『無人の島』

N(えぬ)

人のいない島に降る雪は……

「手に入れたぞ。手に入れたんだ。夢の無人島」

彼は抑えられない微笑みを浮かべて周囲を見回していた。


『無人島に行くとしたら、あなたは何を持っていきますか?』

そんな質問をされたことがないだろうか。あるいは似たような状況に置かれた場合の自身の対応について聞かれたこと。今、彼はその状況に置かれている。置かれるといっても誰かに強制されたわけではない、彼はこの島を買ったのだ。人生の多くの時間を費やして貯めたお金を使って買い取ったのだ。


島は歩いて5分ほどで一回りできる程度の小さなもの。島の周りは木が生い茂り、ちょうど真ん中あたりに小さな家が一軒建てられている。家の周りは小さな野原。野原といっても、要するに雑草が生えた土地だ。だから少し手入れをすれば、少しは見栄えが良くなるだろう。その野原の先を少し行けば小さな海岸がある。海岸の先は遠浅の海が広がり、その先を見ると遠くに対岸の町の光がわずかに見える。


町の遠い光は島での生活の不安を軽くしてくれた。


「無人島を求めて、やって来たというのに、町の光に安心を覚えるとわ」


彼は苦笑いをしたが、それでもよかった。

「この解放感。自由な空気」それが感じられたからだ。



島での暮らしは町での暮らしと大差なく行える。ただし、電気や水道、ガスなどなどのインフラは整備されていないから島に蓄えたものを使うしかない。食料や水、燃料などのものは月に一度、補給船が来てくれることでまかなう。


しばらく住んでわかったことだが、こんな小さな島にも四季があった。彼にとって、それは意外な気がしたし嬉しいことだった。島の木々は春夏と深い緑をして、秋には紅くあるいは黄色くなるものもあった。


「ふぅ~寒くなった」と呟いても、誰もいない。『屁をひっておかしくもなしやもめかな』というのがあるけれど、ここでは何を言っても何をしても、誰も聞いていないし見てもいない。誰も干渉して来ない。

気を使う必要もない。

「何をしても一人」



冬になり、寒さが増した。島の冬は思いのほか寒かった。町は家があるビルがある。人がいる。熱気がある。けれど島は、風を遮るものもない。


「風が冷たい」


彼は、これまでの人生で一番厳重な冬支度をした。


「夏の暑さは耐えられたが、冬はくじけそうだ……」と思いながら日々を重ねた。


「今夜は雪が降るらしい」


もしここで雪が降ったら、どんなふうになるのだろうと思いながら、少し楽しみになった。


朝、小さな家の窓から外をちらりと覗くと、外が白いことが分かった。

前夜は雪を楽しみに空を見上げながら遅くまで起きていたが、起きている間には降らず眠ってしまった。雪は彼が寝入った後の夜半から降り出したのだった。


「雪だ。やっぱり雪が降ったんだ」


そう思って彼は外の雪景色を頭に思い描きながらドアを開けて外に出た。と、外に出て家の周りの野原を見た瞬間、ハッと息をのんだ。


「こんなことが……?」


彼の想像では、野原は一面雪で覆われていて、そのまっさらな雪野原を踏んで歩こうと思っていた。

だが違った。雪野原にはすでにそこら中に足跡があった。だれか一人ではない者が、大きな足から小さな足、いろいろな足跡が積もった雪の上を踏んで跡を残していたのだ。しかも、足跡は彼の目の前で雪を踏みしめて、みしりみしりと一つずつ増えているのだ。


「足跡を付けているのは、誰なんだ……」


ここは無人の島ではなく『無尽の島』だった。



おわり

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『無人の島』 N(えぬ) @enu2020

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