少しこじらせてた彼女

tk(たけ)

第1話

(1)


「それでは皆さん、今回の案件もお疲れ様でした。全員の協力もあって無事に完成することが出来ました。皆さんが遅い時間まで努力した成果です。今日は今までの労をねぎらいながら楽しく飲み明かしましょう!」


「では かんぱーい!」


部長が開会の挨拶と乾杯の音頭をとるとあちらこちらでグラスを合わせる音が聞こえてきた。

パチパチパチパチ そして盛大な拍手。


「部長、ありがとうございました! 部長からは多大なるご寄付も頂戴しました、ありがとうございます! それではしばしご歓談ください」


取りあえず私は周囲のメンバーと課長のグラスに乾杯の挨拶を済ませると席に座った。


今日の会場は四角いテーブルと椅子の個室。靴を脱ぎ履きする必要がないし、移動が楽でありがたい。


さぁまずは腹ごしらえ。

このテーブルに女子は一人、みんなの取り分けでもするかと腰を上げたら佐久間先輩が言ってくれた。


「このテーブルはそれぞれが好きな物を自分で取るんでいいよな」

「そうだね、佐久間の言うとおり。ここではセルフサービスにしよ。気遣いありがとね」


お皿を預かって取り分けて配ろうとしたけど、そう言って貰えたので腰を椅子におろした。


「今日子ちゃん、逆に俺の前を取ってあげるよ。遠いでしょ」


佐久間先輩と同期である大久保先輩がひと通り小皿に乗せて渡してくれた。


「ありがとうございます」


実はこの二人はいつも紳士。よく気が付いて物腰が柔らかく優しい。

でも仕事とかパシッとやらねばならない時には別人になる。

そんな格好いい二人だから私は二人とも気になっちゃって、結局まだどちらにもアプローチ出来ていない。


「ねえ 今日子ちゃん、タイミング見計らって部長に挨拶に行ったほうがいいよ」

「そうだね、でも誰かと一緒がいいんだけどね」

「おっ、長谷川がこれから行きそうじゃね」

「そうだよ、グラス持って行ってきな」


長谷川さん、私より二年早く入社した先輩。主に裏方として事務所で後処理をしてくれている。

今日は大半のメンバーが完成を仕事の一区切りとして喜んでいるが、長谷川さんは明日以降も支払いや請求、そして関係ドキュメントの集約・整理などの残作業を続ける。

そんな彼女には専属の派遣社員が付いていて、その二人の業務処理能力の高さから、長谷川さんはみんなに一目置かれている。


とはいえ、私はおもに長谷川さんから督促や不備の指摘を受ける側なので、あまり得意とはしていない。

今日もあの黒いセルフレームの眼鏡を掛けて、髪は一つに結んだまま、仕事中と同じカーディガン姿で部長の前に座った。

そこへすごすごと私が進み出て長谷川さんの隣へ座る。


「おっ、今日子ちゃん、お疲れさま。美味しいお酒を飲んでる?」


部長は普段から細い目をさらに細めて笑顔で私に聞いてきた。

タレ気味な目尻にはたくさんの笑いじわが出来ていて、少し頬が垂れたような表情の部長は優しいおじいちゃんみたいな雰囲気だ。


「はい、楽しく参加しています」


「入社三年目だもんね、大型案件に携われて良かったね」


「最初から最後まで大型の案件に参加出来たことは非常に勉強になりました」


「規模が大きいならではの関連法規対応とかあるけど、その辺は長谷川さんが全部目配せしてくれるから安心なんだよね」


「そうですよね、チェックして下さる人がいると安心です」


「さらに仕事が増えたら長谷川さんに正社員の部下をつけないといけないかもな」


「さあ、そろそろ席に戻って食べてらっしゃい、無くなっちゃ可愛そうだ」


「はい、ありがとうございます。では戻らせていただきます」


私は一礼して自分の席に戻った。

長谷川さんも一礼して戻ったが、私が部長の前に座ってから一言も言葉を発せずに、お茶をちびりちびりと飲んでいるだけで、自分の話が出ても笑顔すら見せないなんて、少し変わり者なんだなと思った。

席に戻ると私の分の食べ物が小皿にきれいに盛られていて、先輩達に感謝した。


***


私は中堅の情報システム開発会社に勤務する岸川今日子。入社三年目で営業を主としている。

同期入社はほかに男子が二人いるが、ともにシステムエンジニアとして配属された。

顧客は行政が多いので他案件等の活用が容易で、実績を重視する顧客への対応はスムーズに運ぶことが多い。

そのため繁忙期以外の残業は少ない。


明日も外出の予定は無く、スケジュールは開けてあるので、今日は多少飲んでも大丈夫なようにしてあった。


***


六時半から始まっていた飲み会も今しがた終わった。さあ二次会だな。

きっと参加者も多いだろうな。

あそこに佐久間&大久保先輩が揃って立ってる。

そのそばへ行こうとして呼び止められた。


「岸川さん!」


名字を呼ぶなんて誰だろうと声の方を見ると、長谷川さんが少し手を上げた。


「お疲れさまです。どうかしましたか?」


そばまで近付くと聞いてみた。


「飲みに行くわよ」

「そうですね、行きましょう!」


「私とよ」

「はい、佐久間先輩達に混ざりましょう」


「違うわ、二人だけでよ」


驚いて少し伏せ目がちなその瞳をまじまじと見てしまった。だって今まで雑談すらしたことないんだもん。


「えーっと、わ、わかりました。ご一緒させてください」

「そう、じゃあ、電車で移動よ」


そう言われて大きな繁華街のある駅まで移動して、ビルの二階にあるバーに入った。


「何時まで居られるの?」

「終電ですよね、十二時かな」

「わかったわ

さあ飲み物と食べ物と選んでちょうだい」


「ハイボールとトマトサラダにします」


「お腹はいっぱい?」

「はい、きちんと食べました」


「そう、シーフードマリネをもらうわね」


それからお互いの手にハイボールが届くと乾杯をした。

今いる部屋は大きな窓から外が見えて周囲は壁に囲われている個室のような空間だ。


「こちら、よく来るんですか?」

「週一程度かしら… いつもカウンターだけどね」


「いつもお忙しいですもんね」

「そうね、残務処理だからね」


「あなたはパタパタと自由に飛び回っているみたいだけど」

「はい、おかげさまで。外回りが好きなので性にあってると思います」


「長谷川さんほど忙しいとプライベートの充実ってどうやるんですか?」

「プライベートなんて無いわ。部屋の掃除なら土日にするわよ」


「大きなお屋敷なんですか?」

「いたって普通のマンションよ。土日のどちらか一方は会社にいるのよ」


「仕事ですか?」

「そう、相手が居なくても進められる部分が多いからね。一人静かに作業をするのよ」


何だろ…… 今日はどんなつもりで私をサシ飲みに誘ったんだろう……


「長谷川さんは仕事が好きなんですか?」

「あなたは?」

「楽しいので好きですけど、土日までやろうとは思わないです」

「そうね、きちんとこなして達成するのは喜びになっているわ。でも余計に働きたいほど好きではないわ」


「趣味とかないんですか?」

「趣味…… ご趣味ね…… ふっ…… 何だかお見合いみたいね」


そう言って長谷川さんは眼鏡を外すと目を閉じた……


えっ…… 長谷川さんて 目元に憂いがあって 実はすごく美人……


***


私の趣味か……

長谷川友加里は学生時代の事を思い出していた。

思い返すと中学時代は放送部だった。DJに憧れた訳ではなく、皆から集まるリクエストを元にして毎日の選曲を考えたり、音源を探すのが好きだった。


そして高校では生徒会。仲良しの友達と入って、格好いい生徒会長のそばでドキドキしながら運営とか準備とかを楽しんでいた。

大学に入ると文化団体連合会の事務局。各部や公認サークルの窓口として大学と話をしたり、予算その他の調整をしてた。

ずっと裏方的な役割。そういう意味では今の仕事も似ている。


***


長谷川さんはしばらく目を閉じていたが、ゆっくりと開くと一人で笑った。


「ごめんねっ…… 趣味を思い返していたら可笑しくなっちゃって」


「趣味、無いんですか?」

「そうね、無かったわね」


「あなたは? 岸川さん」

「そうですね、たまに映画を観に行きます。あとはタブレットで映画とかドラマを観ます。そのくらいかな」


「映画か…… 学校行事で観に行ったぐらいしか覚えがないな……」


「長谷川さんて家に居る時、何してるんですか?」

「うーん…… 寝て、起きて、ご飯食べたら洗濯物干して、くつろいでたらお昼になって、だからご飯食べて、少し眠って、買い物へ行く。それでご飯を食べたらお風呂に入って、寝る…… こんな感じね」


「そう、さらっと言われると隙間なくきっちり予定が詰まっていそうですけど、午前中のくつろぎと午後の寝てる時間が結構長そうですね」

「まあ会社に入ってからずっとこんな感じかな」


「今日はなぜ私を?」

「仕事の愚痴でも話そうと思ったんだけど、なんだか調子を狂わされたわ。自分の事を話すなんて本当に久しぶり」


「とは言ってもある日の過ごし方を聞いただけで秘密でもないですよね」

「私に休日何をしているかなんて聞く人いないから」


「じゃあ、お付き合いしてる人はいないってことですね」

「だんだん直球になってきたわよ。確かに居ないわ。付け加えると彼氏いない歴イコール年齢ってパターンよ」


「えーっ! 何がいけないんですかね!? 美人なのに。じゃあ性格が悪いんですか?」

「ぷっ! そんなにストレートに指摘されたことはないわよ。あなたはどうなの? 彼氏は?」


「いませんよ。でも学生時代はいましたよ」

「そっかあ、羨ましいな」


「これから頑張ってください!」

「あなたもでしょ!」


やっぱり長谷川さんは美人だ。特に笑顔になると目がなくなってエクボが出来る。例えるならフワフワの毛に包まれた仔猫が大きく口を開けてあくびをしているみたいだ。見ていて愛くるしい。


「ねぇ、先輩……」


手を伸ばして頬に触れてみた。

しっとりとしていて柔らかい。


「ちょ、ちょ、ちょっと」


「あっ、ごめんなさい! でも気持ちいい肌ですね。触らせたら一発ですよ」


ぺしっ


「あいたっ!」


「そんな体で落とすみたいな事、出来る訳ないでしょ」


「そうですよね、おまけに長谷川さんはまだ"未"ですもんね」


「未?」


「うーんと、未使用とか未経験とか」


ぺしっ


「確かにまだバージンよ。仕方がないじゃない。相手が居ないんだから」


「それって、今なら女性向け風俗とかで色々と体験出来るみたいですよ。どうですか、初めてはテクニシャンな男性相手とか」


「お金を払ってシてもらうって事? そこまでする必要ないわよ」


「そうですよね、まぁコンプレックスにでもなっていなければ関係ないですよね」


「岸川さん、あなた結構、傷口に塩を塗り込むタイプね。可愛いから何をやっても許されて来たんでしょう」


「あーっ、それはひがみですね。確かに私のほうが豊かですけど、小振りなのが好きな人もいますからね」


「ほらっ、そうやって私が少し気にしている事をイジってくる」


「わたしだって愛想振りまいて仕事取ってるみたいに言われるのは嫌なんですけど!」


「ふぅ、確かに少しごちゃまぜに言い過ぎたけど、女を武器に仕事を取ってるなんて言ったつもりはないわ。可愛くてチヤホヤされて来たから、少し口が過ぎるんじゃないかしらって思っただけよ」


(2)


「長谷川さん、ごめんなさい。失礼な事をたくさん言いました」

「岸川さん、ごめんなさい。それはお互いさまよね」


「それにしてもこんな風に話をしたのは学生の時以来よ」

「学生時代の友人とか、入社同期とか、会わないんですか?」


「そうね、私も必死だったし、皆も忙しそうだったから、卒業後は会っていないわね。会社の同期は男性で技術職ばかりだしね」


「あーっ、それ、うちの同期も一緒です。わたしも一応技術職採用なんですけど、設計より前段階の提案で使われてるんですよね」


「不満なの?」

「いえ、たくさん話を聞いて、わたしもたくさん提案をして、色々な知識が広く浅く集まって、コーディネーターみたいで楽しいんですけど、他の人がコツコツと深く経験を積んでいくのを見てると、戻る先があるのかなって考えちゃいます」


「そっか、いつかは上級エンジニアとかになりたいのか……」

「そうですね…… 色々と女性初の何とかになれって新入社員の頃、言われたのでそんな風になれたら格好いいなって思ってました」


「まぁ役員クラスと現場では、考えている事が違ったりする事があるからね。

でもさ、まだ三年目でしょ。次の異動があるまで、くさる事なく今までどおり頑張るんだよ」


わたしがこの話、誰かにするのは初めてだった。

たぶんいつの間にか心の底に澱のように溜まっていった気持ち。


長谷川さんに初めて吐き出して、そして励ましてもらった。

すると不覚にも目頭が熱くなってきてしまった。


慌てて上を向いたけど、自分の吐いた言葉がかえって気持ちを煽るように頭の中で繰り返される。


落ち着け、落ち着け……


あっ……


一筋こぼれ落ちると、それが呼び水になったかのように、両眼から涙がこぼれ出した。

かばんからハンカチをと思ったが滲んでよく見えない。


その時、長谷川さんがハンカチを手に握らせてくれた。

そのハンカチを広げて両眼に当てて涙を拭う。

何とかしゃくり上げるのを止めようとするが思いがこみ上げてきてしまい無性に感傷的になってきた……


「全部、吐き出しちゃいな。思いっきりたくさん泣きな」


長谷川さんが私の体をしっかりと抱き締めてくれた。


結局、入社以来の愚痴を吐き出したのは長谷川さんではなく、わたしだった。

しかし、わたしを抱き締めた長谷川さんの肩も小刻みに震えていた。


その晩、わたしはタクシーに乗せられると長谷川さんのお宅にお邪魔した。

部屋の中は長谷川さんの匂いでほのかに満たされていた。


「これ、寝間着にして」

「はい……」


「ベッド、一緒でいい?」

「はい、大丈夫です」


「シャワー、先に浴びておいで」

「はい」


シャワーから出ると、タオルや歯ブラシ、そしてスキンケア用品が置いてあった。

そして入れ替わりで長谷川さんが入浴した。


改めて部屋を見回すとあまり飾り気のない部屋だった。台所もきれいに片付いている。


ガチャ


「今日子ちゃん、あんまり観察しないでね」

「すごく整理整頓されててきれいですね」


「物が無いからね。明日の朝はどうしよっか?」

「わたしは一旦帰宅して着替えてから出勤します」


「ごめんね、強引に家に連れてきちゃって」

「いえ、嬉しいです。今日子ちゃんって呼んでくれたし」


「えっ、ごめん。無意識に呼んだのかな」

「名前呼びのほうが嬉しいです。会社でも今日子ちゃんでお願いします」


「うん…… ところでベッドはどちら側に寝る?」

「二人で寝てみて決めませんか」

「うん、分かった」


わたし達は寝る支度を済ませるとまずはわたしが壁側に寝てみた。そして長谷川さんがその隣に寝る。

お互いが上を向くと、二の腕あたりがわずかに触れ合う。


「どう?」

「どうですか?」

「一旦、入れ替わってみようか」


そう言うと長谷川さんがわたしの体の上を通ろうとして、覆い被さりながらわたしの顔のそばに両肘をついた。


「顔近かっ……」


思わず口から漏れてしまった。


その言葉が聞こえた長谷川さんの顔が耳まで真っ赤になった。

恥ずかしがってる顔が可愛い!


つい、背中に腕をまわすと、長谷川さんの顔を寄せて唇を重ねてしまった。


「ん……んっ…… ファーストキスなのに……」

「ご、ごめんなさいっ。可愛くて、つい……」


「女の子に奪われるなんて思わなかった……」

「べ、べ、別に、わたしがそういう好みな訳じゃなくて、長谷川さんが可愛かったから」


「今日子ちゃんは可愛ければ誰とでもするの?」


「全然、全然そんな事なくて、お店にいた時からきれいだなとか、可愛いとか思ってて、部屋に来たら長谷川さんのいい匂いがたくさんして、それで…… 何となく……」


「一緒に寝ても大丈夫?」

「は、はいっ! 何もしません」


「じゃあ、寝ましょうか」

「はい、お休みなさい」


お休みなさいとは言ったものの、さっきのキスにわたし自身も動揺している。

加えてその相手が隣で眠っている。

そばにいるって事を意識してしまうと、心がザワザワして眠気は湧かず、触れたいとか触れて欲しいという気持ちがおさまらない。


わたしが知ってるこの気持ちは恋だ。

でも女性に恋心を抱くなんて今までは無かった……


そんな事を考えていたらアラームが鳴り、長谷川さんの目が開いた。


「今日子ちゃん、おはよう。眠れた?」

「おはようございます。えーっと、寝そびれました……」


「狭かった? ごめんね。私だけしっかり寝ちゃって」

「いえ、考え事をしたら目がさえちゃっただけです」


「朝食どうする?」

「ご一緒します」


食事を済ませると、何だか眠気がおそってきて、出勤しなきゃなんだけど、ベッドに誘われて横になってしまった。


「大丈夫? どうする?」

「眠気が急に…… しばらく寝てたいです」


「じゃあ、鍵置いてくよ。どうするか決めたら連絡ちょうだい」

「はい、分かりました」


そのまま寝落ちして、始業時刻前に起きると年休取得の申請をした。


次に目が覚めた時には午後二時になっていて、お腹が空いたので仕方なく外へ出掛けてみた。

すると外はいい天気で、良いアイデアが浮かんだので実行に移した。


カチャ ガチャ


「お帰りなさい」

「ただいま」


「なぁに、このいい匂い!」

「スペシャルディナーです。冷えたワインもありますよ」


「さあ、お食事にしますか、それともお風呂が先ですか?」

「待って貰えるならお風呂かな」

「では貯めてありますのでごゆっくりどうぞ」


「えっー、今日子ちゃん、何か悪い事でも隠してる?」

「そんな事ありませんよ。ただ明日から週末なので、今日も泊めていただきたいなと考えています」

「そんなことなら大丈夫よ」

「週末、会社行くんですか?」

「あなたが居るなら止めておくわ。平日の夜にやればいいから」

「では日曜までいてよろしいですか?」

「OK、いいわよ」

「ではまずお風呂からどうぞ」


長谷川さんが支度を整えてお風呂へ入った。

すかさずわたしもお風呂へ入る。


ガチャ


「一緒に浸かりにきました」

「えーっ、そんなに広くないよ」


わたしはシャワーを浴びると浴槽に足を漬けた。

確かにそのままでは入れない。長谷川さんに足を開いて貰った。そしてその足の間にわたしが腰をおろす。そして長谷川さんの足と組み合わせるようにして、私の足も長谷川さんの腰の外側に出した。


「これでお互いに足が伸びて二人同時に入れましたね」


「そ、そうね。でも随分、股を開くのね」

「そうですね。長谷川さんのがワカメみたいに漂って揺れてますよ」

「そ、そんなの今日子ちゃんも一緒でしょ」


長谷川さんがまた顔を真っ赤にした。

そうか、未経験だし、ウブなんだ。

なぜか嬉しい気持ちがこみ上げてきて、再び背中へ手を回し、抱き寄せていた。


「んーっ、長谷川さん甘くていい匂いがします」

「駄目よ、首筋で匂いなんてかがないで」


「長谷川さんもわたしのこと抱き締めてもらえませんか」

「えっ……」

「お願いします」

「こ、こう?」


「はぁ、気持ちいい。安らぎますね」

「今日子ちゃん、寝たらのぼせるわよ」

「はい、気をつけます」


「あの、長谷川さんを下の名前で呼びたいのですが、教えてもらえませんか」

「友加里よ」

「へぇー、友加里さん、素敵な名前ですね。しっくりくるし、呼びやすいです」


「友加里さん♪」

「なぁに」

「体洗います」

「どうぞ、お先に」

「違います。わたしが友加里さんの体を洗います」

「へっ!? な、なんで?」

「昨日のお礼です」

「駄目だよ」


「じゃあ、交代でわたしの体も洗ってください」

「えっ、私が……」


「そうですねー、恋愛の予行演習って思ってください」

「そんなの必要?」

「重要科目ですよ」

「分かったわ……」


友加里さんが湯船からあがるのを見終えると、わたしもあがり、足元に座る友加里さんの髪を濡らした。そしてシャンプーで洗うとトリートメントをつけ、体を洗うためにボディーソープに手を伸ばした。


「首から足の先まで洗いますね」

「え、ええ……」


「じゃあまずは綺麗なうなじから……」

「あごの下も洗いましょうね」

「そのまま肩を洗って」

「デコルテも綺麗でスベスベ……」

「さあ、ここも洗いますよー」

「少しだけ小さいけど、ハリがあって、開いていなくてムニュムニュで、羨ましいなー」

「なんか勃ってるし♪」

「ぁ…… だめ……」

「声がえっちで良いですねー、ここまでは合格です」

「これはどうですか?」

そう言って二本の指で左右の乳首を摘みながら乳房を揉みしだいた。


「あんっっ! やめてっ!」

友加里さんがわたしの両腕を掴んだので、ちょっとぎゅっーと手のひらで握ってあげた。


「ああーっ!!」


力を弱めると聞いてみた。

「どうでした?」

「んんっ…… だめ」

「どうして?」

「やめて欲しいの」

「言わないとぎゅってしますよ」

「だめなの…… きもち よ く て……」


「もっと友加里さんの可愛い声が聞きたいな」

「今日はもう許して」

「じゃあ、今は止めてあげます」


「でもおっぱいの下はきれいにしましょうね」


「んふっ……」


「さぁお腹、おへそもきれいにして、腰ですねー」

「次は背中。背中もつるつるできれいだな」

「腕をあげてくださーい」

「脇もきれいですね。腕も洗いましょうね」

「さあ、下半身を洗いますから立ち上がってください」

「はい、こちらを向いて」

「じゃあ腰から下ですね」


そう言って恥骨の辺りを洗うとすぐに足の付け根に手を入れた。

腿の内側を洗いながら大事なところへ近付いていく。顔を見上げると目を固く閉じていた。


わたしの手は段々と上にあがり、徐々に友加里さんの腰が震える。お構い無しに泡を付けた手でぬゅくぬゅくと洗うと、腰が砕けた友加里さんが、わたしにしがみついてきた。


「気持ちいい?」


口を開いて答える代わりに目を開くとわたしの唇にキスをしてきた。

わたしは空いている手を首へ回すと、友加里さんを強く引き寄せ、唇に舌を這わせた。

そして緩んだ唇へ舌を挿し込む、、、


「友加里っ、気持ちいい?」

「うんっ もう駄目 イキそう」

「自分でシたりするの?」

「何回かだけ…… でも ぜんぜんちがうっ!」

「いいよ、イキな」

「ぅん…… あっ!」


友加里の体が痙攣している。わたしを締め付ける力も手加減がない。

でもわたしも心地が良い。わたしの手の中に可愛い女の子が一人居て、その娘に大きな快感を与える事が出来た悦びだろうか。


友加里の息が整うのを待って、髪から油分を流し顔を洗ってもらった。

そして半ば放心している彼女の体をタオルで拭くと脱衣所に出した。


(3)


風呂からあがると友加里さんにお茶を飲ませた。

そしてわたしはビーフシチューを温め、サラダをテーブルに載せて、食事の支度を整える。


「友加里さん、ご飯とパン、どちらがいいですか?」

「今日子ちゃんは?」

「ご飯かな」

「私もご飯でお願い」


友加里さんの無口な様子が心配で何度もチラチラと見ているうちに変化に気が付いた。

もう、行為からくる虚脱感は抜けた感じだ。

じゃあ、今この沈黙はやはり戸惑いだろうか……

夕べは襲わないなんて言っておきながら、さっきは襲ったようなもんだし、そのつもりは無かったんだけど、触れたらあんな声を出して、素振りをされたら……


まぁ、理性のタガが外れた奴の、つい魔が差したみたいな言い訳だな……


「友加里さん、ごはんどうですか?」

「あ、うん 凄く美味しい」

「ワイン、出さなかったんですけど、いいですよね?」

「うん、そうだね」


「あの、明日の土曜日、どこか出掛けたりしませんか?」

「えっと、映画館とか?」

「天気がいいみたいなので、お散歩でも構いません」

「うん、いいわよ」


「友加里さん、少し上の空な感じですか?」

「えっ、うん、そうだね」


「さっきはごめんなさい」

「それは何か謝るような事をしたってこと?」


「だって同意もなく私の意思だけで……」

「なんで、しようと思ったの? いたずら?」


「それは、肌に触れていると気持ちよくて、それと時々漏らす声が色っぽくて、だからわたしも興奮しちゃって」


「じゃあ、体を洗うって言い出した時には、下心が無かったの?」

「そう聞かれると、全く無かった訳ではないですけど、友加里さんをあそこまでしようとは思っていませんでした。ただ触りたいっていうのが最初の気持ちです」


「ぬいぐるみなんかに抱くのと同じような感情なのかな……」


「えっと、それとは違います。誤解しないで欲しいんですけど、わたしは友加里さんに凄く興味があって、だから色々と知りたいし、一緒に居たいし、触れたいんだと思います。それで、これって恋した時に似てます」


「そう。正直にありがとう。私は久しぶりに友達が出来て嬉しいって感じだな。片思いなら経験あるから、今日子ちゃんの言う相手を知りたいっていうのは共感出来る」


「触りたいとかって言うのは手を繋ぎたいとかと一緒なんだろうけど、経験ないし、もし思いが叶ったらそうなるんだろうなって知識で知ってる……」


「あの…… 友加里さんは今なにを、というか、今どんな気持ちなんでしょうか……」


「うん…… 正直に言うと喜んではいないわ。でも勘違いしないで、今日子ちゃんが嫌とか嫌いとかそういう訳じゃないの。ただ これからどうしようって考えちゃう」


「わたし、帰ったほうが良さそうですね……」


「あの…… 帰っても構わないけど、次に会社であったら……」


友加里さんが言葉に詰まってしまった。でも言おうとした言葉は、おそらく、今日このまま別れたら、もう仲良くはなれないという事だろう。


いいや、そうであって欲しい。その台詞の持つパワーに気が付いて言葉にするのを躊躇った、そうであって欲しい。


「友加里さん、やっぱり泊まって行ってもいいですか

ていうか、泊まっていきます」


そう言い切って、立ち上がると冷蔵庫からワインを出して栓を開けた。

そしてグラス2つとおつまみをテーブルに置き、グラスにワインを注いだ。


それからグラスを持つとテーブルに置いた友加里さんのグラスの縁に軽く当ててから、一人で飲み始めた。


グビグビ

ポリポリッ


わたしが一杯目を飲み干し、二杯目を飲み始めると、ようやく友加里さんもワインに口をつけた。


「明日、何か面白い映画、やってるのかしら」

「ちょっと待ってくださいね、スマホ持って来ます」


「ねぇ、友加里さん。洋画と邦画、っていうか、字幕と日本語はどっちがいいですか?」

「日本語かな」


「じゃあ、実写かアニメから選びましょうか」

「アニメ!? それなら何か話題作がやってるんじゃない?」


「あっ、そうですね。時間帯は朝イチでもいいですか?」

「いいわよ」


「並んで座ってもいいですか?」

「いいに決まってるでしょ」


「ドキドキしたら手を繋いでもいいですか?」

「そうね、たぶん大丈夫」


「暗くなったらこっそりキスしてもいいですか?」

「だーめ」


「フフッ 友加里さん さっきよりも元気になりましたね」


翌朝、休日にも関わらず早起きした二人は映画館に入ると飲み物を買って席に座った。


「今どきの映画館ってゆったりしてるんだね」

「そうですよ、本当に久し振りなんですね」


今日の友加里さんは黒の小花柄のワンピースにラベンダー色の半袖ニットを合わせている。

会社ではパンツ姿にシャツと長袖カーディガンなので、初めて見る私服は新鮮だ。

加えて髪は自然におろし、眼鏡をかけずにコンタクトレンズをはめている。

正直、やはり美人だ。

珍しく組んでいる足も引き締まっていて美しい。


「今日子ちゃん、そんに足を見つめないでよ」

「だって綺麗で、それにスカート初めて見たし、その膝下から出た足がなんかそそるんです」


そう言って すねを触った。


「ひゃっ!」


「そんな声を出しちゃ駄目ですよ。大人は我慢しなくちゃ」


すねを撫でながら、徐々にふくらはぎを触り、手のひらを回すと軽く握ったり、緩めたりした。


「ムダ毛の処理もしっかりしていて、本当に彼氏いないんですか」


「いないわよ。だからもう止めてっ」


「えーっ、気持ちいいのに」


そう言いながら顔を見つめると赤くなって目を逸らした。


「かわいい反応ですね」


手を滑らせて膝の上からスカートの中へ、でもそれはさすがに両手で必死に止めてきて、少し睨んできた。


仕方なく手をスカートから抜くと友加里さんの手と繋いだ。


「わたしの手が勝手に動かないように繋いでおいてください」


友加里さんは少し頷くとアイスコーヒーに手を伸ばした。


***


あーっ、面白い映画だったな。クスリと笑いたくなるような小ネタがたくさんで、ニマニマとにやけながら観ちゃった。

友加里さんはどうだったんだろう……

そちらを向くと、拭うことなく涙をこぼしている友加里さんがいて、慌ててハンカチを差し出した。


「涙、止まりましたか?」

「うん…… もう…… 大丈夫みたい」


一緒に立ち上がると通路へ出た。きっとメイクも崩れてしまっているだろうな。そう思いながら手を取ってトイレの列に並んだ。


それからランチ。パスタがいいという事なのでそれ系のお店に入った。


「ふう…… 外は良い天気ね。気持ちいい」


日差しに顔を向けて目を細めている横顔、わたし好きだな……


「さっきはごめんね…… 何か普段の生活と違って、土曜の朝から友達と映画観て過ごしてるんだって思ったら、嬉しいやら悲しいのやらごっちゃになって押し寄せてきてね…… 今まで随分と強がっていたのかなって気付いたら、もう…… 止まらなくてね……」


「わたしは大丈夫ですよ。それにこれからもそばにいますから、またいつでも泣いてください」


でも友加里さんにとってわたしは友達か…… その言葉だけがチクッと胸を刺した。


「午後からどうしますか?」

「どこへでも行くよ」


「明日はどうですか?」

「特に予定は無いよ」


「一日ゆっくりしたいとかありますか?」

「それほどは…… そうだ! 今日子ちゃんちに行きたいな」


「えっ、家ですか?」

「だめ?」


「散らかってますよ」

「いいよ。それで泊めてもらって月曜はそのまま会社に行く」


「それじゃあ、友加里さんちに、わたしの着替えを少し置かせてもらってもいいですか?」

「いいよ、また来るんだね」


その後、わたし達は少しショッピングを楽しみ、食料品を買うと友加里さんの家に帰った。


夕食をとると、昨日と違って一人ずつお風呂に入り、少しテレビを見ながらおしゃべりをしてベッドに入った。

でも昨日より、もっと心臓がバクバクしてて、始めは仰向けに寝たのに友加里さんが入るときには、全身が友加里さんのほうを向いていた。


「ちょっと、何だか待ち構えられてるみたいなんだけど」

「こうしてたほうが広くて横になりやすいですよね」


「一緒に寝るけど、ボディタッチとかは無しだからね」

「はーい」


「返事が軽いなー」


眼鏡を外すと友加里さんが隣に入って来た。同じ物を使ったのに、友加里さんの体からは甘いいい匂いがする。


「友加里さん…… おやすみの…… 挨拶してください」


「あいさつ? じゃあ、お休みなさい、また明日」


「違いますよ、大人のやつです」


「今日子ちゃん、あなたの恋愛対象は男性でしょ。昼間の事までは認めるけど、今欲しがってるキスもふざけてるの? あなたとは、これからも友達として長く付き合いたいの。そこに変な負担は持た込みたくないの」


「ごめんなさい…… また明日ですね。お休みなさい」


わたしは壁の方へ向き直ると、納得出来ない気持ちを必死に無視しようとした。

友加里さんは負担だって言ったけど、わたしには喜びでしかない。

だって、好きな人と触れ合いたいなんて自然な感情でしょ。


えっ…… 好きって、わたし…… いつの間に好きって思っていたんだろう。


だったらそうだよ。好意があればわたしの行動は普通だよ。

でもさ、酔い潰れた後輩を助けるつもりで、同性だから気を緩めて部屋に泊めたのに、その相手が男みたいにえっちな事してきて、あげく恋人みたいにおやすみのキスを求めるなんて。友加里さんからしたら異常事態だよね。


「はぁ……」


「今日子ちゃん、眠れそう? こっち向いていいよ」


わたしの顔の横に友加里さんの顔があるような気配がする。きっと心配して覗き込んでいるのだろう。

このまま振り向いてしがみついてしまいたい!

そう強く思って振り向いた。


「今日子ちゃん、アイス食べたい……」


「…… そうでしたね……」


思わず溜め息が出てしまった。

確かにさっき買い物をした時に友加里さんが食べたいと言ったアイスを買った。

その楽しみにしていたアイスを食べ忘れていた。

友加里さんがベッドを抜け出した。わたしも起き上がった。


「はい、レアチーズ味」


友加里さんはレモン味が食べたかった。

カップのフタを取るとさっそくスプーンを差し込んでいる。

無邪気だよな、そう思った時、アイスをのせたスプーンがわたしの前に伸びてきた。


「あーん」


口を開けて食べさせてもらうと、美味しいって伝えた。


「あーん」


今度は友加里さんが口を開けたので、アイスをすくうと口の中に入れてあげた。


「やっぱりチーズケーキも美味しいね、季節限定だからレモンにしたけど普段ならチーズケーキだね」


アイスとかスイーツの話をしてアイスを食べ終えると、歯磨きをしてベッドに入った。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


今度は自然に二人でベッドに横たわり、朝から外出して疲れていたのかすぐに眠りについた。


***


「ちょっと片付けてきますから5分だけ待ってもらえますか」

「いいわよ」


今日子ちゃんと私は別の路線の沿線に住んでいる。なのでお互いの家を行き来する時には、一旦、両路線が乗り入れている駅へ向かって都心の方へ入る必要がある。

共に会社までの所要時間は同じ位なので間取りは同じような感じではないかと思う。


通路の手摺りに手を乗せて景色を眺めていたら、いつの間にか10分ほど経っていた。部屋の中からは掃除機の音がする。

慌ててもいないし視線を外へ戻すと再度景色を眺めた。


「友加里さん、お待たせしましたー」


扉が開いた。笑顔で中に入れてもらう。


「かわいいねー!」


家具の色がナチュラルウッドで統一されていて、ベッドカバーはピンク色、カーテンもピンクで色調が統一されている。


「ベッドの前のテーブルの辺りに座っていてください。紅茶淹れますね」


今日子ちゃんの部屋はやはり今日子ちゃんの匂いがして、爽やかだ。

彼女が言っていたのはこういう事か。

少し気になってベッドに鼻をつけてみた。

ここからも同じ爽やかな匂いがする。心地良いね……


両手を広げてベッドに転がってみた。友達のベッドに寝転がるなんて何年ぶりだろう。

でも今まではこんな風に安らいだ気持ちにはならなかったな……

このまま寝ちゃおうかな……


「友加里さん、紅茶持って来ましたよ」

「うん…… 何だか眠たくなってきちゃった」

「そうですか」


結局、私はそのまま午前中いっぱい眠らせてもらった。


「友加里さん、ご飯作りますよ」

「う…… ごめん、寝ちゃった」

「いいですよ。お昼ですけどどうしますか? スパゲティでよければ作りますよ」

「ごめん、それでお願いします」


(4)


スパゲティでお腹を満たすと、ふたたび眠気が襲ってきて不覚にもまた眠ってしまった。


「ごめんね、私、エネルギーが無さ過ぎかな……」

「平日の仕事にパワーを使い過ぎなんですよ。気にせずお昼寝してください」


そう言って今日子ちゃんはベッドカバーと掛ふとんをめくってくれた。

そこに私はうつ伏せに倒れ込むと吸い込まれるように眠りについた。


***


眠りの途中で夢を見た。


私は誰かを必死で待っている。人は大勢通るのに私の待ち人は来ない……

随分経ったのか人どおりが徐々に少なくなり、最後には途絶えた。

私は諦めが怖くて、今諦めてしまうと二度と同じようなチャンスが来ないような気がして、この場所から動けずにいる。

しかし、いつしか出入り口が閉じてしまい明かりが消え始めた。

仕方なく外へ出ると辺りは闇に包まれていた……


「孝太郎……」


自分の口から何か言葉を発したのに気付いて、目が覚めた。

鮮明になっていく視界の中に今日子ちゃんがいた。

私を見てる。


「孝太郎って誰ですか?」

「えっと…… 実らなかった恋の相手……」


「ちゃんとそういう人、いたんですね…… 食材、買いに行きませんか?」

「うん、行く」


私達は夕飯を食べ終えるとドラマを一本観て、それから交代でお風呂に入った。


「湯船が友加里さんちより少し狭いんですよね。だから一緒に入れないんです」


そう言って悲しむ彼女に先に入ってもらった。


そして夜、

「どちら側がいいとかありますか?」

「ないわね」

「じゃあ、さっきと同じで壁側へ先にどうぞ」


電灯を消すとおやすみの挨拶をして目を閉じた。


「友加里さん…… 手を繋がせてください……」


お腹の上で組んでいた手を下ろし今日子ちゃんの手と繋いだ。

彼女の手は温かい。


それ以上、何かされる訳でも無かったので、次第に眠くなりしっかりと眠ってしまった。


翌朝、アラームが鳴った。わたしはすぐに止めると友加里さんの顔を見た。まだ起きていなかった。

躊躇うことなく、そっと唇を重ねると、ベッドを出てお湯を沸かしに行った。


いつもより早く支度を終えて二人で外へ出た。

並んで歩いて、一緒の電車に乗る。

いつもは嫌なラッシュが今日は嬉しい。友加里さんの肩に顎がつきそうな位に近付いても何も言われない。

もう目を閉じてぬくもりと色香を堪能する。


途中駅で扉が開いた。わたしの周りが降りようとしている。人波に流されそうになった時、「こっちへいらっしゃい」

友加里さんが手を引いてくれた。

あっ、駄目だ。やっぱり友加里さんの事が好きだ。そう思った。


会社に着くと二人揃ってエレベーターに乗り、ロッカー室まで一緒に行った。そこで業務に不要な私物を置いて居室に入る。

友加里さんは入口近くの席でわたしは少し奥側だ。

普段どおりお互いの業務をこなし、昼休みになった。

何と無しにランチを誘ってみた。

するとお財布を持って、わたしのそばまで来てくれた。そこへ佐久間先輩が声をかけてきて、大久保先輩も加わって4人でランチを食べに出掛けた。


「何か驚いたけど、岸川さんと長谷川さんはいつの間に仲良くなったの?」


佐久間先輩に聞かれてしまった。


「この間の打ち上げの帰りに私が飲みに誘ってそれからよ」


長谷川さんが答えてくれた。


「へぇー、翌日、岸川さんが休んだ日だ。なんだ長谷川さんが潰したんだ」


「まぁ、そんなところね」


実際は違うのに、誤魔化してくれた。


「ねぇ、今度、この4人で飲みに行こうよ」


長谷川さんがわたしを見た。


「はいっ! 喜んで、ご一緒したいです!」


ごはん屋さんに入るとお互いの予定を確認して日時を決めた。

善は急げで今週末の金曜日になった。


その金曜日、わたしは少し飲み会を意識した服装で出勤した。でも友加里さんは普段どおりのパンツスタイルだった。

そして夕方、少しメイクを整えると一緒に会社を出た。


待ち合わせのお店に入るとすでに佐久間先輩も大久保先輩も着いていた。

そこへわたし達も揃ったので飲み会を始めた。

長谷川さんは二人からすれば後輩で、入社当時は普通に新入社員ぽくて、3年目位までは若手という感じが残っていたのに、今はベテランぽくなってしまって驚いているというぶっちゃけ話が聞けた。

確かにわたしも入社10年目の佐久間先輩達と長谷川さんは遜色ない凄味があると言って、みんなを笑わせた。


「なんだか今日の長谷川は雰囲気が柔らかいな。なぁ 孝太郎」

「そうだね 健太」


わたしは佐久間先輩は健太、大久保先輩が孝太郎だと初めて知った。


そして、長谷川さんが呟いた名前は孝太郎。

もしかして二人には何かあったのかも知れないと気付いた。


4人での飲み会が盛り上がってきた頃、長谷川さんが席を外した。すると佐久間先輩が誘ってきた。


「今日子ちゃん、二次会は二人で飲みに行こうよ」

「えっ! はい。構いませんけど、大久保先輩は?」


「いいのいいの。孝太郎は長谷川さんを誘うから。なっ 孝太郎!」


「健太、おまえ変な気を回すなよ。俺らは上手くいかずに終わったんだからよ」


「でもまだ好きなんだろ? 長谷川さんだってもう二年も経ったんだ。緩やかになってるかもしれないぞ」


「あの…… 大久保先輩と長谷川さんは付き合っていたんですか?」


「こいつらね、デートとかしてたんだけど、こいつの片思いでね。長谷川さんが孝太郎のこと、どの位好きかはっきり出来なかったから、最後は自然消滅しちゃったんだよ」


「どれ位好きかわからない?」


「うん、実は二人で夕飯も週末の外出も何度かしたんだけど、彼女が俺の事をどの位好きか分からないって言うから、仕方なく冷却期間にしたんだよね。そしたら彼女はどんどん仕事の虫みたいになっていってね。それ以降、誘っても断られているんだ」


そうなんだ。断っているんだ。なんでだろう。寝言で名前を呼ぶぐらいなのに……


席を外している間に自分の話をされていたなんて知らない長谷川さんが戻ってきた。

それでも何となく空気が変わったという事は感じているようで、わたしの顔をチラチラと見てくる。

わたしはお皿によそってあった食べ物をパクつくと、時計をチラッと見てそろそろお開きにしようと提案した。


「そうだね、一軒目はお開きにしようか。ねぇ今日子ちゃん、この後、少し付き合って貰えないかな?」


「はい、いいですよ」


大久保先輩が佐久間先輩に何か言いたげだったが、何も言わずに外へ出た。


お店の前で一旦集まった時、大久保先輩が長谷川さんを誘った。


「長谷川さん、良ければ二人でもう少し飲まない?」


長谷川さんの顔を見ると戸惑った表情を浮かべている。でも意を決したように大久保先輩に向かって口を開きかけた。


「駄目っ!」


わたしが大きな声を上げた。


友加里さんがわたしを見る。


「駄目だから……」


あぁ…… また泣いてしまう……


***


結局、泣きじゃくるわたしを友加里さんが支えて、二人でタクシーで帰宅した。

タクシーを降りると、そこは友加里さんの家の前で、わたしは部屋に連れて行かれた。


エレベーターに乗り廊下を歩き、玄関が開くと中へ入り靴を脱いだ。

友加里さんの部屋は食卓分わたしの部屋よりも広い。その椅子に座ると友加里さんを眺めた。

友加里さんは冷蔵庫からお茶を出すとそれぞれの前に置いてくれた。

そして腰掛けると言った。


「せっかくの佐久間先輩からのお誘いだったのにどうしたの? 佐久間先輩はタイプじゃないの?」


「どストライクでした……」

「じゃあどうして?」


「言わなきゃ駄目ですか?」

「無理強いはしないわ」


わたしはお茶を飲んで落ち着こうとした。


「友加里さんは大久保先輩からの誘いになんて答えるつもりだったんですか?」


「断るつもりだったわよ」


「この間、寝言で名前を呼んでいたのに?」


「もう昔話よ、それ以降、何も無いから知ってる名前が出てきただけだと思うわ」


「今でも好きな訳ではないんですか?」

「うん、そうね。昔の出来事って感じよ」

「そうですか、ならいいです」


「あなたが駄目って叫んだり、泣き出した理由は教えてくれる?」

「話したくありません」


「そう、それなら仕方ないわね。泊まっていくでしょ?」

「はい、お願いします」


「シャワー浴びてきたら」

「はい、お借りします」


それぞれに寝る支度を済ませるとベッドに横になった。


「じゃあ、寝るわね」

「はい、おやすみなさい」


もちろん、手は繋いでもらいぐっすりと眠った。


翌日、目が覚めると友加里さんがわたしを見ていた。


「おはようございます」

「おはよう」


まだ見つめているので少し恥ずかしい。


「どうかしましたか?」

「そうね、今日はいつまでいる?」


「そうですね、何か予定がありますか?」

「特に無いわよ」


「じゃあ、ずっと」

「ずっと?」

「はい、ずっとそばに」

「えーっと……」


「わたし、友加里さんが好きです…… 友加里さんに恋してます…… だからいつでもずっとそばにいたいです。それから友加里さんにもわたしを好きになって欲しいです」


「えーっと……」


「答えは急ぎません。慌てないでいいです。だけど真面目に考えて欲しいです。負担ですか?」


友加里さんは天井を向くと目を閉じてしまった。


「あなたの熱意とか前のめりな行動力はよく分かったし、怖くなくなって負担に感じなくなったわ。あくまでも友達としてだけどね。ただ、恋人となると追いつかない部分があるの……」


「それは、どうしたらいいのでしょうか……」


「少し、冷却期間をおきましょうよ」

「それは嫌です! だってそのまま自然消滅しちゃうんでしょ」


友加里さんの目が開いた。


「そうやって痛みを弱くしていくのも、ひとつの方法だと思うわ」


わたしは我慢出来ずに起き上がった。そしてすがり付こうとして留まった。

友加里さんの眼差しは氷のように冷たくて感情がこもっていなかった。

わたしはベッドを抜け出すと顔を洗い、服を着替えて荷物をすべて持つと部屋を出た。

由香里さんは見送りにも来てくれなかった。


翌週、まだ気持ちの整理がつかぬまま会社へ出勤した。

友加里さんの態度もわたしの態度も打ち上げ前の態度に戻った。

そして週の半ばになった頃、大久保先輩がわたしをリフレッシュコーナーに呼び出した。


「何飲む?」

「冷たいストレートティーお願いします」


「何があったの? 月曜からおかしいよ。俺で良ければ聞くよ」


わたしはストレートティーを一気に飲んだ。


「ありがとうございます。でも…… 話すと…… 泣いちゃうので……」


もうこみ上げてきてしまって思わず天井を向いた。


「そっか…… じゃあ、金曜日にカラオケ行かない? 佐久間も誘うからさ」


「はい、行きます……」


「それと、それって長谷川さん関係してるよね?」


「はい…… 」


「そっか、うん、今週も残り二日だから、頑張ろうね」


わたしは一旦、トイレに行き、それから席に戻った。


(5)


金曜日、ジャケットにタイトスカートを履き、パンプスというビジネススタイルに身を固めて、残り一日を取り組んだ。

そして、業務終了後、大久保先輩との待ち合わせ場所に行くと佐久間先輩も来ていた。


するとそこへ長谷川さんも来た。

わたしと一瞬目が合ったが、まるで合わなかったかのように視線が外れていった。

わたしは名前を呼ぼうと開きかけた口を閉じて俯いてしまった。


「全員揃ったし、行こう」


大久保先輩が何事も無かったかのように、明るく声をかけてくれた。

たぶん先輩達は二人ともわたし達が仲違いしていると察知している。

それでこんな機会を設けてくれたんだ……


個室に入ると、先輩達が料理を頼んでくれた。そして各々のドリンクを聞き取るとそれも頼んだ。本来なら一番年下のわたしの役割だ。

そして歌も率先して歌い始めてくれて……


もう情けないのも加わって、また涙がこぼれてきてしまった。

そこへ大久保先輩が来て、わたしの涙を拭いながら歌を歌ってくれた。


この人達、本当に凄いなって思ったら、さすがにわたしも何かしなくちゃって思えてきて、画面を見て、大久保先輩と一緒に歌い始めた。

大久保先輩と歌い、佐久間先輩と歌っているうちに、心が段々と晴れてきて、今は歌だけに集中出来るようになった。

それからは大久保先輩からマイクをもらい、佐久間先輩と歌いまくった。


***


孝太郎が隣に座ってきた。


「友加里さん、今日子ちゃんと何があったの? 大体は察しがついているんだけど、俺の時と同じになってるの?」


私はズバリ見抜かれている事に驚いて、孝太郎の顔を見た。


「その表情は、正解なんだね…… 今日子ちゃんは友加里のことが好きだって言ったの?」


私は頷いた。


「それに対して、あなたは受け止めきれなくて、冷却期間が欲しいって言ったんだね?」


「そう……」


「そしたら今日子ちゃんは何だって?」


「出てっちゃった……」


「それを見送ったわけだ

そして月曜から他人行儀になったって訳だね。一度は打ち解けていたのに、あそこまでよそよそしいとみんな気が付くよ」


「ごめんなさい……」


「それで、一週間離れてみてどう?」


私は何とも言えずに黙ってしまった。

本当は何をしているか気になって、明るい声が聞こえるとムシャクシャして、とても辛かったんだけど、まだたったの一週間だから、もう少し経てば気にならなくなるかも知れない。


「まぁ、居なくなって清々してるのかも知れないけど、一応伝えておくね」


孝太郎が一息吐き出すと、私の顔を見つめて切り出した。


「俺も健太も院卒で入社して10年だから、そろそろ本気で結婚相手を探していてさ。なにげに健太は今日子ちゃんを気に入ってるんだよね。明るくて行動力があって気遣いが上手でさ。見てると可愛くて仕方がないんだと思うよ」


孝太郎が話をそこで止めた。私が目をしっかり合わせるまで待つと続きを喋り始めた。


「このままだと、健太に取られちゃうけどいいの? たぶん今日子ちゃんも健太や俺に好意を持ってたぜ」


「そんな事言われたってどうしろって言うのよ!」


思いがけず大きな声がでてしまった。


「今の正直な気持ちはどうなのよ。居なくなって寂しいんじゃないの?」

「寂しいわよ…… でも女同士なのよ! 気持ちがハッキリしないまま、そんな中途半端じゃ始められないわ!」


「じゃあ、健太が行ってもいいんだね?」


「それって脅迫に近いわよ。私に良いも悪いも何か言う権利は無いわ! 自由恋愛でしょ!」


友加里さんが大きな声を出した時から、わたし達は歌うのを止めて話を聞いていた。

そして今や友加里さんの背中からは湯気が見えるぐらいに、友加里さんが興奮していた。

思わずわたしがなだめに行こうとして、佐久間先輩に止められた。


「ねぇ、友加里さん、そんな建前論じゃなくて、君の感情はどうなの? 彼女が出ていってから今まで、平常心でいられた? 好きになった相手がたまたま女性だったってだけじゃないの? 途中で別れる人なんて大勢いるよ。一生を添い遂げようなんて気負って始める必要は無いんだよ」


友加里さんがわたしの方を向いた。


「あなたが居なくなって辛かった。あなたの笑顔が、そして笑い声が私以外に向けられているのが辛かった。私もあなたが好きだった。許してくれる?……」


「もちろんです…… だからお付き合いしてください……」


「ぅん…… うんうん……」


友加里さんはそれ以上話せなかった。

泣き出した彼女の隣にわたしが座り、落ち着くまで抱き締めた。


先輩達は半ばヤケクソっぽく歌ったり踊ったりしていてくれた。


泣き止んだ友加里さんと軽食をつまみ、歌を歌い、最後は笑顔で解散した。


わたし達は友加里さんの部屋に帰った。




(Fin.)

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