第20話 襲撃者
●襲撃者
お勉強に使う巨大なそろばんを身を護る盾として、なんとか凌いでいる教団有志の人達。子供とお兄さん先生を護るだけで精一杯だ。
「今だ! 付いて来なさい!」
護られているお兄さん先生が、ゴブリン達の隙を見つけて駆け出した。後に続く子供達。
「させませぬぞ!」
追い掛けるゴブリンの後ろから、勇ましく石盤で頭を殴りつけるお婆さん先生。
「うがっ……」
何せ文房具の石盤だ。落とせば割れるとシャーロット・ブロンテが記し、男の子の頭に小学生の女の子が殴りつければ割れるとルーシー・モード・モンゴメリが明記しているくらい脆い。
果たして、有効打を与えた石盤はその一撃で砕けた。だけど、子供達の半数近くを逃れさせるにはそれで十分だった。
「わぁぁ!」
良くコケないか不思議なくらい。まるで阿波踊りか泳ぐかのように手を振って遁れて行く。
「この野郎!」
他の子を援ける為に、腕に覚えのある男の子が商売道具の天秤棒を振り回す。
別に習った訳でも無いだろう。だが右に左に視野外から襲って来る棒にゴブリンは、横っ面を打ちのめされて一匹グロッキー。
「良いぞ! 頑張れ天秤!」
短剣を払い、出足の膝を突きながらデレックが声を掛けると、
「ったりめぇよ。お前こそヘマすんなよ」
天秤棒を脳天に叩きつけながら返礼。期せず二人は背を合わす。
僕はと言えば、ネル様や逃げ遅れた子を護り二人を抜けて来るゴブリンと切り結んで時間稼ぎだ。刃も先も無く軽い木剣では斃す事は出来ないのだから。
兎に角、近づくゴブリンを必死に防いでいると、皮鎧を着けた男達が駆け付けた。
一人がゴブリンと対峙し、残りはゴブリンの脇を抜けて逃げ遅れた子供を抱き寄せる。
「やった。助かった」
安堵の色を浮かべたデレックが男達の口元を隠すこんもりとした布に違和感を感じるより早く、ゴブリンと対峙したと思われた男が、いきなり鞘ごと抜いた剣を一閃。
「ネル……」
アゴを掠めた一撃に脳を揺らされ、ゴトっと言う音と共に床に膝を着き、人形のように前に倒れた。
「デレック!」
意識を刈られる直前のデレックと眼の合ったネル様。
この間にも慌ただしく事態は展開。
「護衛・貴族・従者の組み合わせ。よし、こっちも確保だな」
同時に入り込んだ男達が、逃げ遅れた子供を抱き寄せると匕首を逃げ遅れた子供の一人に突き付けた。
「てめぇ! 何しやがる」
天秤棒の男の子が怒鳴る。
「あなた達は何を……」
お婆さん先生の言葉を最後まで言わせずに、デレックを無力化した男がくぐもった声で言った。
「子供の命が惜しかったら、得物を捨てて貰おうか。棒のガキも、そこのチビも婆さんもだ」
僕らが得物を手離すと、男はアゴでしゃくって合図をした。
すると、後から入って来た男達が革の酸素マスクみたいな物が付いたY字の陶器の器を取り出し、残った大人の一人一人にマスクを押し付けると横に傾けた。
僕は咄嗟に大きく息を吸いこんだ。
コーン! と鳩尾に衝撃を受け、痛みは無いが大袈裟な音が響く。横隔膜が痙攣し息が噴き出す。押し付けられたマスクから盛んにガスが噴き出して来る。
皆笑ったような顔に為って意識を失う大人達。
パーン! Y字陶器の一つが破裂した。
「あの馬鹿! 濃さを間違えやがったな」
陶器の破片で傷を負ったのか呻いている。
この反応は知っている。全身麻酔に使う笑気ガスだ。僕も前世の学校時代、実験室的に作ったことが有る。材料が濃すぎると爆発すると注意されたことを思い出した。
正体を知った以上遣る事は一つ。僕は他の人達と同じ笑顔を作ってから全身の力を抜いた。
目を覚ました僕は、石畳の上に横たわっていた。辺りの様子を探っていると、コツコツと足音が響いて来る。
「よお。また逢ったな」
声に少し聞き覚えがあった。
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