に迷惑掛けるのも気がひけるんだよ」
「変に律儀なのだな……。まあ話は分かった。その魔族の装備を金に変えれば良いのだろう?騎士団長をやっていて、物資の流通などの知識も身についているからな。君よりは確かに適任だろう」
「そうか!じゃあよろしくな!」
嬉しそうにマリュアの手を握り、言質を取るアークァス。マリュアも頼られて満更でもない表情ですが、彼女は理解しているのでしょうか。
アークァスのいう少しばかりの装備というのは、黒呪族の中隊から剥ぎ取ったおよそ二百人分の装備だということ。そんな数を市場に流通させようものなら、人間界はおろか魔界側にも目をつけられることになるということを。
今のうち忠告すべきなのでしょうが……彼女の嬉しそうな顔を歪ませるのは可哀想なので黙っておきましょう。
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