概念獣
@greenishapple
第1話
僕の仕事は僕の概念獣を使って他人の概念獣を食べる事。
朝起きてまず初めにPCの電源を入れる。開始画面がゆっくりと立ち上がり、パスワードを求められる。毎日変わるパスワードが非通知で携帯電話に送られてくる。それを入れると、黒い画面が現れ、一つだけインストールされているアプリが起動する。そこには今日の分の仕事が入っている。場所と時間を確認してPCの画面を閉じる。
台所のシンクの前に立つとそこには僕の目の高さに合わせた鏡がある。食事を作る時、僕の目、瞳孔の奥に住んでいる概念獣を覗くためだ。一度深く目を瞑り、そしてゆっくりと見開く。昨日の食事は満足に足りるものだったらしい。僕の概念獣は放っておくと僕の食べるという概念を食べてしまう。そうすると食に関する全ての事象が消え、本能であるはずの食欲でさえ湧かなくなる。食べない状態が続くのは他人から見て異常でも、枯渇した胃に何かを入れろと体を作る細胞が悲鳴を上げていても、脳は信号を送らない。高校に入学するまでの僕は酷く痩せていた。瘦せ過ぎていた。今、僕の概念獣は他人の概念を食べて生きている。もちろん、他人の概念は僕の身体機能を維持する炭水化物・タンパク質・ミネラル・ビタミン等、何も持ち合わせていない。一日三食、規則正しい食事をとれるようになって僕の体重は平均的な男性のものになった。食事を終えて、食器を洗いながら見えるはずのない僕の概念獣を見つめ、食器を戸棚に置き、台所の水回りを軽く掃除しきれいにし終わったら、一度目を閉じる。瞑想でもなく祈りでもない。鏡に映る閉じられた目の奥にいる自分に脅迫めいた声色で言い聞かせる・・・食べる事は生きる事、だと。
仕事の場所はクライアントの要望によって決まる。定期検査をしに学校を回ることもある。概念獣によって引き起こされた犯罪と断定され実刑を受ける者や保護観察処分となった者の中の特に危険と判定された概念獣を管理する為の施設に行く事もある。心療内科に足を運ぶことも多い。朝10時にとある心療内科へ行く事が今日の仕事だ。人間の脳には様々な役割があり、その各役割の使用領域も決まっている。僕達は産声を上げたその時から様々な概念と共生していく。乳幼児は生きる為に泣く。お腹がすくと泣くし、排せつをして泣くし、眠くなると泣く。言葉を通して意思の疎通を図るという概念が育っていない彼らは、潜在的に備わっている泣く・鳴くという概念(行動)を行使して欲求を伝える。ある一定の概念が産まれ増殖することを、概念獣が住み着いたと言う(思春期における自己形成時に何らかの負荷がかかることで産まれるとされている)その状態が長く続き脳の各役割の使用領域を超えると、加速度的に概念獣が成長し、概念獣に囚われる、または縛られる状態に陥る。この状態の概念獣をもつ人間は、脳の分泌物による精神の安定を支配され文字通り身体の身動きが取れなくなり、最終的に概念獣に支配されると、他人との合理的な意思疎通をすることが難しく普通の社会生活を送れなくなる。心療内科には軽度から最終段階に入っている重度の患者が多く滞在している。
病院の入り口を入ってすぐの受付でパスワードに使われた番号を伝えると、すぐに担当者が僕を迎え入れた。
「おはようございます」
「おはようございます」
軽く会釈を交わし、黒いスーツを着た穏やかな笑顔の藤岡はすぐに担当医のいる場所まで案内してくれた。担当医と藤岡と僕は念入りに管理された扉をくぐった後何もない白く長い通路を通り、椅子一つとモニターだけの部屋についた。この部屋に入る全ての患者は目隠しとノイズキャンセリングのイヤホンが装着されていて、誰が部屋にいるかは分からない。患者を支えるように体格の良い男の看護師が患者の左右についている。看護師の一人が手を引きながら患者を椅子に座らせ、もう一人が手際よくモニターの電源を入れ、脳の活動領域を測る器具を装着し、動きに不具合が無い事を担当医に伝えた。担当医は患者の観察記録を藤岡と確認し、藤岡の了承を得て僕に話しかけた。
「それではこれから治療を開始したいと思います。30%で宜しくお願いします。」
看護師によってイヤホンが外され、患者に治療の開始が伝えられる。患者はコクリと頷き、イヤホンがまたつけられた。僕は両手で患者の頭を軽く掴み、僕の額は暖かさを交わせるほど患者の額と接近し、僕の目の裏に患者の概念獣が映った。
「開始します」
治療に痛みは伴わない。患者の肺が息をゆっくり出し入れしている間に僕の概念獣は患者の概念獣を食べ終わった。
「終わりました」
僕は一時の間部屋から退出し、部屋の横に併設されている椅子に座り次の患者を待った。窓のない部屋の中で看護師は患者の強く握られた掌を開いてゆっくり深呼吸をするように促している間、担当医と藤岡は解放された領域を確認しなければいけない。担当医により眼帯とイヤホンが外され、眼球運動、瞳孔や聴覚反応など身体機能の確認と自身の記憶のすり合わせが行われる。看護師は絶えず心拍数を測定しているモニターの確認をしている。稀に、概念獣が住み着いた場所と使用領域の広さによって、解放後の患者の精神に予想以上の負荷がかかり、精神のバランスを崩してしまう場合がある。治療は少しづつ定期的に行われるが、僕の概念獣では解放される場所の制御ができない為、治療後は患者の様子を念入りに確認しなければならない。確認が全て終われば、看護師と患者は部屋を出ていき、もう一人の看護師が僕を部屋に入れ、看護師が新しい患者と入室してくる。今日はここで10件。前回と同じ患者が7人。新規の患者が3人。軽度が5人。重度も5人。90%解放の患者が一人。完治者無し。最後の一人が眼帯の奥で涙を流しているのを遠目で見ながら退室し、同じ椅子に座って、いつもの様に終わるのを待った。
藤岡と僕は病院を後にし、いつもの喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
「90%解放の奴、いただろ、今日。どうだった」
「何がどうだったって」
「お前の気持ちだよ。俺が患者の事を聞くわけがないだろ」
「どうって、何もないよ。どうも思わない」
「そうか。良かった。」
藤岡は一口飲んだコーヒーカップをソーサーの上にそっと戻した。社会は見えない約束事で出来ている。患者について何も知らされない。治療者として名前が出ることもない。過酷な肉体的労働を伴わない。命の危険もない。ゆとりある生活がここにはある。
「空腹感はあるね?」
「そうだね。こんなに食べれるとは思わないけど」
「食べれるさ。午前7時に朝食を食べて、今、午後2時だ。腹が減っていないわけがない。そうだろ?」
食べ物は暖かいといい匂いがする。目の前の湯気が淡く立っている料理を一口飲みこむと、空っぽになっていた胃に血液が送られていくのが分かる。冷たくなっていた手に暖かさが戻り、食べ物を運ぶ箸が少しだけ早く口に到着していく。僕の舌は食べ物の味と同時に寒暖の変化を認識し、口内は潤滑な食事を促すように唾液を分泌している。藤岡は嬉しそうに僕の顔を眺めながら店員に空いた皿の片付けを促し、僕は午後2時半に藤岡が頼んだ全ての料理を食べ終えた。食事の為にテーブルについているのは僕達だけだった。特別美味しいコーヒーが飲めるわけでもない喫茶店だが、食事のメニューは豊富でどの時間帯に訪れてもハズレがない。飲み残されたコーヒーを店員が片付ける前に藤岡と僕は会計を済ませ店を出た。支払われた金額を確認する事はなく、必ず出してもらう領収書を財布にしまい、店の前で解散する。
太古の昔から人間と共生してきたと言われている概念獣は学術的に研究されその存在が実証されるまで見えない何かでしかなかった。僕達の様な人間を使っての治療や対処方法が確立されると、社会を変革できる技術として見えない何かは見えなくても価値がある物になった。藤岡輝石は国の研究所で働いている概念獣監察官で、僕の概念獣がいつ、どこで、誰の概念獣を食べるか優先順位をつけ管理している。お前を使って社会実装してるだけだから気にするな、事情も理由も原因も知らされず蚊帳の外にいる僕は、藤岡の言葉を信じて誰かの概念獣を食べ続ける。
社会において“仕事”は沢山の人が作業を分担し、何かしらの“結果”がだせるように出来ている。大抵の仕事は愕然とするほど時間が掛かる、まるで一族全員の餃子を皮から作るように。まず膨大な量の材料の買い出しから始まり、材料を切る人、肉を包丁でたたいて挽肉にする人、皮を作る人などと作業を分担する必要がある。人には出来不出来があり、皮を上手く綿棒で伸ばせない人やタネをはみださない様に皮に包めない人は、他の作業に回るしかない。不格好な餃子はせっかくの肉汁が漏れ出す可能性がある。仕事は結果が全てだ。誰にでも最初がある様に失敗し経験を積むことは大切で、先達者は失敗を糧にして成長し成功を収めるまで修練しろと言うが、肉汁がもれたヘロヘロの餃子を誰も食べたいとは思わないだろう。失敗が続くと自助努力にも限度があり、上手くできる人がやればいいと大抵の人は思う。挽肉を作る事も仕事の一部で、結果を出すには誰かがやらなくてはいけない。そしてその作業に適しているのは自分だと、仕事に貴賤はないと、他の仕事に回ればいいのだ。吟味された調味料を手順通りに混ぜ合わせていく事だって、立派な仕事の一部だ。ニンニクは多めがいいとか、肉の挽き目具合や練り具合は粘りが出るまでとか、クレーム/要求がでるのが当たり前で、それを理解し対処できるように上司に掛け合うのも仕事の一部だ。幾つもの不備や仕様はそのつど調整され、みんなで一緒に良い物を作ろうと試行錯誤を繰りかえす。その中で、間違っても自分が何もできない人間だと思いこんじゃいけない。思い込みで浮き沈みはするし、サービス残業や過労死みたいな破滅に向かうこともある。そんなのはもってのほかだ。社会には役割がある事を僕は身をもって学んだ。僕が関われる仕事は一番最後で一瞬で終わる。食べる事もれっきとした仕事だと思う事にした。
茹でた餃子の触感は焼いた餃子とはかなり異なる。茹でる餃子はスージーの家族から学んだ。黒酢と砂糖をつけてる食べ方も。自分で作るようになって、皮が少し厚いほうが好きな事に気づいた。
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