松村博士の大いなる発明~タイムマシン

藍河 峻

「こんにちはー!」

 あたしは挨拶しながら研究所のドアを開ける。廊下を通って作業室の扉を開くと、中には二つの人影があった。「あ、高橋さんも来てたんですね」

「やぁ、茉莉ちゃん。二日ぶりかな」

「おお、茉莉、良いところに来た」

 振り向いた初老の男性が、あたしの祖父である松村竹夫。理論物理学の博士号を持っていて、でも最近は理論だけでは飽き足らず、何かしらを発明しようと色々な部品を作っている。こう見えても、特許料で研究所をまかなう程度は稼いでいるらしい。

 そんな祖父を手伝っているのが、大学院生の高橋さん。毎日のように研究所に来ているけど、大学院生ってそんなに暇なのかな? そう思って一度尋ねたことがあるんだけど、「僕が大学院生の代表だと思ってはいけないよ」だって。

 あ、ちなみにあたしは松村博士の孫で、今は中学校に通っている。今日は学校の帰りにそのまま研究所に寄ってみた。面白いものが見られると高橋さんからメールをもらったからだ。

「なにを作ったの?」

「まあ、いいから見とれ。あと2分程じゃ」

 博士――おじいちゃんがそう呼べ、と云うので仕方なく呼んでいる――が傍らの機械の上を指し示した。色とりどりのケーブルが何本も走っている、ローテーブルくらいの大きさの装置には、四隅に棒が立っていた。

「一体、何を――」と見ていると、装置の上、四本の棒の中の空間が揺らぎ始め、そしてそこに現れたのは、一匹の黒猫だった。

「え、ヨハネス?」黒猫――間違いない、うちの飼い猫のヨハネスだ――はにゃあ、と一声鳴くと、装置を降りてあたしの脚にすり寄ってきたので、抱き上げる。

「やった、実験成功だ!」高橋さんが歓声を上げた。

 実験!?

「博士、いや、おじいちゃん! またヨハネスを動物実験に使ったの!?」

「いや、すまん。次は哺乳類だ、と云うときにちょうどそいつが通りかかったんでな」

 ちなみにヨハネスという名前は、もちろんヨハネス・ケプラーから取った。何故ケプラー?ってよく友達に訊かれるけど、ヨハネス・ケプラーはあたしがリスペクトする科学者の一人だ。

「で、今回は何に使ったの?」

「ふふ、聞いて驚け。わしはとうとう、タイムマシンを完成させたのじゃ!」

「あ、そこはわしら・・・にしてください」

「おお、すまんすまん。茉莉よ、その猫はな、現在の猫ではなく、2時間前の猫なのじゃよ」

 博士はまだ60歳になったばかりだけど、博士とはこういうものだと云って、こんなお年寄りじみた口調になっている。

「――2時間前にヨハネスを送ったってこと?」

「その通り。相変わらず茉莉ちゃんは理解が早いね」

「十分に安全性を考えてからやったんでしょうね? さっき哺乳類がなんとかって云ってたけど」

「魚から始めて両生類、爬虫類、鳥類と段階を踏んでね、さあ次は哺乳類だって時にね――」

「ちょうどその黒いのがそこを歩いておったのじゃよ」

「だからって、ヨハネスを使わないで!」

「まあまあ、そのヨハネスくんのおかげで哺乳類の成功も確認できたんだから。考えてみてよ、世界で初めて時を駆ける猫になったんだよ」

 むう、時を駆ける猫か。ちょっとかっこいいかもしれない。





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