城下にて 2

 騎獣に運ばれ、城下の商店街へとやってきた少年は、活気溢れる街並みに圧倒された。金の国の商店も賑やかではあったが、ここ黄の国の商店は賑わいの方向性が違うのだ。金の国よりも、もっとずっと親しみやすいというか、とても庶民的な印象を受ける。店はしっかりとした家屋の内部に構えられているものよりも、地面に直接敷かれた布の上に商品が並べられた、露店のような様相のものが多い。照り付ける陽光から身を守るように、屋根代わりの布が張られてはいるが、どちらかというと簡素な店構えである。

 だが、少年なりに職人として目利きしてみれば、売られている品の質が低いということはないと判った。王宮までの道中で見た店もやはりこういう造りをしていたから、この国の店ではこういうスタイルが一般的で、それは首都でも変わらないということなのだろう。

(それにしても、見たことがない品がたくさんあるな……)

 旅の途中ではあまり見る時間がなかったが、こうして改めて眺めてみると、金の国ではあまり目にすることのない品が結構並んでいる。金の国の貿易祭では、希少価値の高いものや汎用性のあるものが優先的に仕入れられるため、各国の庶民的な特産品というのは意外と出回らないものなのだ。

 色々と面白いものはあったが、特に少年の目を引いたのは、店先で調理工程自体を見世物に客寄せをしている料理店だった。雷魔法らしきもので食材である砂兎を華麗に捌き、スパイスの香りが強く漂うスープへと入れていく様子は、まるでショーを見ているような気分にさせる。

(……でも、あの雷魔法、なんかどこかで見たような気が……)

 じっと調理ショーを見ている少年に気づいたアグルムが、ああ、と呟いた。

「“雷の包丁トル・ピサウ”か」

「とる、ぴさう?」

「てっとり早く食材を切り分けるための雷魔法だ。この前陛下がザナブルムに対して使った筈だが、見ていなかったのか?」

 言われ、記憶を探った少年だったが、スロニアの街で黄の王が繰り出した魔法と店先で食材を切っている魔法とが同じ物だとは到底思えない。

「……お、同じ魔法、なんですか……?」

 恐る恐るといった風にそう尋ねれば、アグルムが頷く。

「“雷の包丁トル・ピサウ”は、食材それぞれに適した切り分けをする雷魔法だ」

「しょ、食材に適した……」

「砂兎なら、胸肉、もも肉、すね肉、といったように部位分けされるし、魚なら基本的には三枚おろしにされる」

「す、すごいですね……」

 あの短い呪文の中に一体どれだけの情報が詰まっているのだろうか、という少年の疑問を察したのか、アグルムが再び口を開く。

「陛下が、火霊と風霊に代表的な食材の扱いを覚え込ませたんだ。だから、火霊と風霊が勝手に判断してくれる」

「…………ええと……?」

 言っている意味が判らなくて思わず聞き返した少年に、アグルムは少しだけ不思議そうな顔をした。

「まさかお前、知らないのか? リィンスタット王国のクラリオ王と言えば、次々と新しい魔法を開発していることで有名だと思うんだが」

「そ、そうなんですか……?」

 隣国のことすらよく知らない少年が、更に離れた黄の国のことなど知る筈もない。冗談抜きで初耳だった少年が驚けば、アグルムは呆れたような顔をしてから、それでも話を続けてくれた。

「トル・シリーズと言ってな。頭にトルがつく魔法は全て、うちの陛下が新しく創った魔法だ。例えば“雷の包丁トル・ピサウ”なら、こういう料理屋用に開発された料理魔法だな。うちの国では店先で調理の様子を見せる形式の店が多いから、そういう場で使えるだろうと思って創ったらしい。だから、本来はザナブルムに使うような魔法ではないんだが……」

 まあ、目立ちたかったんだろうな、と続いた言葉に、少年は内心で、ああ、と呟いた。確かにあの王様ならあり得ることだな、と思ったのだ。

「陛下だから問題はなかったが、生半可な人間がザナブルム相手にあの魔法を使えば、それこそ魔力を根こそぎ持っていかれるだろう。“雷の包丁トル・ピサウ”は、使用対象に応じて消費魔力も変動する魔法だからな」

 人間を丸呑みにできそうな巨大な生物相手に使ったならば、当然消費魔力も桁違いに大きいのだろう、と少年は思った。そしてそれをなんでもないことのようにやってのけてしまうあたり、国王というのはやはり規格外らしい。

 だが、実力者であればあるほど呪文や詠唱の類を必要とせず、ときには精霊の名前を呼ぶだけで魔法を発動できると聞いていたが、どうして黄の王はわざわざ魔法を新たに確立しているのだろうか。王であれば、要点を言うだけで同様の現象を引き起こせそうなものだが。

 抱いた疑問を素直に口にすれば、アグルムはそれにもきちんと答えてくれた。

「確かに陛下ならば、わざわざひとつの魔法として確立する必要はないのだろうが、それでは陛下以外が使えないからな。きっと、自分だけの魔法を作りたいのではなく、この国の魔法自体の底上げを考えているんだろう。……ああ見えて、お優しい方なんだ」

「そうなんですね……」

「あとは、単純に魔法として確立した方が効率が良い。いちいち要点を説明するよりも、呪文ひとつで発動できる方が早いだろう?」

「あ、はい、確かに。……でも、それなら他の王様もそうしていてもおかしくないと思うのですが……?」

 当然の疑問に、アグルムは肩を竦めた。

「新しい魔法を確立するためには、相当な根気がいるんだ。なにせ、全ての精霊に現象についての共通認識を持って貰う必要があるからな。かなり高度な説明力と、精霊が飽きずに話を聞き続けてくれるようにするための工夫がいる。クラリオ王陛下は、そのあたりの才能がずば抜けていたんだろう」

 どうやら、魔法に優れていれば誰でもできる、というものではないらしい。確かに、火霊の制御が苦手らしい赤の王にはできなさそうな芸当だ。

「それで、どうする?」

「え、っと……?」

「あの砂兎料理が気になったんだろう? 買って食うのか?」

「あ、じゃあ、折角なので……」

 別にお腹が空いていた訳ではなく、単純に魔法で食材を捌いている様が珍しくて見ていただけだったのだが、そういう流れになってしまったので取り敢えず頷いておく。そのまま財布を取り出そうとした少年だったが、アグルムがその手をそっと抑えた。

 僅かに肩を震わせた少年に、申し訳なさそうな顔をしたアグルムが手を離す。

「すまない。咄嗟に手が出てしまった」

「い、いえ、あの、……すみません……」

「いや、口で言えば良かったな。金を出す必要はない。ここは俺が支払う」

 その申し出に、少年が慌てて首を横に振る。

「いえ、あの、これくらい自分で払いますので……」

「客人に払わせる訳にはいかない。大丈夫だ。経費で落とす」

「ええ……」

 こんなことで経費を使って大丈夫なのか、と思った少年だったが、ここ数日のアグルムを見る限り、彼はかなりの頑固者である。断ろうとしたところで、きっと徒労に終わるのだろう。

 仕方なくアグルムの申し出を受けた少年は、しかし渡された砂兎のスープを口にした途端、思わず頬が緩んでしまった。辛めのスパイスが効いたスープと砂兎の甘い肉との組み合わせが、思った以上に美味しかったのだ。野菜も長時間煮込まれているのか、口に入れた瞬間にとろけるようだった。

「あの、とても美味しいです。ありがとうございます」

「そうか。それは良かった」

 結局、おやつにしては少々重めなスープを綺麗に平らげてしまった少年は、その後もアグルムに連れられて様々な商店を巡り、リィンスタット王国を堪能したのであった。

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