第19話:意外な提案

 食事の時間がしばらく続き、タルトの最後のかけらを口の中に押し込んだところで、退屈そうにしていたパドマが口を開いた。


「それで、何を話したくてここまで来たの?」

 少女の視線は、コイトマに向けられている。話を切り出す機会をうかがっていた私にとっては、彼女の率直さがありがたい。


「話ですか? いえ、そんなつもりは……」

 はっきりと動揺を見せたコイトマは、声を小さくする。

「いいよ、別にごまかさなくても。こっちも分かった上でついてきたから」

「えっ、そうなんですか?」

「うん。人気の無いところに誘導しようとしている感じは、結構あからさまだった」


「あぁ」うなだれた彼女は、頭に手を当てた。「自然に振舞えている、と思っていた自分が恥ずかしいです」

「私は結構自然だったと思いますよ」

 いたたまれなくなりそう言ってみたものの、「今のフォローは不自然だけどね」とパドマから鋭い反論が返ってきた。


「お気持ちはありがたいです」コイトマも苦笑いをしている。「ただまぁ、話の入り口をどうしたらいいのか悩む必要もなくなったので、本題から行きます」

 彼女はそう言って、一息ついた。


「お二人は、この件をどう思っていますか?」

 彼女の鋭い視線に、朝見た光景が脳裏によみがえってくる。

「王女様の件、ですよね」

 頭を整理するために、一応たずねた。


「はい」

「質問の趣旨しゅしはなんでしょうか。感想を聞きたいというわけではないですよね」

「すみません。具体性に欠けましたね」

 コイトマは少し考えるそぶりを見せ、「私は事件を起こした人間を特定して、全容を解明したいと思っています」と続けた。


「解明ですか……なるほど。目的は分かりました。分かりましたが――

「それ、私たちに聞いてもいいの?」

 私の言葉を引き継ぐように、パドマが尋ねた。


「もちろん、当然です」

「でも、私たちが事件を起こした可能性も、ゼロではないんだよ?」

「私は、お二人はやっていないと思っています」

「いや、それは微妙じゃない? 自分たちで言うのもあれだけど」


「仮に絶対とは言い切れないとして、犯人かもしれない方に話を聞くのはだめですか?」

「当然」

「そう、なりますかね? おっしゃりたいことは分からないでもないんですが……」

 パドマの反論に、コイトマが言葉を詰まらせた。


「やっていないと信じてくれてるんだから、いいんじゃない? 別に」

 そう少女をさとしてみたものの、「信じるだけで犯人じゃないと判断する人と、事件解明を目指しても意味がないと思う」と切り返されてしまった。反論したい気持ちもあったけれど、すぐには返す言葉が見つからない。

 

 そこで、「分かりました。本題と関係ない部分で議論をしても時間がもったいないので、正直にお話しします」意を決したように、コイトマが言う。「昨日は、お二人の行動を監視しておりました。ですので、お二人が家から出ていないことは分かっているんです。当然、犯人ではありません」


「なーる」パドマが感心したように手をたたいた。「それは断言するわけだ」

「なかなか複雑な状況ですね。感謝したほうが良いのかどうか……」


「個人的には感謝をする必要はないと思います。こちらが勝手にやったことですし」

 真面目な顔で返答するコイトマは、あくまで律儀りちぎである。


「じゃあ、少なくとも私たちは犯人捜しをする資格はありそうだね」

 少女は嬉しそうに言って、「次はコイトマの番」と加えた。


「と言うと?」

「私たちが犯人じゃないことは証明されたから、次はあなたが証明して、ってこと」

「私ですか?」

「もちろん」


「犯人が、わざわざ犯人捜しをしないんじゃない?」

 反論を予期しながらも、そう言ってみる。

「普通に考えればね。けど、しっかり探すつもりなら、そういう思い込みは避けるべきだと思う」

 二度目の反論は、前と同じ結末を迎えた。


「おっしゃる通りですね」

 そして、コイトマはあくまで律儀である。


「私もお二人の監視には参加していたので、一人では行動していません。そのあたりは、同僚から確認が取れるはずです。監視に使っていた部屋の外にはカメラがあるので、そちらからも証明できると思います。残念ながら、今すぐに示せるものではありませんが」

「カメラがあるんですか?」

「えぇ。ただ台数が限られていることもあって、犯人の特定には使えませんでした」


「あっ、そうですよね」

 一瞬膨らんだ事件解明への期待は、すぐにしぼんだ。そもそも、カメラで確認できていれば質問をする必要もないのだから、期待した方がおかしいか。


「まぁ、そういうことなら、ひとまずコイトマは事件を起こしていない、という前提で話を進めよう。カメラは後から確認すればいいし」パドマは早口で言って、勢いよく球体から立ち上がった。「とにかく、犯人の候補を絞り込まないとなぁ。アガサ、こういう時はどうするの?」

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