リィンスタット王城 3

 そんな微妙な空気が広がる中、黄の王がさてこの状況をどうしたものかと考え出したところで、扉をノックする音が部屋に響いた。そして、王がそれに対して返事をする前に、勢いよく扉が開く。

「クラリオ様ー! 全然お呼び出しが掛からないから来ちゃいましたわー!」

「エインストラを紹介してくれるって言ったくせに遅いのが悪い!」

「ごめんなさい、クラリオ様。私は大人しく待ちましょうって言ったんですけど、皆さんがどうしてもと言って聞かなくて」

 わいわいと思い思いのことを喋りながら入ってきたのは、煌びやかな衣装に身を包んだ女性たちだった。ざっと二十人は超えているだろうか。結構な集団である。

 あまりにも不躾な入室に、しかし黄の王はぱっと顔を明るくして大きく手を振った。

「もう奥さんたちこのタイミングで入って来るとか最高ー! なになに? なんか微妙な空気になったなこれどうしようって困っちゃったクラリオくんのことを察してくれたの? すごくない? 俺愛されてるなぁ!」

 なんだか一人で盛り上がっている王を、アグルムが呆れた顔で見る。一方の少年は、王が口にした言葉に驚きを隠せずにいた。

(お、奥さん……たち……?)

 一体どれが奥さんでどれが奥さんではないのだろうか。入室した女性たちは皆似たような服装をしているから、恐らく侍女の類ではないだろう。ならば、奥方と王家の血縁者がこぞってやってきた、ということだろうか。

(いや、でも、なんで女性ばっかり……)

 正直少年は、母を思い出すから大人の女性はあまり得意ではないのだ。それがこんなに沢山となると、少々身構えてしまう。だが、そんな彼にはお構いなしに、女性たちは少年の方へとやってきた。取り囲まれることこそないが、それに近い状態に陥りかけて、少年は内心で悲鳴を上げた。

「やだー、かわいいー」

「坊や、いくつ? 十五歳くらいかしら?」

「顔色良くないぞ? 体調悪いのか?」

「まあ、本当だわ。医師を呼びましょうか?」

 心配そうにこちらを見る女性陣に、少年は大丈夫だと言って、懸命にいつもの微笑みを浮かべて返した。そんな集団と少年の間に、何も言わないままアグルムが割って入る。

「ちょっと、邪魔をしないでちょうだい」

「不躾だぞ、お前」

 少年を隠すように立ちはだかったアグルムに、女性陣からブーイングが飛ぶ。だが、アグルムに動じた様子はない。ちらりと王を見た彼は、特に表情を変化させることなく女性たちに視線を戻した。

「国王陛下から、こいつを守れと命じられているので」

 途端、女性陣から更なるブーイングが飛んでくる。まるで私たちが悪者扱いじゃないかだの、あんたの方が悪役顔だだの、割と酷いことを言われているが、やはりアグルムに堪えた様子はない。

 少年はなんとなくだが、もしかするとこの国ではこういうのが日常茶飯事なのかもしれないな、と思った。そして実際のところ、少年のその考えは正しかった。

「はーいはい、奥さんたちそこまでー。取り敢えず一旦俺の傍に来ようね」

 ぱんぱんと手を叩いた王にそう言われ、女性たちが渋々といった様子で王の元へ向かう。それを見たアグルムも少年の前に立つのをやめたが、彼の場合は傍を離れる気はないようで、少年の斜め後ろに移動しただけだった。それはそれで落ち着かないのだが、大勢に囲まれていた先程よりは遥かにマシである。

 少しだけ気持ちが落ち着いた少年は、改めて女性たちを見た。

 容姿も歳も雰囲気も、何もかもに統一性がない集団だ。黄の国の民らしき人もいれば、寧ろ雪国である銀の国あたりの出身なのではないかと思えるほど肌の白い人もいる。皆、黄の王と随分親し気な様子だが、それ以外の共通点を見出すことが少年にはできなかった。

 内心で首を傾げた少年に、女性たちと楽し気に話していた黄の王が思い出したように顔を向けた。

「ああ、悪い悪い。紹介が遅れたな。こちら、俺の奥さんたち」

 にこっと微笑んでそう言った王に、少年の思考が一瞬停止する。

「…………えっと……、皆さん、ですか……?」

 遠慮がちにそう問えば、王は勿論だと頷いた。その答えに、少年が絶句する。

 改めてきちんと数えてみると、この場にいる女性は全部で二十三人。この王は、その全てが王妃だと言うのだ。確かに貴族の重婚が認められている国は多いが、それにしたってこれだけの女性と婚姻を結んでいる人間はそういないだろう。

 内心では素直に引いてしまった少年だったが、勿論それを表情に出すことはしない。だが、そんな彼の様子がおかしいことに気づいてしまったらしい黄の王は、少しだけ首を傾げたあと、ああ、と頷いた。

「可愛くて素敵で最高な奥さんたちに囲まれてる俺を見て、羨ましくなっちゃったパターンね。いやぁ、男の嫉妬は見苦しいぞぉ」

 いや、全然そんなことはないのだが、と思った少年だったが、まさかそう言う訳にもいかないので、曖昧な微笑みを返しておいた。一方の王は、そんな少年にはお構いなしに、自分の奥方の紹介をし始めた。

 だが、何せ人数が多すぎる。名前を覚えるだけでも一苦労だというのに、加えてひとりひとりの紹介がやたらと長く、少年の記憶容量は三人目あたりから既に限界を迎えていた。

 結局、奥方の紹介がひと通り終わった段階で少年の頭に残っていたのは、自分でも呆れるほどに些末な情報のみだった。

 取り敢えず、少年が最初に抱いた印象はあながち間違いではなく、黄の国外から嫁いできた王妃がかなりいるようだった。中には、生まれがリアンジュナイル大陸以外の人もいるそうだ。

(それだけ色んな国と交流してるってこと、なのかな……?)

 だが、だからといってこんなにも王妃の国籍にこだわらないものだろうか。王家の人間ならば、そういうことには気を遣いそうなものだが。

 ぼんやりとそんなことを考えた少年は、しかしその答えを知ったところで何になる訳でもないと気づき、あっさりとその疑問を忘れることにした。こういうとき、物事にあまり執着しない性格は便利である。

「という訳で、俺の愛する奥さんたちをどうぞよろしくな! そんでもって奥さんたちは、取り敢えず大勢でキョウヤに近づくの禁止ね」

 そう言った王に、王妃たちから不満の声が上がる。何故だか判らないが、どうやら少年は王妃たちに気に入られているらしい。これまでに面識がないどころか存在さえ認知されていなかっただろうに、不思議な話もあったものである。

 とにかく少年を構いたくて仕方がない様子の王妃が多いようだったが、それでも黄の王は頷かなかった。

「ごめんねぇ。でもそれ、禁止事項に抵触しちゃうんだよなぁ。だから我慢して? ね?」

 禁止事項、という言葉に、少年が首を傾げる。一体何のことだろうかと思った少年だったが、その疑問はすぐに解けた。

 懐から何やら分厚い封筒を取り出した黄の王が、その中に入っていた便箋の束を捲り始める。

「あーほらこの項目。『キョウヤは大人の女性が苦手なので、適切な距離感を保ち、強引な言動は避けること』ってあるでしょ? まあ一人とか二人とかなら良いのかもしんないけど、あんま大勢で押し掛けるのは良くないかなぁって」

 そう言って便箋を見せられた王妃たちは、そういうことなら仕方ないわねー、と意外とあっさりと納得した様子だったが、納得がいかないのは少年の方である。

「あ、あの、禁止事項って……? それに、その手紙は……?」

「あー、これな。ロステアール王が送ってきたんだよ」

「あの人が……」

 思わずそう呟いた少年に、黄の王は大量の便箋をばさばさと振って見せた。

「見ろよこれー。めちゃくちゃ分厚いだろ? これぜーんぶお前の話なんだぜ? 寝るときは眼帯外してるから寝室覗くなとか、風呂は一人で入らせてやれだとか、広すぎる部屋だと逆に落ち着かないだろうから適度な広さの部屋を用意してくれとか、花の蜜が好物だからデザートはそういうものが良いだとか。まあそんな感じのことが、びっちり便箋二十枚分」

 いやー引くわー、と言ってケラケラ笑った王に、引きたいのはこっちである、と少年は思った。

(なんであの人、僕が花の蜜好きとか知ってるんだろう……)

 そんな話をした覚えは一切ないので、普通に怖い。

「あー、あとあれも渡されてたんだった。おーい!」

 何かを思い出したらしい黄の王が、扉に向かって声を掛ける。それを受けて部屋に入って来た侍女に王が何事か言うと、彼女は一度退室してから、何か大きな袋を抱えて戻ってきた。そして、それを受け取った黄の王が、そのまま袋を少年へと差し出す。

「ん。ロステアール王から。開けて良いぞ」

「は、はあ……」

 間の抜けた返事をしながら受け取り、言われたとおりに袋を開ける。そしてそこに入っていたものを見て、少年は顔に貼り付けていた微笑みを引き攣らせてしまった。

「…………ロスティ……」

 そう。袋の中にいたのは、あのくすんだ炎の色をした巨大なテディベアだったのだ。

「……あの、これは……」

「なんか知らねぇけど、自分と長期間離れるのはお前が寂しがるからって寄越されたぞ」

 そう言った黄の王が、袋の中を覗き込んで盛大に顔を顰めた。

「うへぇ。これ完全にあの王サマをモチーフにしたぬいぐるみだよな? 引くわー……」

「え、あ、いや、あの、別に僕は……」

 あの王がいないところで寂しくなどならないし、なんなら少年の方が絶対に引いている。そう思った少年だったが、はたと周囲に目を向けると、黄の王だけでなく王妃たちも若干うわぁという顔をしていた。それはそうだろう。当然の反応だ。だがこれに関して、少年には一切の落ち度がないのだ。

 なんとか判って貰えないだろうかと後ろを振り返った少年だったが、アグルムもまた異物を見るような目でテディベアを見ていたので、望み薄なようである。

(……なんか、もう、良いや……)

 こうして、赤の王との仲を盛大に勘違いされた状態で、リィンスタットでの生活が始まったのであった。

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