交替の時間
梶マユカ
中途半端な八月の昼
駅前の、わりと大きな不動産屋さんに来ている。
クーラーの冷たい風と、ひっきりなしに開閉する自動ドアの外から流れ込んでくる湿度ある熱風が、レトロな扇風機に攪拌されて、椅子に座るわたしの汗ばんだ首筋を掠めていく。厚手のハンカチタオルを取り出して、そこを拭うと、ちょっとだけ涼しさのほうが増した気がした。
このハンカチは、いわゆるお引っ越しのご挨拶用に買ったものだ。小さな紳士服店の片隅にあった数百円の品だが、思いのほか手触りがよく、「日中スーツで外出されることの多い方向けに開発された商品なので、とてもよく汗を吸うんですよ」という営業トークにするりと乗っかり、自分の分も買うことにした、そんな一枚だった。
「暑い時期のお引っ越しは、大変ですよね」
これどうぞ、と小柄で笑顔の可愛らしい女性のスタッフさんが冷たい麦茶をスッと差し出してくれた。軽く頭を下げて、ありがたくその涼味に口をつける。
引っ越し時期としては中途半端な八月だったが、これまでの住まいの、転職先へのアクセスがあまりに悪かったため、思い切って新しい会社までドアツードアで四十分弱の、小さな単身者マンションに移り住むことにしたのだ。
うまいことご縁が繋がり、せっかく得られた正社員の仕事だ。通勤時間ごときで早くも支障を出すわけにはいかない。このご時世、二十代で大したキャリアもツテもないわたしが、次にそんな安定した立場を得られるかどうかなんて正直わからないし。
目の前の契約書に視線を落とす。
やっとのことで見つけたお手頃物件。2DKで窓が南向き、築十年足らずの六階建ての四階。女性も安心のオートロック機能とセキュリティ会社直通システムあり。駅から徒歩十分以内。スーパーもあり。そして大○てるには記載なし。うん、よく探し当てた、わたし。
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