聞かれる必要のない独白

 空虚な人間だと、思った。


 俺は自分が虚無を抱えた人間だと、分かっていた。


 彼女たちが俺を兄と――先生と呼ぶたびに、俺は自分の中で何かが生まれていくのを感じていた。それは、自分は自分であるというアイデンティティーで――自分は結局のところ、精神に空いた空洞に仮面を押し込んで塞いでいるだけだという確信だった。


 どこまで行っても、俺はただ理想を追っているだけだ。理想を模倣して、歪なカタチを自分に与えているだけだ。自分に強いているだけだ。立派で尊敬できる、家族思いで生徒思いの、優秀かつ優しい――誠実な人間であれと。


 それは逃避ではないのか。それは――人間として間違っていると、どうしてわからないのか。


 誰かが俺にそう問う度に、俺は答えてきた。


 わかっている。


 わかっていて、逃げているんだ。


 それをわかっていて逃げていて――――逃げ続けていて。


 それでもまだわからないんだ。


 俺は何故なのか。


 世界は俺に何を求めているのか。


 俺は自分に何を求めているのか。


 理想は捨てたはずで、意味は失くしたはずで、目的は砕け散ったはずで、決意は崩れたはずで、未来はなかったはずで、過去は振り切ったはずで、期待なんてしていなかったはずで、優しさなんて知らなかったはずで――愛情なんか、持っていなかったはずで。持つ資格なんかなかったはずで。与える資格なんて絶無のはずで。


 なのに何故俺は、なんて仮面を外そうとしないのだろう。


 こんなにも―――――――外すのが、怖いのだろう。


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