第14話 内緒ですよ、あれらのことは
「どうした、呆けて。申したいことは他にあるか」
そう言った、今の王女は。灰色の目でウォレスの顔をのぞき込みながら。
ごまかすように笑いながら、ウォレスは何度か瞬きをした。
昔の話だ、昔の。当時はあれからずいぶん、
魔王が怨みを込めて――その死後に時間を空けて発動する術式でも造っていたのだろう、そう噂された――異界から召喚した、とされている最悪の魔物――存在するだけで煤のような瘴気をまき散らし、草木を枯らし雲を穢し、雨もまた黒く穢し。その水を口にした者はあるいは倒れあるいは気が触れたように暴れた――。
邪神は街で瘴気を放った後、迷宮へと姿を消した。軍と冒険者らが――多大な犠牲を払いながら――迷宮内をくまなく探すも、かつて魔王が陣取っていた最深部、地下六百五十四階までどこにも見当たらず。だが瘴気はその下から噴き出す。
王族は退避し民も去り、人の気配が消え失せた、黒く汚れた王都の中を。国からの依頼を受けたウォレスとその仲間たち、それに数組の歴戦の冒険者。彼らだけが迷宮へと向かった。そうしてさらなる深部、隠された地下七百二十四階で。多くの冒険者が倒れる中、ウォレスたちが邪神を討った。殊に邪神へとどめを刺した、ウォレスが一の英雄となった。
そんなことをウォレスが思い返すうちに、王女は笑う。
「ずいぶんと無口になったものだ。あの頃はまた、髪を誉め服を誉め、庭木を誉めては目の色を誉め。熱心に口説いてくれたものだが」
ウォレスは苦く笑ってかぶりを振った。
「まあ、若かったってことで」
若かった。そう、昔の話だ。
思えば、王女は魔王を好いていたのだろう。救出したそのときも感謝する様子はなく、魔王から習い覚えたのだろう魔導を放ってきた――当時の仲間の一人が突風に跳ね飛ばされ、一人が全身を炎に巻かれた――。ウォレスもそれで可能な限り優しくみぞおちに拳をぶち込み――敵意などはない、当然だ。大手柄と褒賞金そのもののような彼女に――、眠らせた上で連れ帰った。
あり得ないロマンスか、王女と、自身を地の底へ閉じ込めた魔王と? ありふれたロマンスか、退屈な王宮から自分をさらってくれた男と? 王女と反逆者、敵対するはずの男と女の?
いずれにせよ彼女はウォレスを仇と定め、そのせいでウォレスはフラれた。――そのはずだ、決まってる。あまりに魅力がなさ過ぎるだとか、そういったわけではなく――。
「それより何です、そう……どうやってこんなとこまで?」
ディオンたちが一緒なのかとも思ったが、近くに姿が見えない。下層でわずかでも離れ離れになることは死を意味する。それを彼らが忘れたはずはなく、王女に許すはずもない。
得意げに口の端で微笑み、王女は首飾りを掲げてみせる。
「『王家の
噂には漏れ聞いたことがある――その秘宝には二つの呪力が込められているという。『
相当な秘宝のはずだが、探索のために借り受けたのだろう。なるほど、その力と転移魔法、それに迷宮の土地勘があれば。よほどのことがない限り困りはすまい。
王女はそこで歩き出し、ウォレスの横を通り過ぎた。そのまま無言で歩を進める。
「ちょ、ちょっと待った。用は何です? 何しにこんなとこまで来たんだ」
振り向きもせず王女は言う。
「言わなかったか、探索だ。龍の宝珠の。汝に会いに来たわけではない」
歩調を緩めずに続ける。
「それと、これだけは頼んでおくか。アミタ、あの子の居場所が分かれば知らせよ。久々に顔が見たいし、話もしたいものだ。汝に申しつけたいのはそれだけよ」
アミタ、か。やはり何か知っているのか、あいつは。あるいは王女の隠している何ごとかを。
遠ざかっていく背に、ウォレスは声をかけてみた。
「殿下。承りました、それに。ご安心を、今も内緒ですよ、これからも。あれらのことは」
王女の足が止まる。
「……ああ、助かる」
それだけ応えると――
ウォレスは大きく息をついた。膝に手をつき、肩を落とし、再び深く息をつく。体が、頭が重かった。
「復讐、ね」
未だに仇と思われているのか、十一年も前のことを。それほどに魔王は、彼女にとって大きな存在なのか――フラれるわけだ、ああそうだ――。大切な人が持っていた龍の宝珠をウォレスなどに触れさせない、それが一種の復讐か。
それは分かる。依頼されながら達成できないとなれば英雄の面目は――そんなものがあるのなら、だが――潰れる、それは分かる。だが、『護ってやる』とは何だ? 彼女は言った、『
考え込んで分からず、ウォレスは大きく息をついた。一つうなずく。決めた。
呑もう。そう決めた。
せっかく最下四層を出たんだ、
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