#16
2025年9月26日金曜日、スクエアタワー最上階にて
家に帰ってすぐ、リビングのソファに横になって考えていた。
もう何時間そうしているだろうか。
先ほどまでの会話が頭にこびりついたまま離れない。
『峻平くん、きみにとって、正義って、何?』
『正義というのは……正しいことをすること』
『あ、その正しいことってのがなんなの? って質問ね』
『…………』
『その、さっき言ってた、みんなが笑顔で過ごせる世の中、ってやつ?』
『……はい』
『………あのさ、そんな世の中になるためには、ある程度の犠牲が必要だと思うんだよね。例えば、誰かが大きい病気をしたとして、その治療費が必要です。でも、お金が足りません。金融機関に相談してもダメでした。それで盗むしか方法が無くなりました。ってときは? この状況、盗もうとしてる方も盗まれる方も両方笑顔になれる選択肢、ない気がするんだが……』
『…………』
『もしかしたら、こういう状態の人が今、この国に2人とかだったらきみの力だけでもなんとか助けられるかもしれないね。でもそんな人が世の中にはごまんといる。その人たちを、きみは常に一人一人見ていられる?』
『……いや、できません』
『だったら、それなりの犠牲は出る。きみには犠牲者になるかならないかの瀬戸際に立っている人たちの運命を決める覚悟はある?』
『…………』
答えられなかった。
俺には、その覚悟がないから。
生きている人には、それぞれの人生がある。
それぞれの過去がある。
未来もある。
誰を犠牲者にするか選ぶということは、彼らがどうしても叶えたいと願う想いを、俺が諦めさせるということだ。
俺には、そんなことはできない。
そう思ってしまった瞬間、いままで信じて進んできた俺にとっての”正義”ががらがらと音を立てて崩れ去った気がした。
正義って、なんなんだろうな……
「悩んでるの?」
声がした方を向く。
「……あずさ」
彼女は笑顔で、
「悩んでるの?」
もう一度訊いてくる。
「まさか……悩んでなんていない。俺はただ――」
「”正義って、何?”か……あづさにはなんだかよくわからないけど、あんまり難しく考えなくてもいいんじゃないかな」
「だが――」
「ねえしゅんちゃん。しゅんちゃんはね、いっつも迷惑かけっぱなしのあづさのことを、何度も何度も助けてくれた。だからね、あづさは正義とか正しいこととか、なんなのかよくわからないけど、あづさにとってしゅんちゃんは、一番の正義の味方なのです。だからね、しゅんちゃんはこれまでと変わらずに、笑っていればいいんだよ」
そうか。
そうだったな。
俺ははじめ、こいつを笑顔にするためだけにこの国を治めようと思ったんだよな。
あずさがこんなに笑顔で、俺のことを正義の味方って言ってくれてるなら。
俺のしてきたことは何も間違ってない、よな。
身近な存在を笑顔にすることは、絶対の正義に違いないはずだから。
そうだよな、あずさ。
「……ありがとう、あずさ」
「どういたしまして」
そう言ってはにかむと、あずさはおもむろに時計を見た。
俺もつられて時間を確認する。
0時15分。
いつのまにか、日付が変わっていた。
2025年9月27日土曜日
「しゅんちゃん、お誕生日おめでとう」
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