第7話 守られていた命
「私の心に一人の少女が入って来ました」
「その少女はマンションの外壁の上に」
「足をかけています」
「恐くて、恐くて、ブルブル足が震えています」
「ようやく両足が乗りそうになったとき」
「ドン、背中に衝撃を受けました」
「振り返ると母親の泣き顔が見えます」
「下を見ると、どんどん目の前に地面が迫ってきます」
「……」
ここではるみさんは目を閉じて、その時の事を思いだしているようだった。
「死にたくなーい!!」
「死にたくなーーーい!!」
突然絶叫した。
まりあさんは二十センチ位飛び上がり、前にズッコケてしまった。
目をまん丸にしてはるみさんを見ている。
「私は、地面にぶつかる瞬間」
「それを見つめる母親になっていました」
「自分の娘の上に落ちるのが嫌で」
「娘の落ちた位置から五歩ほど横に移動しました」
「そして、ゆっくり、マンションの屋上から体を」
「前に倒しました」
「……」
ここではるみさんは目を閉じ母親の悲しみを感じているようだった。
はるみさんの両目から涙があふれ出していた。
まりあさんは、はるみさんを心配して、顔をのぞき込んだ。
「なんで死ななくちゃいけないのー」
「死にたくなーーーい!!」
はるみさんは絶叫した。
まりあさんはすごく驚き前に一歩飛び出した。
余りの驚きに目も口もまん丸になってはるみさんを見ている。
「私は、地面にぶつかる瞬間」
「意識を失ったようです」
「気が付いたら、柵の内側に倒れていました」
「目の前の柵には針金でプラスチックの筒が」
「くくりつけられていて」
「枯れた枝が入っていました」
「その前には、ペットボトルのジュースと」
「お酒が置いてありました」
「私は、ふらふらと立ち上がると」
「もう一度死のうと、柵の隙間に歩き出しました」
「すごい吐き気に襲われて、動けなくなりました」
「私はこの場所で死ぬ事を諦めました」
「……」
はるみさんは、目を閉じて動かなかった。
さわやかな風が吹いてきて、はるみさんの髪が揺れ、揺れた髪が朝日に反射してキラキラ光っていた。
少しやつれてはいるが、相当な美人である。
俺からしたら、こんな美人が自殺したら、日本の損失じゃないかなどと不謹慎なことを思っていた。
「よかった」
まりあさんがほっとしてつぶやく。
「私は、その後、気が付いたら」
「ふらふらと道路を歩いていました」
「すごい勢いで通り過ぎる車をみて」
「はねられたら死ねるのじゃないかと思いました」
「ふらふら歩き続けると川にでました」
「川の片側に遊歩道が有り、横断歩道が道路を横切っていました」
「……」
はるみさんはここで大きくため息をついた。
「私はこの場所に決めました」
「この場所は、川を渡る為道路が坂になっています」
「直接横断歩道を渡る人を見られません」
「車の轟音を聞き、横断歩道に出ようと一歩踏み出しました」
「その時何かに足をつかまれ、転倒してしまいました」
「私が顔を上げると、そこに小さなお地蔵さんが置いてあります」
「そこにお花とたばこが供えてありました」
「もう一度、と考えたら又、吐き気で立つことが出来ません」
「はいずって、そこから離れると落ち着きました」
はるみさんは目を閉じその時の事を、思い出しているようだった。
「その後は、どう死のうと思っても」
「行動を起こすと吐き気に襲われて動けなくなりました」
「体が重くて何か見えない物が私の体に乗っかっている感じです」
「家に帰ると、もう家から出ようとすると」
「吐き気で動けません」
「首をつろうとしても、吐き気で動けません」
「すべてあきらめていたとき、あなたが来ました」
はるみさんは、潤んだ瞳で俺の方を見た。
「裸であなたの後ろに立たされたときは」
「なにがあるのかと驚きました」
「でもあなたが私やまりあさんの裸を背中に感じながらも」
「一度も見ようとしなくて、すこしムッとしていました」
「あなたが、頭を洗い出すと」
「私の体が半分にちぎられるような感覚に襲われ」
「倒れてしまいました」
はるみさんは俺を潤んだ瞳で、見つめながら少し微笑んだ。
俺から見えるはるみさんは、朝日に照らされて、女神のような美しさだった。
「その後、布団の上で体が軽くなった私は……」
「やっと死ねると思っていました」
「あなたが目を離したら部屋を飛び出して」
「外に出ようと思っていました」
「でも、うふふ、今ここにいます」
「だって、あなた一晩中私から目を離さないんですもの」
「うふふ」
はるみさんが潤んだ瞳で、心から楽しそうに微笑む。
それを見た、まりあさんがまた目と口をまん丸にして驚いている。
なにか驚く要素あったかーー??
「ここは、良い場所ですね」
「コウさんの心のようです」
「わたしは馬鹿でした」
「いい男なんて一人じゃないわよね」
「見た目が悪くても、心がいい男……」
はるみさんが俺に何か返事が欲しそうに見てくる。
潤んだ瞳が宝石のようにうつくしい。
「そうさ、はるみさんは美人だから」
「もっと、いい男に出会えるさ」
こ、これでいいのかな。
「さー、神様に感謝をして帰りましょう」
そう言うとまりあさんが、すこし笑いながら立ち上がった。
「はーお腹ペコペコ」
「あー俺もだ」
「昨日の夜から何も食べてねー」
こうして、那古屋観光最終日は始まった。
その後、大きな水族館によって、我が家に帰った。
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