木槿国の物語~それぞれの秋

高麗楼*鶏林書笈

第1話

鍵:

「どうしたんですか、浮かない顔して」

店に来た画員に少年は声をかけた。

「家に帰ったら門に鍵が掛かっていて入れないんだ」

「皆さん紅葉狩りに出掛けましたよ」

「また俺だけ除け者か」

「あなたと一緒じゃ楽しめないって夫人が言ってましたよ」「まぁ、俺もあいつと一緒だと疲れるけどな」


かぼちゃ:

「夫人、注文の品です」

紅葉を愛でている画員の妻に少年はかぼちゃ饅頭を渡した。

「ありがと、美味しそうね」

「御主人、うちの店にいますので帰りに引き取って下さいね」

「分かった。生員どのと一緒なんでしょ」

「いいえお一人です」

「珍しいわね」

「姉上の家に行ったそうですよ」


どんぐり:

「夫人、それどうするんですか?」

大量のどんぐりを拾い集めている画員の妻に少年が訊いた。

「持って帰って団栗餅作ろうと思って。うちの人好きだから」

「夫人が作るんですか?」

「うちの料理人に作らせるわ」

「それはよかったです」

少年は画員の気持ちを代弁した。

「どういう意味!」


水の:

川辺に着くと水の中を覗いて見る。紅葉が艶やかに映っていた。

「こういうのも素敵ね」

画員の妻はさっそく紙の上にこの光景を描き始めた。

「どうも今ひとつの出来だわ」

思い通りに描けなかった妻は呟いた。

「自分如きが創造主の作品を描き取るなんて身の程知らずなんだろうな」


からりと:

 見上げるとからりと晴れ渡った青空が広がっていた。紅葉との調和が画員の妻の絵心を刺激した。持参した道具を広げてさっそく描き始める。

「詩心のある人なら良い詩が詠めそうね」

妻は夫も誘えばよかったかなと思う。

「でも私より生員どののような同好の士と一緒の方が楽しいのよね」


うろこ雲:

絵を一枚描き終えた画員の妻は空を仰いだ。うろこ雲が並んでいた。

「夕食は魚料理がいいわね、うちの人も好きだし」

使用人を全て連れて遊びに出たことに若干の罪悪感があった彼女は夕飯くらい夫の好物にしようと思ったのである。

同行の料理人を呼び、夕飯の準備のため帰宅させた。


坂道:

夕日を背に坂道を画員の妻の一行は下っていった。

仕事も家事も忘れ、美しい景色を愛で美味しいものを食べて、好きなだけ絵を描いて過ごせた一日に妻は満足した。

さて次はどこへ行こうか、冬はやはり温泉かしら‥。

「まずは市場に行かなくちゃね」

少年の店にいる夫を引き取らなくては


祭りのあと:

「夫人、今日は見えませんがどうしたんですか?」

店に来た画員に少年が聞いた。

「紅葉狩りが終わって気が抜けたみたいで部屋で寝ているよ」

「ずいぶん前から準備してましたからね」

「まさに祭りのあとって感じさ」

「でも次は温泉とかいって張り切ってましたよ」

「今度は同行しよう」






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