第10話 メルと豚飼い
子供と言うモノは新しいことを覚えると、滅多やたらと使いたがる。
それはメルも同じだった。
「ぴゅっ!」
トイレの魔法である。
アビーが口にするおまじないのような台詞を覚えられないので、メル流に短縮したら『ぴゅっ!』になった。
と言うか、呪文は全く関係なかった。
メルには水の妖精が見えたし、お願いすれば当然のように力を貸してもらえた。
精霊樹の加護を授かった精霊の子なので、妖精は喜んで遊んでくれる。
言葉が通じなくても、心で通じ合えた。
(青っぽく光るのが水の妖精さんだね…)
水の妖精は、小川や池のほとりにいる。
メルと遊ぶ妖精は、畑の傍にある井戸に棲んでいた子たちだ。
トイレの魔法も、水の妖精たちにとっては遊びだった。
メルは畑の端で、水の妖精たちと的当て遊びに興じていた。
道具棚に木っ端を置いて、
当たれば的が倒れて、メルと水の妖精たちは一頻りはしゃぎまくる。
完全に間違った
「メルー、やっぱり畑に居たのね。大切な用事があるから、お店に戻りましょ!」
アビーは遊んでいるメルを見つけて、声をかけた。
「わらしに、ヨージ?」
「メルに相談したいって、お客さんがいるの」
「いく!」
メルは水の妖精たちにサヨナラをしてから、アビーのもとに駆け寄った。
そして近づいた勢いのまま、どーん!とアビーのお腹に突っ込んだ。
頑張って言葉を覚えても、幼児化のバッドステータスは消えてくれなかった。
メルは甘えん坊のままだし、アビーに引っ付くのが大好きだった。
(ぐぅーっ!また、やってしまった。これじゃ、赤ちゃんと変わらないよ)
理性では恥ずかしいと思いながらも両手でエプロンを握り、アビーのお腹にグリグリと顔を押し付けてしまう。
誰から見ても疑問の余地がない、甘ったれの四歳児だった。
「もう、メルったら…。甘えん坊さんね」
「……ふぇ!」
アビーの言葉がメルの胸を抉った。
「おう。アビー、ご苦労さん…」
「畑で遊んでたわ。ご苦労さんとか言われるほど、探さずに済んだ」
「うむっ。わらし、ヨージがあゆで、ママに呼ばれた」
メルは偉そうに言った。
「こちら、エミリオさんだ。おまえに相談があるらしい」
「こんにちは、メルちゃん」
「おう。いらたいませ…」
「それを言うなら、いらっしゃいませだろ」
「いらったいませ…?」
舌っ足らずなメルに、大人たちが笑った。
「相談と言うのはだね…。オレが飼っているブタの話なんだ」
エミリオが切りだした。
「ぶたー?」
「そう…。うちのブタが、悪い病気に罹ってしまったんだ」
「ビョーキ、いくない!死ぬろ…?」
メルがオロオロしながら訊ねた。
「ほっとけば死んじまう。それも沢山だ」
フレッドが深刻そうな顔で言った。
「ぶたー。食べれんくなゆ?」
「ハムやベーコンも食べられなくなる」
「やぁー!」
一大事だった。
肉と言えばブタ。
ブタと言えばベーコン。
メルは羊や牛より、豚肉が好きだった。
鶏も悪くないが、やはり肉と言えばブタである。
魚も好きだけれど、ブタが食べたい。
ブタは外せなかった。
「それで森の魔女さまから聞いたんだけど、メルちゃんが病気を治せるって」
「おまえ、黒い犬を助けた覚えがあるか?」
「イヌ。わんこ…?」
「真っ黒くて、こぉーんなでっかい犬だ」
「うん…。わらし、わんこ助けた!」
「マジかよ…」
フレッドが額に手を当て、椅子の背に仰け反った。
メルを見つめるエミリオは、非常に困惑していた。
(このちみっ子に、うちの
小さな女児の獣医さん。
もうホント…。
悪い冗談としか思えない。
信じろと言う方が無理なんだよ。
だがエミリオには、メルしか残されていなかった。
情けなさ過ぎて、おかしな笑いが込みあげてくる。
だからエミリオは、笑いながらメルに頭を下げた。
なかば、やけくそだった。
「メルちゃん。小父さんを助けてくれないか?」
「いいとも!」
メルはポッコリと膨らんだイカ腹を叩き、自信ありげに請け負った。
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