第14話 抜け道

●抜け道


 剣帯に武器を下げ、ウエストポーチに急ぎ出し入れすべき物を入れ、丸めた毛布を乗せた背嚢を背負う。ネル様は背嚢の上から訓練用の四半円筒形の大盾を背負い、僕は左手にだけダークを仕込んだ籠手を嵌める。デレックは自前の皮鎧一式を着た。

 毛布を除きなるべく重い物を上に入れたからそんなに重くはない。皆長距離移動を考えた上での出来る限りの重装備だ。


「気付いてくれてるかな?」


 小声でデレックが耳打ちして来る。

 これだけの物を調達したんだ。絶対、誰かが脱走に気付いてくれる。

 けれどもそう言う僕達の目論見はネル様の、


「準備は整ったわ。さぁ行きましょう!」


 この一言で崩された。


「こんな所に抜け道が……」


 礼拝堂の説教台の足元の床がパカリと空いた。重装備で大荷物を背負った兵士が楽々通り抜けられる秘密の通路だ。本当に秘密の通路らしく、館の主の長男であるデレックが驚いている。


「デレック知らないの? ジョンおじさまに聞いてたんだけど」

「……」


 ネル様が開いたのは、万が一の場合、密かに館を落ち延びる為の抜け道だ。


「デレック持って! これも持って行くわ。婿の印の宝剣を持ち出せば、勝手に婚約者面されないでしょ」

「ネル様。これも俺かい」


 子供の身長からすると長物の宝剣を設置場所から降ろさせるネル様は、さっさと抜穴に入った。


「この先に武器も当座のお金もあるわ。必要な物だけ持って行きましょ。一番後ろのスジラド閉めて。そうすると判らなくなるから」


 既に大荷物のネル様はそう言って真っ暗で急な階段をさっさと下りて行く。

「左手の手すりを離さないで。途切れた様に見えても後ろに戻って繋がっているから。さもないと罠がある所や塔の方に出ちゃうからね」

「どこへ出るんですか?」


 僕が訊くとネル様は、


「街道近くの森番小屋だって」


 静かにそう答えた。


●父の手の内


「地酒か……ふん」


 切子のグラスを手にしたミハラ伯爵公子の口から洩れた。

 ひなには豪勢だが、権門貴族から見ると安っぽい宴。それでも表だって文句を言わないのは彼らが求婚者達だからだ。

 ただ、ネル殿と大差ない歳の公子達は、子供の舌に合わせた料理を楽しんでいる所を見ると、男爵家の本命はこちらだったのかも知れない。


義父上ちちうえ。ネル殿のご承諾次第、直ぐでにも妹背を契りたいのですが。女はあてがいの後家を知るだけで、愛人もお手付きもおりません。ネル殿がしとねを退く歳までは、決してはしために手を付けません。まして愛人など万が一にも作らぬと神懸けて誓いますゆえ、なにとぞ結婚をお許しください」


 先程からネル殿と同い年の庶子が居てもおかしくないブルトン男爵公子が、非常に熱心に父親を口説いている。

 その父親・カルディコット男爵に里親で家臣でもあるエッカート騎士爵が近づいて耳打ちした。


「酔ったようだ。少し場を外させて頂く」


 そう言うと、男爵は独り用意された客室へ向かった。


「閣下。予定通り姫様ひいさまが出奔なされました」


 客室に入りドアを閉めるや、カルディコット男爵の前に突然目深にフードを被った男が、影が浮かび上がるように現れた。


「そうか。本家相続の内示があってから寄って来た碌でもない連中だが、役に立ったか」

「はっ!」

「あれの影供は任せたぞ」

「御意」


 フードの男は霧のように掻き消えた。


●番小屋


 街道に程近い森番の小屋。奥座敷の床板がカタっと開く。


「やれやれ。地下貯蔵庫までトンネルが続いてるとは思わなかったよ」


 地下収納の入口を押し上げたデレックが首を回して、


「ネル様。婚約者連れて来た抗議なら、ここに潜んでるだけでいいんじゃないか? 井戸も厨房も食料もあるしさ。屋根があるとこで寝れるだけでも悪くないぜ」


 今更ながらにこの辺にしとこうと説得を始めた。


「第一、俺達だけだと街の門は潜れないだろ?」

「むぅ~」


 ご機嫌斜めなネル様が番小屋のベッドに寝転んで不貞寝を決め込んだので、一先ずデレックの話は止まった。


「俺、水汲んで来るよ」


 デレックが席を外して間もなく、


『机の引き出し、底が開くよ』


 突然女の子の声が聞えた。


「ネル様。何か言いました?」

「別にぃ」


 今の声、空耳かなぁ。


『引き出しの底、開いて』


 また聞えた。騙されたと思って引き出しを開けると、紙と筆が入っている。


「底だったよね。あ、……上げ底だ」


 一センチ有るか無いかの隠しスペースに、極細の鎖の付いた金ぴかの縁に埋め込まれている白木の板。

 紋章が焼印で押されており、手書きの文字が書かれている。


「これ。通行証?」


 ネル様の行動を後押しするかのように、関所や街の門を素通りできる、複数の他家が発行した加判無記名の通行許可証が見つかったのだ。


 それを目にした結果がこう。


「嫌よ。こんな所に何日も居るの? 第一ここはおじ様から教わった場所だから、すぐ見つかっちゃうわよ。今日はここで一泊するけど。明日の夜明けとともに出れば、昼過ぎには奈々島につくよ」

「へばっても、俺はおんぶしないからなぁ」


 デレックは言うが、


「それくらい大丈夫だもん」


 と聞かない。

 僕は少し考えて、


「トコトコ進む馬車で三時間ですから、大人だと歩きでもそれくらいですね」

「ほら! スジラドもそう思うでしょ? あたし達は子供だから倍掛かるとして六時間。途中のお休み入れても八時間あれば、ね!」


 僕は首を振り、


「ネル様。ここは途中で野宿を予定したほうが良いですよ。ネル様の計画通りに事が進めばそれで良し、どうせ夕刻の鐘に間に合わなかったら街の近くで野宿なんですから、余裕を持って考えましょうよ。それにチキチキだと、途中でお花も苺も摘めませんよ」


 やんわりとネル様を押し留めた。


「野宿か……。面白そう!」


 初めての体験にワクワクするネル様とは対照的に、


「だったら、これも持ち運ぶのかよぉ」


 小屋に備え付けのナタとスコップを手に嫌そうな顔をするデレックだった。

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