おはじき

@riiko0308

第1話 美里

残高153円。


スマホでログインしたネットバンキングの明細を見て、車の中で大きなため息をついた。



結婚して数年。


生活は良くなるどころか悪化する一方だ。


「ママ~、早くイーオン行こうよ!」



娘の梨沙が後部座席のチャイルドシートからiPadを操作しながら急かしてくる。



「すぐ行くね。」


財布には1000円ちょっと。


足りない分はカードで払えば良いか。


そう思いながら白く磨かれたベンツを走らせた。




美里は郊外の高級住宅街にすむ専業主婦だ。


年齢は34歳。


お喋りが大好きな4歳の娘の梨沙と10歳年上の夫と3人暮らし。



夫は小さいながら会社を経営しており、傍から見れば上品で優雅なセレブ妻で通っている。




華やかな容姿とスタイルで昔からいつもどのシーンでもそれなりに目立つ存在であった。



夫との出会いは俗にいう合コン。


会社経営者の集まりということもあり、期待して挑んだその会で、見事交際まで進み、のちに結婚まで辿り着いたのは美里ただ一人で、その時の合コンメンバーにも羨ましがられたものだ。



バツイチの夫は歳の離れた美里を溺愛しなんでも好きなものを買い与えてくれたのでプロポーズされた時に迷いはなかった。


その後、年老いた両親の生活の面倒を見ているので結婚したら今までのようにプレゼントは出来なくなるかもしれないと言われたが、こんなに私を愛してくれている人だからそんなことないだろう。と特に気に留めなかった。


結婚して数か月してすぐに妊娠した。


新婚であったし美里が同居を拒んだ為、自分達の家のローンと義両親の家のローン、それに加えて二つの家庭の生活費を支払う為に夜遅くまで働いていた。



子供がお腹にいるので不思議とさみしくなかった。


出産準備に勤しみ、母親教室など通って出来たプレママとお茶をしたりと、世界一幸せものだと思い込んでいた。



夫も優しかったし、自分の事と生まれてくる赤ちゃんの事で頭がいっぱいだったので全く夫の異変にも気付かなかったのだ。



10ヶ月が過ぎ無事に可愛い女の子を出産した。


幸せだった。


SNSにも早速アップし、これから始まるキラキラママライフに胸を躍らせていたのだ。




出産してから二ヶ月半実家でゆっくりしていた。

実家にいた残りの二週間、夫は仕事が忙しいと言いながら顔を出さなかった。


帰宅した我が家は荒れ果てていたが、片付ける気にならず赤ちゃんをベビーベッドに寝かしつけて自分も横になろうとしたその時、やつれた顔をした夫が二階から降りてきたのだ。



「びっくりした!なんでいるの?!」


「みーちゃんごめん、最近会社が上手くいってなくて、仕事がないんだ。

でも今だけだから待ってて」


「最近忙しいって言ってたじゃない?

あれ嘘だったの?」


「それは本当で、、

資金繰りが厳しくて融資担当の銀行の人といつも打ち合わせしていたから。


ここ数日は仕事がなくてすることがないから家に籠ってた、、ごめん。」


「ちょっと待って、どう言う事?

資金繰りって、マンションも買ったばかりだし、梨沙も生まれたばかりなのにどうすんの?借金とかはないよね?!」


美里は慣れない育児からか夫にキツく当たってしまった。



息苦しい空気感に耐えきれず、美里は抱っこ紐に梨沙を入れて家を飛び出した。



これからどうしたら良いの。

カズくんの会社が潰れたらどうしよう。



歩きながらどうしようもない不安が押し寄せた。


それとは裏腹にスヤスヤと寝息を立てて眠る娘は天使だ。



この子の幸せを守りたい。



でも自分が惨めな想いはしたくない。



母になったけれど、身支度を蔑ろにして、我が子のためになりふりかまわない!家族のために私も働いたり、節約しよう!

そんな思いまでして子育てはしたくない、それを自己中心的な母だと思われても、自己顕示欲が強い美里にはそれが我慢できなかった。


今の時代、SNSで色んな人の生活が垣間見れる。


同じ時代に生きていても、生まれた時から階級が違うように、結婚してもまた自分に稼ぐ能力が無ければ結局選んだパートナーによって自分の人生のステージも変わってしまうのだ。



親ガチャとはよく言ったものだ。


お金持ちの家に生まれてきた子は大概の悩みが解消されると思う。

悩みの殆どはお金で解決できる。

何かの本でも読んだっけ。


美里は中流家庭で育ったごく普通の女の子だった為、より一層お金持ちの世界に憧れがあった。


頑張って買ったブランド品を一つ身につけて出掛けるのが精一杯の自分と、デイリー使いでブランド品を持ち、ハイブランドの服を普段着に着こなしている学生の時の友達を見て心底自分との格差を感じた。



それなりに普通の家庭だと思っていた我が家と彼女の家庭との格差は本当に酷いものだと感じたのもその時だ。



それから結婚して子供には絶対そんな思いさせたくはないと心のどこかで思っていた。


肩身が狭いと言うと親には失礼だが、やはり学生の時などはそういう友達の横では肩身が狭かった。



夫が大変な時に、自分が変わって支えられらる蓄えも経済力も無いことが夫への怒りに変わってしまったのだ。


情けないが夫に頼りきっていた自分も恨んだ。



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