伍 洪吉童ライブ

 給食を食べ終えた後、杏果は学級で飼っている兎に餌を与えに行った。本来、彼女の所属は放送委員である。しかし、根っからの動物好きなので、飼育委員でないにも拘らず何時も兎の世話に勤しんでいた。当の飼育委員にとっては、仕事が楽になり感謝の対象だった。


 そんな杏果を、少し離れた所から白い目で見る者達が居た。木下きのした琢己たくみ吉井よしい香織かおり。有り体に言うと、餓鬼大将とクラスの女王である。どちらも粗暴・強欲・恩知らず・卑劣と、人間の短所の集合体だった。同級生は琢己のグループが暴力で従わせ、それが不可能と悟ると香織のグループが悪い噂を流す。そんな“連携プレー”を普段からしていた。

「あいつ、動物好きを皆の前で見せびらかして良い子アピールかよ」

「本当キモい。親無し子の癖に。しかも、あの年で未だに魔法少女とお飯事が好きって。幼稚にも程が有るでしょ」

以前、武力で従えようとしたら大声で泣き叫ばれ、先生に見つかり中止したことが有った。実は嘘泣きだったと知ったのは、それから数日後の事だった。それならばと、今度はおねしょ常習犯という噂を流したところ“家族が目の前で死んだ時の事が忘れられないんだからしょうがない”と反駁されあっさり撃沈。2つのグループの謀略は何度も失敗に終わっていた。琢己のグループのメンバー、平田ひらた将太しょうたは太った体を震わせつつ不平を口にした。

「何であいつの時ばっかり上手くいかないのかな」

欠伸をしながら締まりの無い間抜け面を晒す将太に香織のグループのメンバー、斎藤さいとう沙織さおりは苛立ちを覚えた。

「将太、その暑苦しいの何とかならんの?」

沙織には訳が分からなかった。何で、こんな河馬と蝦蟇を足して2倍した様な鈍臭い奴が琢己の子分なのか。

「俺だって最初は鬱陶しかったよ。だけどな、こいつは聖フェリーチェ病院の院長の息子なんだ。要は大金持ちの家の坊ちゃん。だから、正直言って一番手放したくないって訳」

まぁまぁ長い間一緒に居るが、今迄全く知らなかった事実に香織と沙織は愕然とした。だが、同時に納得もした。

「こ、こいつが御曹司!? 人は見た目によらんねぇ」

「でもまぁ、確かに院長の息子なら欲しくもなって当然だよね。うちのグループだと、佳奈子がそれに当たるかな」

 目線の先には、虚ろな雰囲気の、癖毛の少女が居た。

「上、何も無いね……」

琢己達の話を全く聞いてなかったのか、小塚こづか佳奈子かなこは意味も無く天井を凝視していた。琢己の腰巾着、金田かねだ治夫はるおは呆れながらも香織の心理を察した。

「確かに。国際的な大手文房具メーカー、トウィンクルの社長の娘でなけりゃ、誰だってこんな変人は絶対御断りだよな」

「分かってくれる? 流石ブレーンだね。じゃあ、その良い頭を使って、あのクソッタレをとっちめる良い方法を考えて貰えるかな」

香織に褒められ上機嫌の治夫は頭を回転させた末、何やら閃いた。

「皆の前で恥をかかせると云うのは如何かな」

誰も思いつかなかった、思わぬ提案に佳奈子以外の全員が関心を示した。

「治夫、そのアイデアについて詳しく話してみろ」

琢己に促され、治夫が話した内容は以下の通りだった。


*杏果を知る1年生と2年生を出来るだけ多く集める

*自分達も立会の上で、皆の前で歌わせる

*下手糞だと一斉に野次を浴びせる

*皆の前で恥をかいて心が折れる


話を聞き終え、琢己は普段余り見せない笑顔を見せた。

「出来したぞ。御前よくそんな天才的なアイデア思いついたな。この俺ですら一度も考えつかなかったというのに。気に入った。今日の帰り、アイスを奢ってやろう。それとも飲み物の方が良いか?」

「あ、有難う。じゃあ……凄く暑いから、スポーツドリンクで」

こんな時でも賢さ全開の治夫が皆には微笑ましく映った。只1人、佳奈子だけは相変わらず全然違う所を見ていた。

「ぼんやりと壁を見て、何が面白いのかな…」

相変わらずの奇行を沙織は呆れ顔で見ていた。

「佳奈子、魂を何処へ置いてきたんじゃ」

その答えは、下手をすると本人ですら知らない可能性が有った。



虐めグループは学校の近くの公園で御菓子を貪りながら待ち構えていた。

「ぶち美味いのう」

沙織は漫画等によく出る、外国の成金をイメージしつつ葉巻そっくりな外観のチョコを咥えた。将太が家から持ち出した、チョコラーテ・シガーロは見た目が葉巻にそっくりなので、子供と大人の双方に名前を知られた高級銘菓であった。

「み、見つからない様に持ち出すの苦労したよ」

「あぁ、そうだろうな。簡単に想像出来る。だから褒美として良い物をやろう」

琢己は将太に、以前他所で巻き上げた100円を与えた。やがて、下級生達に連れられた杏果が公園に着いた。何処からか持ってきた木箱を階段状に重ねると、香織は努めて笑顔で話した。

「杏果ちゃん、よく来てくれたね。呼び出したのは私達の前で歌って欲しいから。因みに言い出したのはそこに居る、下級生達だよ」



 ここで時は数日前に戻る。杏果が下級生や上級生の前で歌う事が多々有るのは皆よく知っていた。だから適当に下級生の群れを探していた。声かけは香織が担当することになった。

「君達、稲葉いなば杏果きょうかちゃんに歌を習ってたよね?」

警戒されない様に目線を合わせるのを見て、リーダー格の1年生の女児は香織を優しい御姉さんと認識した。

「そうだよ。御姉さんは杏果ちゃんの友達?」

「よく分かったね。正解。それでね、その杏果ちゃんが明日、学校の裏の公園で皆の前で歌ってくれるんだって。聴きたい?」

思わぬ誘いに1年生達は目を輝かせた。

「聴きたい!!」

満場一致で可決となったので、後は簡単だった。

「それじゃあ、明日呼びに行くのは任せたからね」

こうして、下級生達を巻き込んだ謀略の下絵が完成した。



 以前の事が有るので杏果は本心では信じていなかった。しかし、下級生達が騙す必然性は無いとも分かっていた。

「成る程、洪吉童ライブって訳だね。良いよ。何を歌えば良い?」

「それは任せるよ。俺らはよく分からないから」

琢己がそう言うので、納得した杏果は壇上に上がった。この時、杏果は勿論、他の面子も全く気付いてなかった。

「おい、あれ見てみ」

「杏果ちゃんだよね?」

公園の裏を通った根路銘ねろめたかし赤嶺あかみね美娜みなは、嫌な予感を覚えた。そこから先は早かった。崇はSongTubeソングチューブで全世界に生配信し、美娜は歌声喫茶“ひかり”に電話を掛けた。


 かくして青空の下、ライブが始まった。杏果は最初に“アムール河の波”を歌った。聴き慣れないロシア語に全員首を傾げはした。それでも、杏果の歌声は耳に心地良かった。長年歌声喫茶に親しんできたというだけあって、到底小学3年の歌唱力とは思えなかった。曲が終わり、皆一斉に拍手を送った。しかし、数秒後、我に返った琢己は想定外の事に頭が真っ白になった。

「嘘だろ!? まさかこんなに上手いなんて。これじゃ俺達の計画が完全に水の泡だ」

「最初からいきなり下手と野次を飛ばすのも不味いかも。敢えて暫くの間は調子に乗らせて、気分が1番良くなった時、一挙に奈落の底に蹴落とすのがベストだと思う」

治夫の冷静な分析により、暫くはこのまま放置することにした。続いて“祖国の歌”を歌った時も杏果は平常運転だった。ロシア語が分かる者は誰も居なかったが、皆聴き入っていた。真に優れた音楽は国境の壁を簡単に崩すとオーディエンス達は感じていた。だが、虐めグループの焦りは大きくなる一方だった。

「不味い。このままだと杏果が余計図に乗る……」

普段は鈍臭い将太でも、流石にその程度は理解出来た。程なく虐めグループの意見が一致した。次の歌の後、横槍を入れよう。但し、下級生も居るから言葉は選ばないといけない。意見が纏まった後、虐めグループは杏果が“ソビエト陸軍の歌”を歌っている間、身動ぎせず聴いていた。ロシア語の大波が漸く去った後、沙織は挙手し、発言を申し出た。

「あの、杏果…確かにうちら“何でも良い”とは言ったけど、出来ればその、日本語の歌、御願いしてもええ?」

杏果にとっては想定外の事だった。しかし、別に困りはしなかった。

「良いよ。何にしようかな…」

数秒考えた末、杏果は名護パイナップルパークの主題歌“パッパパイナップル”を日本語・朝鮮語・中国語・英語交じりで歌った。この時虐めグループは“しまった!!”と顔に出た。日本語とは確かに言ったが、他の言語を交えるなとまでは一言も言ってなかった。怨めしさを隠しながら皆聴いていた。歌が終わると、今度は琢己が発言を申し出た。

「あの、御免。正しく伝えてなかった。日本語100%って意味だったんだよな」

「あれそう云う意味だったんだ」

杏果本人は意図的に抜け穴を掘った訳ではないので怒るに怒れなかった。困惑しながらも、杏果は“UNIONですから!”を歌った。確かに日本語ではあったが、ウチナンチュ以外殆どの人は知らない歌曲なので虐めグループはポカンとするしかなかった。

「あぁー…確かに日本語じゃけど、もっとこう…有名なのは無いんね? 面倒掛けて悪いんじゃけど」

何時しか虐めグループは下手に出ていた。考えた末、杏果は“フルタ製菓 社歌”を選んだ。少々昔の曲ではあるが、やっと知っているのが出てきて皆が安堵した時、イレギュラーが起こった。

「琢己!」

「何やっているのあなたは!」

声の主を間違える要素は無かった。何時の間に来たのか、琢己の両親、木下健一けんいち由美子ゆみこ夫妻が般若の形相で見ていた。イレギュラーはこれだけでは済まなかった。

「何やっているんだ香織!」

「いい加減にしなさい!」

「何て事をしてくれたんだ!」

「この恥知らず!」

香織の両親、吉井よしい武雄たけお千佳ちか夫妻並びに母方の祖父母、村田むらた権蔵ごんぞう武子たけこもまた激怒で天地を焦がさんばかりの気迫だった。各グループのリーダーの両親を先頭に、虐めグループの家族が次々公園に集まった。その上更に、野次馬に加えて、生配信を見た視聴者まで群がった。予想以上の大混雑の中、杏果は下級生達を家に帰すのに苦労した。現場では怒号と絶叫と悲鳴が一度に沢山響き、現場は何が何だか分からない状態だった。 一連の様子を見ていた崇と美娜は目が点になった。

「流石にやり過ぎたか?」

「とんでもない。寧ろ、もっとド派手にやっても良かったんだよ」

このカオスな状況はTwitter/YouTube等でも取り上げられ、大騒ぎだった。


 数日後、杏果の家を、虐めグループの面々が保護者に連れられ謝罪に訪れた。余りに数が多いので順番待ちの集団は居間で待機してもらうことにした。そして、用が終わったら即帰すことにした。病院の待合室の様に、杏果の祖母、英子えいこが名前を呼びに来た。


 最初に応接間に通されたのは琢己の一家だった。丸坊主に瘤だらけの頭をしているのを見て杏果は何が起きたか瞬時に悟った。

「この度は、うちの息子が申し訳ない事をしました!」

「大変申し訳御座いません!」

両親が土下座する中、琢己本人は見当違いの所を見ていた。杏果の隣に座っていた寛司かんじは思わず声を掛けた。

「琢己君、如何したんだ?」

その言葉に思わず顔を上げた両親は次の瞬間、馬鹿息子に同時に蹴りを入れた。

「馬鹿! 一番土下座しなきゃならないのは御前だろうが!」

「てか、最初に謝罪しなさいよ!」

呻き声を上げながらも、琢己は起き上がり、家族達と一緒に土下座した。

「本当に御免なさい。もうしません」

如何しようか迷ったが、杏果は意を決し、スマホを取り出し、或る動画を再生した。

「御両人、これを見て下さい」

そこには、琢己が子分達と共に幼稚園児位の女児から御菓子を奪う場面が鮮明に映されていた。数秒後、今度は拳骨が炸裂した。

「御前、こんな事までしていたのか!」

「何処迄腐っているの!」

 杏果のスマホに有った証拠の動画を全て確認した後、由美子は丁寧に一礼した。

「杏果ちゃん、有難う。御蔭で重要な真実が分かったわ」

「いえ。遅かれ早かれ届け出る予定でした」

幾度も御礼を言った後、琢己の家族は果肉入りの果物ゼリーのギフトセットと幾許かの金を置いて帰った。


 次に来たのは香織の両親と祖父母だった。香織本人は丸坊主ではなかったが、頰には手形が幾重にも重なり目は真っ赤だった。加えて、歩き方が不自然だった。

「うちの娘が申し訳御座いません」

「杏果さんに嫌な思いをさせてしまいました」

「わしらの教育が間違っていたんですな。孫娘だからと猫可愛がりし過ぎた結果がこのザマです」

「1から育て直すことに決めました」

両親と祖父母が謝罪している最中、琢己のやり取りを聞いていたのか香織は早いタイミングで土下座した。

「本当に御免なさい! 私、とても酷い事して……」

謝罪を受けた後、杏果は香織の両親と祖父母の所へ歩み寄り、膝をついた。

「面を上げて下さい。皆さんの気持ちはよく分かりました。後の事は全て御任せ致します」

何とでも解釈出来る言葉なので、両親と祖父母は一時フリーズしたが、直ぐ“罰するなら徹底的にやれ”と解釈した。

「それはもう絶対やります!」

「長居するのもアレなんで今日は失礼します」

「御詫びにこれを御納め下さい」

「大変申し訳御座いません」

杏果の好きな、魔法少女の絵柄入りのスケッチブックと、慌てて用意したであろう札束を置いて一行は去っていった。

「おじいちゃん、これ金庫に入れとかないとね」

「そうだな。次の人が入るのはその後だ」

応接間の隣に有る書斎に入ると、寛司は現金を金庫に入れた。


 その後も大体は同じだった。パン屋の店主である斎藤浩美ひろみは娘の沙織を引っ立てると謝罪の言葉を口にした後、現金+自分の店の無料券を置いていった。

「沙織の父親が亡くなり、女手一つで育てるのが大変と痛感しました。

 本当に申し訳御座いません」

全く予想外の事実に、杏果と寛司は思わず目を見開いた。当の沙織はげっそりしていた。


 将太の両親、平田義行よしゆき慶子けいこ夫妻は、流石は病院長夫妻というだけあって慰謝料の額が桁違いだった。加えて、お詫びの品の数も最多だった。

「悪事の数々、誠に申し訳御座いません! 裁判沙汰となれば、判決は如何であれ、病院に悪いイメージがつくのは免れません。将太には一生分の懲らしめを与えると約束致しますので、何卒御内密に御願い致します!」

「私からも心より御詫び申し上げます。また何か問題が起きました場合、誠心誠意御協力致します」

両親の謝罪の後、杏果より小さな女の子が一緒に土下座した。見たところ2歳前後だろうか。

「ごめんやしゃい」

未だ舌足らずな幼子が気になり、杏果は歩み寄った。

「こちらは?」

「名前は美紀みきと云います。将太の妹です」

慶子は答えた後、慌てて美紀を起き上がらせた。

「美紀ちゃん、うちへ遊びにいらっしゃい。面白い物沢山有るから。御両人、問題有りませんよね? 美紀ちゃん本人には何の罪も有りませんから」

幼稚園の頃から発揮してきた統率力を活かし、杏果は美紀の顔が曇らない様にした。抱きつきに来た美紀を笑顔で受け入れ、小さな背中を撫でる杏果の姿を見て、その優しさに義行と慶子は思わず笑顔になった。

「有難う、杏果さん。確かに君の言う通りだ。美紀本人には何の罪も無いな」

「どうやら美紀もあなたを姉の様に慕っている様ね。これなら確かに連れて来ても大丈夫でしょう。今後仲良くしてあげて下さいね」

最終的に受け取ったのは、数え切れない程の慰謝料に加えキャラ物文房具・お飯事セット・魔法少女の主題歌/キャラソンCD・図書カード等、あっさり受け取るのが気が引ける程だった。しかし、好意を足蹴にするのも嫌なので、結局受け取ることにした。当の将太は丸坊主の上、顔に包帯を巻いていた。素顔は分からなかったが、余程強烈な折檻を受けたのだろうと想像した。

「丁度良いから今ここで言っておくわ。とても重要な事なので杏果さんと、お祖父様もよく聞いておいて下さい。将太、あなたに与える予定だった、病院の跡目は無し。全ての権限は妹、美紀に与えるから」

「そ、そんなぁ!!…俺の夢が…人生が……」

急に母から院長の顔になったのを見て、将太は絶望の沼に沈んだ。


 治夫の父方の祖父母、横山よこやま泰三たいぞう純子じゅんこ夫妻は、自分達が歌声喫茶“ひかり”の会員であるという事情も重なり、泣きべそをかきつつ謝罪した。

「どうか面を上げて下さい。私は公私混同はしません。治夫君のした事は決して水に流しませんが、それと歌声喫茶は何も関係有りませんから」

自分の代わりに堂々と受け答えをする杏果を見て、寛司は頼もしいと感じた。

「今御聞きの通り、孫もこう言っています。ですから、御両人が辞める必要など有りません」

こう言われると固辞する訳にいかなかった。

「有難う御座います」

「この御恩は決して忘れません」

泰三・純子夫妻は杏果の好きな、怖い話を集めた本10冊に加えて慰謝料を置いて去っていった。尚、当の治夫は顔の輪郭が変わっていた。


 最後に入った小塚こづか邦夫くにお真希まき夫妻は、娘を連れて入って来た。最初に口を開いたのは、6人組の中で唯一皮膚に変化が無かった佳奈子だった。

「杏果ちゃん、御免! 不思議ちゃんの芝居はもう終わり」

流石にこれは意味が分からなかった。呆然としていると佳奈子は事情を話し始めた。

「知っての通り、私は文房具メーカーの社長夫妻の一人娘。香織はそれを知って、私をグループに引き込んだって訳。令嬢と知って妬む輩を今迄何十人も見てきたから、当初、珍しくまともな友達が出来て嬉しいと考えていたんだよ。だけど違う。あいつらは私を都合の良い道具としか思っていない。確かに直接虐められた事は1度も無かった。だけど、あのグループに所属するのは本当に嫌で嫌で堪らなかった。何回もグループを抜けようかと思ったけど、香織と琢己が怖くて言い出せなかった」

涙を零しつつ謝るのを見て、杏果は勿論、寛司も強く言えなかった。

「だから、勇気を出して一連の事を全部録音していたんだよ。これで香織達も終わり。序に言うと、私は自ら事情を打ち明け、連れて来て貰ったんだよ」

ここまで言うと嗚咽し始めた佳奈子に代わって、両親が代わりに事情を説明した。

「普段から仕事で忙しく、娘を放置していた私達が悪いんです」

「悪意を止められなかったと娘は泣いていました。ですが私達の所為でこうなった佳奈子も考え方次第では被害者と言えます。他の家の事に関しては分かりませんが、少なくとも、うちに関しては、私共が全面的に悪いんです」

土下座する3人を見て、杏果は直ぐに決心した。

「佳奈子ちゃん、本当に責任を取る気が有るなら御願い聞いてくれる? この次は、あたしの家へ遊びに来て。あたしは佳奈子ちゃんと友達になりたい」

事実上の無罪判決に、佳奈子はより一層号泣した。佳奈子の膝の上に乗せられたと思うと、抱き着かれた杏果は、小さく痙攣する背中を撫でながら両親を見上げた。

「これが私の意思です。佳奈子ちゃんは何も悪くありません。ですからこの事で叱ったり、罰を与えたりするのは勿論、話題にも出さないであげて下さい。佳奈子ちゃん本人から言い出したと云うのであれば話は別ですが」

体格の差の所為で不自然な場面になっていたが、兎も角も完全なる和解が成立した。尚、慰謝料と、御詫びの品々である玩具・縫いぐるみ・キャラ物の衣料品・果物のギフトセット等は、両親の心情を慮り、受け取ることにした。



 謝罪訪問の翌日の午後、明照は、遊びに来た杏果から事情を聞いた。何も知らなかった明照は事情を知って唖然とした。驚きの余り、金楚糕が咽喉に詰まるかと思ったが、香片茶で何とか流し込んだ。

「そんな事が有ったなんて知らなかった。大丈夫だった?」

「うん。皆の前で恥をかかせようとしたらしいけど全然効かないどころか、1年生と2年生の子達からの支持率を稼ぐことになっちゃった。たーかーにーにーとみーなーねーねーには御礼しなきゃいけないね。偶然とは言え、結果としてあたし達を助けてくれたし」

あっけらかんとしている杏果に明照は感服した。虐めと全く気付かなかったばかりか、自分にとって都合の良い事態を招くとは。矢張りポジティブな発想が一番と明照は考えた。直後、何かを思い出した様に慌ててSongTubeソングチューブの動画を再生した。

「杏果ちゃん、この歌を習いたいんだけど」

そこには、杏果のSongTube上での姿、“マジカル九尾狐クミホ”が沖縄の童歌わらべうた耳切坊主みみちりぼーじ”を歌う姿が有った。また自分の動画を選んでくれた事が嬉しくて、杏果は満足そうに頷いた。

「OK その代わり今夜の鑑賞会で見る作品はあたしに選ばせてもらうから。今日はカードチェイサーチェリー…いや、魔法戦士レアアースにしようかな? あー…でも、怪盗セイント・ガールも捨て難いんだよね。如何しようかな…。まぁ、授業の後で決めるね」

この日、田中家の縁側には“耳切坊主”の二重唱が響いた。道行く通行人は、暫し足を止めて聴き入った。

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