ヴァーチュアル・ユーチューバー
上本利猿
ヴァーチュアル・ユーチューバー
ヴァーチュアルユーチューバー
俺の名前は「俺ちゃんねる」。もちろん本名では無い。
この名義で俺は最近流行ってるYouTuberとか、インフルエンサーとかの
ゴシップを取り扱ってる、所謂「暴露系YouTuber」だ。
最近取り上げて反響が大きかったのは……そうだ、男性グループのYouTuberの不祥事だ。確か肌が黒いやつが5股ぐらいしたんだっけ。
テレビとかにも出てて持て囃されるやつらだが——所詮トーシロだ。
危機管理も守秘義務もまるでなっちゃあいない。
その時のネタを掴んだのもそいつの知り合いだ。簡単に口を割ってくる。
そして配信で暴露してやるんだ。
特に週刊誌よりも早くすっぱ抜いた快感は忘れられない。
プロのアイデンティティを、何でも無い一般人の俺が破壊する。
大胆で、破滅的で、そして何より甘美で仕方がない。
端的に言えば、“最高”だ。
ま、トチって炎上することもあるがね。人生楽ありゃ苦もあるさ。
だから今もこうやって画面の前で、ゴシップの種を探してる訳だが……。
「……なんで“無い”?」
俺はある問題に直面していた。最も、俺自身には関係がないことだが。
ゴシップを扱うにあたって、やはり流行の「シーン」を知ることは重要だ。
具体的に言えば、TikTokでこんなやつが流行ってるとか、あの芸能人がYouTube始めたとか。そういう情報をSNSで取り入れることも仕事の一つ。
なのだが……。
「フェイスレス、か。」
俺がその名を知ったのは約24時間前。最近流行りそうなYouTuberを調べて
ウォッチする中で、とあるリスナー送られた一通のダイレクトメッセージに、
その名前は書かれていた。
“俺ちゃんねるさん、フェイスレスってグループYouTuber知ってます?”
聞いたことがないが、わざわざDMで送ってくる辺りそれなりに知られてきているグループなのだろう。
俺はまず、YouTubeでフェイスレスとやらを検索した。
無い。何一つ無い。おかしいぞ? 何で無いんだ。
いくら画面をスクロールしても動画はおろかチャンネルすら見つからない。
リスナーに騙された? いや、騙して何になる。そんな事してもメリットは無いはずだ。
手を変えよう。冷えた缶コーヒーを喉に流し込み、俺はTwitterでフェイスレスを検索する。
そこにはフェイスレスのファンと思われるユーザーの投稿が数百件あった。
書かれていることは普通だ。メンバーがカッコいいとか、この動画が面白いとか。
問題は、メンバーも、動画も“無い”ことだ。
カッコイイと言われているメンバーの写真はどこにも見当たらない。
最近デザインされたらしいおしゃれでエモいグループのロゴも見当たらない。
「何だこれ……? 集団幻覚か何かか……?」
“無い”ものを寄ってたかって面白がっているようにしか見えない。
時刻は午前三時。眠たい目を擦りTwitterのメディア検索を利用して、共有されていたフェイスレスの動画リンクを見た瞬間、俺は一気に眠気が覚め、
かつ血の気が引いた。
普通YouTubeの動画リンクは、Twitter上ではサムネイルとタイトルが共に表示される。
だがフェイスレスのそれは———真っ黒だった。
真っ黒のサムネと、黒塗りのタイトルと説明文。
Instagramでも同じだ。tiktokの切り抜きも、他のユーザーの動画は普通に表示されるのに、
“フェイスレスが写っているであろう”動画は、真っ黒で、不気味な、カラーバーで流れているものを低くしたようなノイズが流れていた。
「何なんだよこれ……気味悪りぃ。」
———
俺がフェイスレスを発見してから一週間が経った。
これまでのYouTuberとは比べ物にならない速度で、
奴等(?)は知名度を上げている。無いものが、無数の人間たちに知られていた。
息抜きにYouTubeの急上昇を見たら、ベスト10の半分は黒塗り——つまりフェイスレスの動画だ。
勿論黒塗りとノイズが20分ほど続くだけだった。
だがコメント欄を見るとTwitterと同じようにあのメンバーがカッコよかったとか、この件が面白かったとか、平凡な感想が2000件近く連なっている。
存在しないものに群がりはしゃぎ倒している。
俺はこの光景に既視感を覚えた。
Vtuberだ。だがそいつらは活動する上でイラストは存在してるし、そのイラストに声を当てている奴も存在している。
フェイスレスは、何も無い。メンバーの写真も無いし、動画もないし、
所属事務所とされる会社も名前だけで実態はない。
存在しない。周りの人間があると仮定している、まさしくvirtual—仮想的な—youtuberだ。
怖い。恐怖は冷や汗となり、背筋を伝った。
このままフェイスレスだけじゃなくて、“他の何か”も存在しない何かに侵されるんじゃないか? 俺はそんな恐怖に支配されるようになっていった。
———
もう三週間が経った。
フェイスレスは世界最速で登録者2000万人を突破した。
これだけ人気なのに俺は奴等を観測することができない。
奴等を観測した人間からしか、俺はフェイスレスの情報を知ることができない。
俺は最初、フェイスレスがおかしいと思っていた。
だがここ最近、その前提すら崩れてきていた。
この世界そのものが、存在しないものの狂気に、侵されているんじゃないか?
そう思うようになってきたし、そこから、youtuberの殆どが黒塗りになっていった。知っていたyoutuberは消えて、全て“無い何か”に黒く塗り潰されていった。
もう、何もかも黒く見えるようになっていった。
もう、もう耐えられない。
逃げなきゃいけない。無いものから、あるものを守らなきゃいけない。
当てもなく俺は自宅を出た。
———
「だから、僕の周り以外は全部、仮想的な存在なんです。」
「そうですか」
男は目の前のケーシー型スーツを着た人間に向かってひたすら持論を語っている。
男は身元不明者であり、自らを「俺ちゃんねる」と名乗った。
自称配信者らしいが、該当するチャンネルは存在しなかった。
「だから、フェイスレスは存在しないんですよ!」
人気男性グループyoutuberである“フェイスレス”は“存在しない”。
それが彼の持論であり、世間はその存在しない狂気に侵されていると主張している。
だが、先述したように存在しないのは「俺ちゃんねる」の方だし、
彼の身元を示す持ち物は何一つ存在しなかった。
“futures made of virtual insanity now”
「未来は、存在しない狂気で形作られている。」
“virtual insanity”(1996) - jamiroquai
ヴァーチュアル・ユーチューバー 上本利猿 @ArthurFleck
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