Episode.4 ミーナの旅立ち

 ミーナは元々冒険が好きな少女だった。

 それ故、西の方もある程度は勝手を知っていた。

 今までの隠れ処ほどではないとはいえ、休憩する程度ならカイブツからその身を隠せる場所も何となく目途を付けていた。


「ちょっと疲れてるから、一旦ここで休憩して一晩明かそうと思うんだけど……。」


 地下に続く階段を前に、ミーナは妖刀に相談を持ち掛けた。


『安心せい。わしは睡眠要らずじゃから、傍にさえ置いておけば危ない時すぐに起こしてやれる。』

「ありがとう、助かる。」


 如何いかに冒険が好きな少女とはいえ、隠れ処以外の場所で眠るのは初めてのことだ。

 それも、いざとなった時に守ってくれる大人たちの居ない状況で。


 独りというのはこれほどまでに心細く、際限の無い不安が伴うものなのか。

 妖刀が一緒でなかったら、押し潰されて身動きが取れなくなっていたかもしれない。


 ミーナは眠りながらそんなことを考えていた。

 そしてこの一晩が、彼女に自身に明確な要求を芽生えさせた。


「妖刀さん……。」

『どうした?』

「本当にいるのかな……? わたし以外の生き残りが……。」

『おるじゃろ、そりゃ……。』


 妖刀は当然のことの様に即答した。


『仮に人類でお前さんの所にいた男達が唯一の生き残りだとすれば、そうなるだけの必然性が何かある筈じゃ。しかし、昨日一目見た限りではとても特別な人間たちには見えんかった。また、仮に何か特別な方法で生き残っていたら、自分達以外に生き残りがいるとは夢にも思わんじゃろうから、お前さんに希望を残すようなことも言うまい。』

「信じていいのかな……?」

『それはお前さんが選ぶことじゃろう。ま、最後にしおらしくなったところは汲んでやっても良いのではないかと思うがの……。』


 ミーナは思い返す。

 当たり前に帰れる場所があり、当たり前にぐっすり眠ることが出来た環境がどれだけ有難かったか。

 そして、彼女はこう望んだ。


「安息の地……。もう一度手に入ると良いな……。」

『そうじゃの。何処かに見つけられると良いの。』


 そして、ミーナは再び眠りに落ちた。

 きっと彼女は肉体以上に心が疲弊して磨り減っている。

 それを気遣い、今は可能な限り寝かせてやろうという優しさが妖刀に宿った人格にはあるらしい。




***




 翌朝、意外にもミーナは妖刀が起こす前に目を覚ました。


『お前さん、もういいのか? もう少しゆっくりして行っても良かろうに……。』

「もうばっちり、体力全快だよ!」


 ミーナは力強い足取りで西へと歩き始めた。

 彼女は少し心を躍らせている。

 何故なら、今日彼女は今まで行ったことのない領域へと足を踏み入れる。

 冒険心溢れる彼女にとって、未踏の地に入ることはこの上ない喜びだった。


 失われた古い文明が作り上げた世界。

 それは機能を失った今もなおその残骸を遺し、複雑な道はまるでコンクリートのジャングルだ。


 そして歩き続けると、その景色は様変わりしていく。

 少しずつ建物は小さくボロくなり、もっと先へ進めばそれすらも疎らとなり、道も険しくなる。


 ミーナはそんな変化を楽しみながら次の日も、また次の日も都度寝床を確保しつつ歩き続けた。


『ミーナよ。』

「どうしたの、妖刀さん?」

『お前さん、思っとった以上にタフじゃの……。』


 妖刀の声は半ば呆れ混じりだった。

 既にミーナは建物の見えない山道に入り、その険しさはこれまでの比ではなくなっていた。

 恐らくは人生で最も過酷な経験だろう。

 しかし、彼女は全くへこたれる様子を見せない。


『うーむ、しかしここまで来てしまうと、お前さんの父親が言っていた人の気配とは無関係の場所じゃろうのう……。』

「あ、確かにそうかも……。でも、それならそれで別の人たちを探せばいいじゃない?」

『前向きじゃの。ま、今の状況を考えれば良いことじゃろうが……。』


 ミーナは呆れる妖刀の声を余所に、木々を掻き分けながら獣道を進む。

 そして彼女は声を上げた。


「あ、妖刀さん見て!」

『見るも何も、わしは自分の周囲の様子は全部見えとるよ。』


 ミーナの視線の先にはかつての文明が作ったと思しき建物の群が並ぶ低地が夕日に照らされ広がっていた。



「もしかしたらあの中に……!」

『うむ、人類の生き残りがおるかも知れんの。』


 ミーナはその場所を目指して歩き出した。

 しかし辿り着く前に夜になってしまったので、その日は適当に開けた場所を探してそこを宿とした。




***




 翌日、ミーナは目を付けた低地、建物の群の中へと足を踏み入れた。

 久々に古い文明が残した建物に、彼女は胸を躍らせる。


「山は山で楽しいけど、こういう昔の人が作った場所も違った楽しみがあるんだよね。」

『お前さん、何と言うか水を得た魚のようじゃの……。』


 彼女は道なりに歩いて行く。

 と、脇に何やら奇妙なものが横たわっているのが目に入った。


「これって……。」

『むぅ、気の毒に……。』


 女の死体だった。

 ミーナにとっては母親以外で初めて見る同性が死体だったことになる。


「妖刀さん、ちょっと変じゃない?」

『どういうことじゃ?』

「だって、こんな所に放置されてる死体にしては綺麗だもの。カイブツの死体だって、二・三日もしたら他のカイブツに食べ尽くされちゃうんだよ?」

『そうなのか。しかし見たところ、この仏さんは明らかに何者かに殺害されておる。胸の外傷、血痕……。間違い無くこれが致命傷じゃろう……。』


 ミーナも、そんなことは解っている。

 だからこそ「変」なのだ。

 人間を襲っておいて、殺しておいて食べないカイブツなど見たことが無い。

 ミーナの両親はカイブツに襲われて殺されたが、死んだのは傷を負った状態でどうにか逃げおおせた後の事だった。

 その後大人たちは死体を埋め、ミーナを連れて隠れ処を移すことになったが、後で気になって見に行くと両親を埋めた場所は何者かに掘り起こされ死体は綺麗さっぱり無くなっていた。


 では何故、明らかに殺された死体が手付かずで横たわっているのか。

 この辺りに住む、この女に害を与えた生き物はミーナが暮らしていた地域のカイブツとは性質が違うのか。


 とその時、ミーナは背後に気配を感じた。

 周囲を視覚出来る妖刀はもっとはっきりと見ていた。


『ミーナ、横に跳べ!』


 妖刀の叫びが先か後か、ミーナは彼の言う通り身を躱した。

 謎の男が振るう錆びた金属のパイプが空を切っていた。


「誰⁉ いきなり何をするの⁉」


 ミーナは男の顔を見上げた。

 男、というよりはミーナよりも少し年上の青年は最初険しい顔で彼女を睨んでいたが、徐々に目を見開いて警戒の構えを解いていく。


「お前……いや、きみは人間か……?」


 どうやらこの細身の青年はミーナのことをカイブツと思い込み攻撃を仕掛けてきたらしい。


「そういう貴方あなたも……人間……?」

「やっぱり喋っている……。ということは、紛れもない人間か。カイブツは喋らないからな。しかし、見ないかおだ。」


 青年の態度に、ミーナは考える。

 一つは、この辺りには人間と姿形がそっくりなカイブツがいるということ。

 もう一つは、紛れもない人間も青年の傍で生活しているということ。


 彼女にとって、後者は朗報である。

 彼の集落に加えて貰えれば、当面の目標である「安息の地」も手に入る。


わたしはミーナ。東で暮らしていたんだけど、わたし以外の大人たちはみんなカイブツに殺されてしまって、それで人を求めてここまで歩いて来たの。」

「そうか。それは悪いことをしたな。ぼくはルカ。確かに、ぼくはこの近くで数人集まって共同生活を送っている。」


 青年の眼に敵意は無い。

 それに、ミーナを襲ったことにもどうやら事情がありそうだ。

 ミーナはいくつか質問をし、その答えから彼が信用できるか確かめようと考えた。


「どうしてわたしに後から殴りかかったの?」

「すまない。この辺りには最近、ぼく達の仲間の振りをしたカイブツが出るんだ。それで何人かやられてしまっている。あと、どうやらきみも危ない所だったらしい。」


 ミーナがルカの答えの意味を尋ねる前に、女の死体が突然ミーナに襲い掛かってきた。

 ミーナは妖刀を抜き、女の死体を真っ二つに切り裂いた。

 死体は紫色の、顔から脇に掛けて目が点在するイヌ科の小動物のようなカイブツに姿を変えて絶命した。


「驚いた、強いなきみは……!」

「事情は分かった。カイブツは死体に化けていることもあるんだね?」

「ああ。だから犠牲者が出ても迂闊うかつに埋葬できないんだ。今まではこんなこと無かったんだけど……。」


 ミーナは考える。

 こういう状況なら、ルカが疑心暗鬼になるのも無理はない。

 そして、自分たちの見知った顔以外に人間が現れても信用できないだろう。


「一緒にお世話になるのは難しいかなあ……。」

『じゃろうな……。』


 妖刀も同じ見解らしい。

 しかしルカは、そんな彼女に一つの提案を持ち掛けた。


「とりあえずぼく達のリーダーに話してみるよ。ミーナは戦力になる。だったら、討伐隊に加わることで仲間と認めて貰えるかもしれない。着いて来なよ。」

「討伐隊?」


 首を傾げるミーナに、ルカは神妙な面持ちで頷いた。


「さっき言っただろ? 今まではこんなことは無かったと。この近く、少し東に行ったところにアイツが来るまでは、この場所は大したカイブツも出ず平穏そのものだったんだ。」

「アイツ……?」

「この辺りのカイブツどもを束ねているのはデカい人骨に似た化け物だ。そいつはカイブツでありながら人間の言葉を喋る。」


 ルカはミーナを案内しながら、自分たちの置かれた状況を説明する。


「カイブツを従えてぼく達の仲間を半分の半分まで減らしてしまったその骸骨のカイブツは自らこう名乗っていた。『闇の不死賢者ダーク・リッチ』と……。」


 辺りを不穏な風が吹き抜ける音が響き渡っていた。




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お読み頂き誠にありがとうございます。

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