想妖匣-ソウヨウハコ-〈外伝〉

桜桃

想安

「天才夫婦なんだから」

「〜〜〜〜このっ、クソ親父!!!!!」

「────あ? 何叫んでんだ想安しあん。うるせぇぞ」


 林の奥にある古い小屋。

 そこには噂が流れている。その噂とは、小屋に辿り着くことが出来た人は、自身の持っている〈ハコ〉を開けてくれる──という


 だが、そのハコは〈箱〉ではなく、〈匣〉。


 人の心の中にある、閉じ込めてしまった想いを出すお手伝いをしていると、この小屋の主である筺鍵明人きょうがいあきと、もとい荒木相思あらきそうしは、辿り着いた依頼人に説明している。


 前までは明人と妖であるカクリの二人で行っていたことだが、今ではもう二人。メンバーが増え、小屋の中も騒がしくなっていた。


 そして、今回小屋の中で叫んでいたのは、明人の実の息子である荒木想安あらきしあん

 学生なため、普段は制服にパーカーといった服装をしている。だが、学校が休みの日は軽い格好をしていた。

 白いTシャツに下はジャージ。ラフすぎる服装で片手に雑巾を持ち、明人に向かって怒りの声を上げていた。


 怒られている彼はソファーの上で寝っ転がり、雑誌を頭の上に乗せ寝ている。怒られたことにより意識が浮上したらしいが、それでも体を起こそうとはせず、そのままの状態で受け答えをしていた。


「あ? じゃねぇよ。なんでいつも小屋の片付けを僕とカクリがやらなきゃいけないのさ。たまには父さんもやってよ」

「んなめんどくせぇことする訳ねぇだろうが。つーか、やれって言った覚えもねぇよ。自らやり始めたことなんだから自分で最後までやれ。自分の行動は最後まで責任持つ必要があると思うけどなぁ。あれだ。自分の言葉にはせきにっ──」

「うるせぇよ!!! つーか、僕もやりたくてやってるわけじゃねぇし!!」

「それじゃ、やらなきゃいいだろ」

「部屋が汚れるだろうが!!! そうなれば怒られるのは誰だと思ってんだよ!! 父さんだって同罪じゃん!!」

「誰に怒られるってんだよ。ここの家主は俺だぞ。俺が怒らなければ問題ねぇだろ」

「そういう問題じゃないことぐらい分かってんだよなぁ!?」


 想安は雑巾を振り回しながら明人に怒りの声を上げるが、そんなことを彼が気にする訳もなく、寝続けようと一度開けた漆黒の瞳を閉じ雑誌を置き直した。


 そんな父親の姿を見て、彼は怒りで手を震わせている。そして、我慢の限界になった想安は、雑巾を乱暴に水が入っているバケツへと突っ込み、明人の頭に乗っている雑誌を持ち、その角でおでこを殴った。


「いって!!! 何しやがるクソガキ!!」

「自業自得って言葉を教えてあげるよ」


 明人の文句を聞き流し、雑誌を本棚に戻す。その姿は、カクリの言葉を完全に無視している明人のように見え、彼は複雑そうな顔を浮かべた。


「たくっ。だめだ。こいつはどんどんダメ男になっている。誰に似たんだか……。親の顔か見てみたいものだな」

「鏡を見ればいいだろ。そこにバッチリ映ってるよ。僕の親が」

「おかしいな。今までも鏡を見てきたが、イケメンな男の顔しか映らんかったぞ。お前の親なんて映っていなかったと思うけどな」

「自分で──」


 またしても明人と想安の口喧嘩が始まりそうになった時、小屋のドアが開き、女性の声と呆れたような男性の声が聞こえた。そのため、二人は咄嗟にドアの方へ目線を向ける。


「また喧嘩してる。仲良くしなさい!」

「似た者同士なんだろ。高校生と同じ頭脳だから仕方がねぇよ」


 ドアを開けたのは、茶髪の長い髪を後ろでポニーテールにし、白いロングスカート、薄いTシャツに黄色のカーディガンを羽織っている女性、荒木音禰あらきおとね。その隣には、柄物のパーカーを着ており、下はダメージジーンズ。ブランド物のスニーカーを履いている男性、織陣真陽留おじんまひるだった。


 二人の手には買い物袋が沢山下げられており、日用品の買い出しに行っていたことが分かる。


「まったく。なんでそんなに親子で仲が悪いのよ。家族なんだから仲良くしましょう?」

「母さんとなら仲良くするよ。話が通じるからね。でも、父さんはダメだ。全く通じない。日本語すら通じない日本人なんだ。元々外国で産み落とされたんじゃないの」

「それなら俺は外人ってことか。それはそれでいいかもしれないな」

「言葉も話せないくせに……」

「安心しろ。俺は基本なんでも話せる」


 明人と想安の口喧嘩はいつも平行線で、音禰が止めなければ永遠と続いてしまう。それは、彼が父と同じく〈天才サヴァン症候群〉と診断されたのも理由の一つである。


 最初に診断された際、明人は顔を青くし絶望したような顔を浮かべてしまった。だが、その時音禰が「私達から天才が生まれるなんて当たり前の事じゃない。だって、私達は奇跡を起こした天才夫婦なんだから」と、なんの偽りもない笑顔でそう言ったのだ。

 その言葉に彼は、眉を下げ困ったように薄く笑みを浮かべ、二人は協力しながら想安を高校まで育てたのだ。


 そこまでは良かったのだが、性格が徐々に明人に似てきてしまっているため、人の言葉には倍で返し、嫌味な言葉も普通に口にしてしまう。そのため、学校でしっかりと馴染めているのか、音禰はすごく不安に思っていた。


「想安、学校はどう? 楽しい?」

「つまんない。知ってる内容の授業を耳にしたところで眠くなるだけだし、友達付き合いもどうしてしないといけないのか分からない」


 その言葉に彼女は、苦笑いを浮かべ明人を見る。だが、そんな目線を向けられている彼は、自分など関係ないと言いたげに顔を背け、わざとらしく寝息を立て始めた。それを先程まで静かに聞いていた真陽留が動きだし、明人の横腹に拳を振り下ろした。

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