夜が明ける
「ああ、だから外出しないでと申し上げたのに」
夜の中。黒い装束に身を固めた細身の人影が、小さくため息をついた。
手にした灯籠をそっと掲げ、己の前方を照らす。
再び明滅を始めた街灯の元、ごみ収集箱の前に投げ出されたように横たわる、首のない体がぼんやりとした光の円の中に浮かび上がる。そしてその体の脇には、黒っぽい球体の何かが。
「今回は何が原因で外に出たんだろう」
「ああ、これっすね」
先にごみ収集箱を開いて中を確かめていた、同じく黒装束を来た大柄な人影が、先ほど捨てられたばかりの白い小さな袋を拾い上げて、灯籠の人影に向かって掲げる。光に透けて、袋の中いっぱいのティッシュと白い泡の残骸、そしてうっすらと黒っぽい影が見えた。
「やめてください、私もそれ系無理なんで、こっち向けないで」
灯籠の人影の隣で、もう一人の黒装束が心底嫌そうな声をあげて身震いする。こちらはかなり小柄なシルエットだ。
そんな彼らの前を、交替、交替、と呟きながら「彼女」はゆっくりと通り抜けていく。
黒装束の彼らの姿や声は、どうやら「彼女」には認識されていないらしい。
次第に闇夜の道の向こうに消えていく「彼女」の背中を見送って、灯籠の人影が再びため息をついた。
「これ、同じようなパターンが前もあったよねえ……。何か対策案を考えてお上に提出しないとダメかもしれないね、そろそろ」
大柄な人影が、拾い上げた白い袋を改めてごみ収集箱の中に戻すと、抱えていた大きなジップバッグを開く。手際良く箱の前に転がる体と首をその中に詰めていきながら、朗らかにも聞こえる声で言った。
「この間はムカデ、その前はネズミ、一回どこかのペットの青大将ってのもあったっす」
「えー、ちょっと待ってくださいよ。ということはですよ? うっかり対策案なんか進言したら、今の『ゴミ掃除』に加えて、害虫駆除までナチュラルに私たちの仕事になる気がするんですけど。本当に蛇とかマジで無理です」
「確かにねえ、それは僕もちょっと嫌だなあ……」
生き物の死骸にこれ以上触りたくないよ、個人的にも。と灯籠の人影は言った。
「しかし、どうやったら完璧に、『夜間外出禁止』を守らせることができるんですかね?」
「正直、今のやり方じゃ難しいよね。ただ『彼女』のおかげで僕たち町の住民は、他の市町村に比べ、圧倒的に大きな災害から守られているのは事実なわけだから。それこそ地震からも水害からも雷からも火事からも」
「親父からもですかね」
馬鹿なこと言わないの、言うと思ったけど、と小柄な人影が大柄の人影を軽くこづいた。
「これ、いっそ公表してしまえばいいのにって思いますよ。そしたら、夜中のたった三時間を捧げるくらいは、わけないことなんじゃないすか」
「とはいえ、どう考えてもオカルトでしかない『彼女』の存在を、国や町がおおっぴらにするってわけにもいかないのはよくわかりますし……」
「情報のバランスって難しいねえ……。まあ、なんにせよ」
――決まりごとを守らなければ、守られないのは仕方がないよ。ここではね。
しゃん、とどこか遠くで小さく鈴が鳴った。
もうすぐ、夜が明ける。
〈了〉
交替の時間 梶マユカ @ankotsubaki
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