【1-6】国境線の戦い

 それから数週間後。俺達はヘリコプターの中にいた。


紅鹿こうろく学園の前線特科部隊とは現地合流だ。偵察部隊によると既に国境線を挟んで交戦中。今回俺たちは聖園みその側につく事になると思うが……」

「?」

「会長? どうしました?」


 俺と日向ひなたは首を傾げる。

 会長はなんとも言えない複雑そうな表情で小さく呟く。


「付近で我が校や紅鹿学園、そして交戦している兵士とは別の部隊の姿があるらしい」

「別の部隊?」

「ああ。別の部隊」

「偵察……ですかね?」


 その謎の部隊が何をしにきたのか、現時点ではそれすら分からずそれが怖いと会長が言う。

 すると別の機体にいるレオ先輩から連絡が来た。


『新たな情報です。相手側に神霧かんむ学園の部隊がつきました。どうやら先程伝えられていた謎の部隊のようです」

「神霧学園⁉︎」

「なんでまた……」

「恐らく俺たち目当てだろうな」


「しかし敵に回ったか」と会長は呟きながら外を見る。真下では砲弾やら銃が飛び交い、砲撃による振動で機体が大きく揺れる事もあった。


「もうすぐで目的地だ。降りる準備をしろよ」

「了解」

「はい、了解です!」


 徐々に高度を落とす機体。久々の戦場に俺は緊張していた。すると、会長が「時雨しぐれ」と名前を呼ぶ。


「無理はするなよ」

「善処はします」


 そう言って俺は胴体のベルトに収まっていた拳銃を手にする。扉が開くと同時に俺たちは外に飛び出した。



※※※



 地獄絵図というと、きっと目の前のような光景を言うのだろうか。


(何度戦場に行ってもこれだけは慣れないな)


 時期が時期だけに、より臭いがキツく感じる。

 ぎゅうと胸が締め付けられたように気持ち悪くて息を吐くと、隣にいた会長の視線を感じてそちらを向く。


「大丈夫か?」

「大丈夫、です……」


 会長はため息をつくと、側にいる紅鹿学園の生徒達を見る。

 蘇芳香すおうこう色の詰襟の学生服を着て、それぞれ刀だったり槍だったりと武器を持っている彼らからはとてつもない気迫を感じた。

 

(あっちの生徒会長ゴツいなー……)


 体格のいい男子生徒達の中でもより目立つ黒髪短髪の男の胸元には太い飾緒があり、黒いマントを翻しつつ、軍帽を深く被っていて表情は見えないが、威圧感がすごかった。そしてその周りにいる男達も、戦場に慣れているだけあって表情が凛々しい。

 

「流石、紅鹿学園は戦慣れしているな」


 会長が呟くと俺も思わず頷いた。

 紅鹿学園は年に数回行われる共通戦力テストにて、常に上位に生徒の名前が載る位には、戦力のある学園である。

 ウィーク学園よりも前線特科の班は少ないものの、それをカバーするように通常の前線がおり、彼等もまた力のある者ばかりだったりする。

 そのうちの一人。先程から目立っている紅鹿学園生徒会長の鬼海きかいゴウヤは、領域内でも十位に入る高成績者だった。

 空気による熱を重ねに重ね、圧縮されたパワーを一点にして押し出すという能力を持っており、噂では海を切り裂いたなんて話もある。

 鬼界会長はこちらの視線に気が付いたようだが、すぐに前線に視点を戻す。

 

「ウィーク学園の会長か?」

「ああ。ウィーク学園生徒会長の小刀祢ことねサクだ。貴方は」

「紅鹿学園生徒副会長の相良あいらアカヒコだ」

「相良……」


 会長は小さく驚きの表情を浮かべる。それもその筈で、副会長の彼もまた有名な人物の一人だった。

 鬼界会長に次ぐ紅鹿学園の高成績者。攻撃に使える能力ではないものの、過去と未来の限定的な情報が透視できるという力を持っていた。

 相良はかけていた眼鏡に触れつつ、じっと会長を見つめる。そして一言「成る程」と呟いた。


「此度の戦い。よろしく頼む」

「ああ。こちらこそ」


 会長と相良が挨拶に手を握る。と、相良の視線が会長の隣にいる俺に向けられた。


「所で、彼は」


 話しかけられどきりとする。会長は俺の肩を掴むと前に押し出す。


「我が学園の最高成績者です。ほら、ちゃんと挨拶しろ」

「ちょ、……あ、えっと、時雨、レイです」

「時雨レイ……。擬似魔術の」


 鋭い眼孔に、目を逸らしつつもとりあえず挨拶すると、しばらくして相良は溜息をついた。

 あ、やっぱり気に障ったかなと不安に思っていると、相良が去り際に耳打ちされる。


「死に急ぐなよ」

「……え」


 その言葉に呆然としていると、会長は「完全に見られたな」と少し警戒しながら呟いた。


「限定的とはいえ、過去と未来が見える……か」

「会長」

「なんだ」

「俺ってそんなに死に急いでます?」

「……さあな。ま、とりあえず。お前は偵察にいけ」


 無線機で連絡しつつ、会長が親指でくいっと後方を指した。


「そこで九恵ここのえや紅鹿学園の生徒と合流しろ」

「……分かりました」


 無線機を投げ渡された後、渋々頷いてその場所へと向かう。

 ヘリポートから少し離れた森林内にある拠点。そこには数人の生徒がいた。


「あ、来た。大丈夫?」

「ま、何とか……」


 話を聞いたのか、サナが心配そうな表情で俺を見る。

 能力としては高レベルだとしても、実戦ではあまりいい成績を持っていないから今度こそとは思ったのだが、気持ち的にも中々上手くはいかない。

 すると「へえ」と近くから声がして振り向く。


「君があの擬似魔術の能力者くん? の割には何か弱そうじゃん」


 積まれた木箱に跨りこちらを見下ろしながらその生徒は言った。

 紅鹿学園の制服を着てはいるものの着崩しており、いかにも「不良」って感じの男子生徒だった。

 俺よりも先にサナがムッとすると、その男子生徒に近づき見上げる。


「んだよ。九恵。文句でもあるのか?」

「あるよ」

「ふーん」


 やれやれと言わんばかりに男子生徒は木場から降りると、サナに歩み寄る。サナは少し退くが、櫻島がその分近づき、肩に手が置かれると辺りの生徒達が騒めく。


「……っ、櫻島さくらじま

「おっと、ここでその名を出すのは無しな。九恵」

「……櫻島?」


 何処かで聞いた事があった。それか誰なのか思い出そうとすると、周りにいたウィーク学園の女子生徒の一人が声を上げた。


「も、もしかして、櫻島リエト……⁉︎」

「えっ⁉︎ あのリエト様⁉︎」

「う、うそ……!」


 女子達がザワザワとする中、櫻島は爽やかな笑みを浮かべ自分の口元に人差し指を当てる。


「シー……だ。いいな?」

「「「キャァァァッ‼︎‼︎」」」


 女子の黄色い声が上がり、一瞬にして大騒ぎになる。

 戦場に似つかないその声を聞きつけたのか、教官が「何をしとるんだ‼︎」と怒鳴りに来た。


「まーたお前か‼︎ リエト・サクラジマ・オルゴーリオ‼︎ ここは戦場だぞ! 何を考えてるんだ‼︎」

「分かってますって」


 女子達も怒られる中、サナが舌打ちしながら離れてやってきた。


「だからあいつは好きじゃない」

「もしかしてアイツ」

「櫻島リエト。バニマウのギターボーカル」

「バニマウ……ああ、バンドの」


 バーニングマウンテン。今女性の間で人気になっているロックバンド。櫻島の他にも後三人いるのだが、もしかして他のメンバーもあんな感じなのだろうか。

 当の本人は教官に怒られた後も、うちの女子生徒達と楽しく話していた。

 その様子を眺めていると、視線に気づいたのか櫻島がこちらを見て向かってくる。


「ごめんごめん。話切っちゃって」

「相変わらずだな」

「人気者だからね」

「はぁ……」


 サナがため息をついて、呆れたように櫻島を見る。それを鼻で笑った後、再び俺を見て言った。


「んで、何? この青年くんの悪口を言って怒った訳?」

「……まあ」

「ふーん?」


 櫻島は俺をまじまじと見る。その時一瞬櫻島の目が光った気がした。

 その時俺の中で何かが芽生えた。


「かっこ……いい。……ってなっ⁉︎」

「ふふっ、ありがと」


 勝手に口が動き、声を発する。一瞬にして櫻島に対して【強制的に】好意を持ってしまったようだ。

 顔が熱くなりその場にしゃがみ込むと、サナが「櫻島っ!」と声を荒らげた。


「今能力使ったでしょ‼︎」

「いーじゃん、別に。というか、そういう精神を操る能力者もいるから気を抜く方が悪いっしょ」


 精神を操る能力。それを聞いて成る程とつい思ってしまった。

 そもそも能力を持つ人々の中で、自分や鬼海会長の様に直接攻撃できるような能力を持つ者の方がごく僅かである。そして、そんな能力を持つほど負担も大きい。

 やり返さないの? と言わんばかりに見られ、顔を上げつつも目を逸らす。能力の効果はまだ残っているらしい。


「何が目的なんだよ」

「いや、ね。今回同じ任務だしさ、ほら、俺有名人だし? 顔と声で商売してるようなものだからさ」

「……」

「要するに、守ってもらいたいわけ。負傷したらヤバいし」

「櫻島……」


 サナの目がより鋭くなる。赤くなるぐらいに拳を握りしめ、今にも殴りかかりそうだった。

 俺が黙っていると、背後から「先輩!」と日向の声がして振り向く。


「あ、なんかお取り込み中でした?」

「いや、むしろ助かった」

「ん? ……あ、貴方は⁉︎」


 日向が櫻島を見て声を上げる。それに気づいた櫻島は「おっ?」と呟き、にやりとする。

 だが、日向が口にしたのは櫻島が思っている事とは別のことだった。


「いつもの常連さん‼︎ まさかここで出会うなんて‼︎」

「そっち⁉︎」


 予想外のあまり、櫻島はその場でずっこける。サナはポカンとしつつも、小さく笑った。


「ああそうか。日向は芸能人という認識よりも常連さんとしての認識が強いもんね」

「そうなんですよね! 櫻島さんいつもありがとうございます!」


(そんなにあの店有名人来てたのか)


 日向がバイトしている鍋専門店を思い浮かべつつ、思わず苦笑する。

 櫻島はやれやれと言った感じで日向と握手をしていた。


「全くお前らにはプライバシーってもんはないのかよ……」

「す、すみません……」

「はぁ……んで、時雨だっけ? さっきの話忘れるなよ」

「え」

「櫻島‼︎」


 思い出したかのように怒るサナをよそに、櫻島は笑顔で手を振って離れた。

 日向が茫然とする中、サナは溜息をつく。


「あいつの話は本気にしないでいいよ」

「あ、うん。なんか悪いな。代わりに言ってもらったみたいで」

「別に。元々あいつの事気に入ってなかったし」

「……なんか修羅場だったみたいですね」


 小さくなった櫻島の背中を見つめていると、無線が入る。会長からだった。

 すぐに無線に出て返事すると、ポケットから腕時計を取り出して時間を確認する。


「じゃ、行くか」

「そうだね」


 頷き合った後、二人と一緒に目的の場所に向かった。

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