第18話

成金猫。

性悪猫。

傲慢猫。

彩潰しの中で、そう呼ばれる猫はただひとり。

石黄。

幾百年以上も昔から猫の血を引き継ぐ家系、黄金家に生まれた、猫の貴族。

その身に流れる血や、身体を作り上げる細胞の全てが純粋に猫である石黄は、猫歴の短い家系の猫や、突発的な先天性猫、雑種、当然紛い物の猫も…全ての猫を卑しんで見ていた。

猫が死を恐れるなど阿呆らしい。猫が客を選ぶなど馬鹿らしい。猫が己を誇れぬなんてむしろ醜悪。

散々罵倒を述べた後、石黄は誇らしく謳うのだ。

「上等な猫は、御主人様に願いを叶えてもらえるのだぞ!」


「ほう。それはどちらからの情報で。石黄様?」

食堂。

ひょこりと、石黄の真横に顔を出した柳が吊り上がった目で微笑みかける。

同様に、にたりと意地の悪い笑みを返した石黄は、柳に背を向け席へ向かう。

「なんだ。君も所詮、雑じり物だな。どちらからの情報だと…笑わせるなよ。これは御主人様から直々に仰られたお話だ」

「御主人様が…なにゆえ貴方に。石黄様?」

談話室も食堂も、特に席は決まっていないが、基本、猫は班ごとに纏まって座るものだ…しかし柳は、別の班の石黄に引っ付き、彼が座った向かい側を今日の縄張りとして、問いかけをやめない。

煩わしげに柳を睨みながらも、石黄は不敵な笑みを崩さず答える。

「当然だろう。僕が優秀な猫だからだよ。成績の良い猫は報酬が貰えるものだ…ああ、そのお言葉こそが最初のご褒美だったのかな。喋るんじゃなかった」

「ご褒美ですって?」

くくっ…と柳は低く笑い出す。

「ご褒美…あっはっは! あの御主人様が、そのような生ぬるい科白を申すとお思いで。石黄様、それは貴方が微睡の中で見た空想だったのでは」

「口を慎め、柳。御主人様を否定するか」

「御主人様を否定しているのではありませぬ。貴方を否定しているのです。夢を見るのも大概にしては?」

「…この、餓鬼」

にたにたと笑う柳の挑発に、石黄は黄の目を見開き牙を剥く…立ち上がり、爪を立てた手を伸ばす。

柳の片目にそれが迫った時。


…その手を軽く突き飛ばしたのは、膝より上までの丈がある真白の足袋に包まれた美しい脚。

短い袴から片足を上げた紅梅が、軽蔑の眼差しでふたりを見下ろした。

「…猫同士で喧嘩をするな。売り物が傷つくだろう」

「僕が発端ではない」

「手を出せば貴方の方が罪になっていたぞ。柳の思い通りだ」

「牝餓鬼…何様のつもりだ。紛い物のくせに」

「紛い物だったら何だと言う」

「脚を下ろせ、紅梅。下品だ」

紅梅の後ろで、群青が溜息をついた。

猫の睨み合いを、人間のふりをした壮年猫が静かな声で制止する…散瞳と逆立った髪などを落ち着け、紅梅はきらりと群青へ振り返る。

「仕方がないだろう。御盆で両手が塞がっていた」

「柳も…わざと人の気に障る発言をするんじゃない」

「人! くくっ。人。ですって…石黄様」

「───この年増!」

がたん、と机を叩き石黄は立ち上がる。

「僕は高貴な猫だ。よくもこの僕を、あの下等な、人と呼んだな⁉︎」

胸倉へと手を伸ばす石黄の前に紅梅が立ち塞がり、暴力を阻止する。

行き場を失った片手を硬直させ荒い呼吸を吐く石黄の後ろで、けらけらと柳が嘲笑の声を上げる。

騒いでいるのはさっきから石黄だけだ。

そんな眼差しが彼へ集まる。

傲慢な猫が振り回されている。

性悪な猫が弄ばれている。

成金猫が笑い物だ。

ざまをみろ。

ひゅうっと息を吸い…石黄は牙を剥き出しにして吠えた。

「黙れ、どら猫共! お前たちのような下賎な猫など、御主人様は認めない‼︎」

吠声はまるで弱い狗に似て、とても下卑ていた。

食堂の騒ぎは、女将の銀朱らが駆けつけたことで間もなく静められた。

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