問13.勉強をサボらずに毎日頑張る方法を答えよ

 放課後の図書室。

 先に図書室についた僕が、今日の勉強会で教えるべき内容を確認していると、遅れて白瀬が入ってきた。

 そして、僕の近くで立ち止まると。


「きょーちゃん、ごめんなさいっ!」

 何やら申し訳なさそうに、頭を下げた。

 その手には何やら紙が握られていたので、受け取って確認をする。これは……。


「実は、昨日も一昨日も、うっかり寝落ちしちゃって、せっかく宿題用意してくれたのに……」

 白瀬が持っていたのは、先日僕が渡した宿題だった。見ると、最初の数問は薄くてバランスの崩れた文字ながらも解答が記されているのだが、途中で力尽きたらしく、プリントを横断するように長い線が伸びたきり、半分以上の部分が白紙のままとなっている。


 瞳を潤ませ、泣きそうな顔でこちらを伺う白瀬。

「まあ、最近仕事も忙しそうだしな」

 普段の撮影に加え、SNSでの発信にも力を入れるようにと指示があったとかで、校内で写真を撮っているところを何度か見かけた。


 僕の反応に、白瀬は意外そうに目をぱちくりさせ。

「きょーちゃん、怒らないの?」

 と訊ねてくる。

「なぜ僕が怒るんだ?」

 思わず訊ね返すと、白瀬はいまだ不安げな表情のまま口を開いた。


「だって、あいらのために、自分の時間を割いて勉強教えてくれてるわけじゃん。それなのに、あいらが真面目にやってなかったら、きょーちゃんにとっては面白くないかなって……」

 答えを聞いて、何となく分かった。きっと白瀬はこれまで、同じようなシチュエーションで怒られてきたのだろう。確かに、白瀬が真面目に勉強をやっていなければ、僕だって怒ったかもしれない。だが。


「……人間は常に一〇〇パーセントの集中をして稼働し続けられるようにはできてないことくらい、僕だって分かっている。体調が悪い日もあるだろうし、何となく気分が乗らない日だってある。予定が崩れたら調整すればいいんだ」

 白瀬が仕事も勉強も一生懸命に頑張っていることは、まだ十数日しか一緒に過ごしていない僕にも分かっている。だから、たった一回宿題ができなかったくらいで怒るつもりはなかった。

 僕の解答を聞いて、白瀬はようやく肩の力を抜いた。


「きょーちゃん、ありがとう」

 そして、心底ほっとしたように、にへらと笑う。

 普段教室で見るのとは違う、いつかに白瀬の部屋で一度だけ見た、柔らかな笑み。

 そういえばあの日、白瀬はこんなことを言っていた。


――パパね、外に愛人つくって帰ってこなくなっちゃったんだ。


――パパが出てったのは、自分に学がないからだって思ってるみたいなんだよね。相手の人はパパの会社の人でね、なんか有名な大学出てるとかって。


 愛人をつくり、家を出て行ってしまったという白瀬の父親。そして白瀬のお母さんは、自分に学がないから、夫に見捨てられたんだと思い込み、娘には勉強を頑張ってほしがっているという。

 母親からそんなことを聞かされ、もしかしたら白瀬自身にも〝勉強ができないと見捨てられてしまう〟というような恐怖心があったのかもしれない。


「宿題を一回サボったくらいで放ったりしないから安心しろ」

 そんな言葉が思わず口をつき、言い終わってから、しまったと思った。

 この世は学力が全て。友情も、青春も、全部時間と労力の無駄。

 人と関わるのなんて、誰かのために時間や労力を割くのなんて、絶対すべきじゃない。そう思ってたはずなのに。

 真っすぐな白瀬の笑みを直視するのが辛くなり、僕は考えこむフリをして視線を逸らした。


「とはいえ、今後も続くようだとスケジュールが厳しいかも知れないな……」

 顎に手をやり、脳を回転させる。

 七月に入り、マーク模試までのこり三週間を切っている。元々スケジュールはぎりぎりなのだ。どうにか対策を考えねばならないが。


「お家で勉強するときも、きょーちゃんが見張っててくれればいいのになぁ」

「なにアホなこと言ってんだ」

 放ったりしないとは言ったが、流石に家まで見張りには行けない。

 撮影、勉強に加えてSNSでの発信も加わり、白瀬は毎日忙しそうだ。マーク模試当日まで、きちんと勉強できる体勢を整えたいところだが……。


「ん? んんん??? きょーちゃん! あいら天才かも! 思いついちゃった。きょーちゃんにあいらの勉強見張っててもらう方法!」

 今度こそ満面の笑みで白瀬が言った。

 ……は?



「はあい☆ みんな元気? あいらだよっ! 実は、あいら最近お勉強がんばっててね、でも一人じゃなかなか集中が続かなくて……」

 画面の中で、白瀬が言う。いつもよりも更に一段階ハイテンションな声。服装は部屋着だろうか。もこもことしたタオル地のパーカーに包まれており、いつもと雰囲気が違って、妙に落ち着かない。

「そこで! 今日からあいらが勉強してるとこを配信するから、みんなにはそれを見守っててほしいんだっ」


 白瀬が思いついた、勉強を見守っててもらう方法、それがこの〝勉強の様子を配信すること〟だった。


 勉強は一人でするものだと思っていた僕は知らなかったのだが、実はこの勉強配信、意外とポピュラーなものらしい。

 他人の勉強してるとこなんて観てどうするんだ、と僕なんかは思うのだが、勉強配信を流しながら自分も勉強をすることで、一緒に勉強してる気分が味わえて頑張れるとのこと。また、読者モデルとして人気を博している白瀬の自宅や部屋着姿が見られるとあって、開始数分にして数百人の人間がこの配信を見ているようだった。


 配信するに辺り一応雑誌編集部にも確認をしたところ、SNSでの発信を強化するという方針とも合致しているため「さっそく今日からやりましょう!」ととても前向きな回答をもらっている。


《和室なの意外》《あいらちゃん部屋着かわいい》《何の勉強するのー?》などなど、コメント欄が凄まじいスピードで流れていく。

 一方、白瀬は勉強モードに入ったのか、コメントは数分に一度視線をやるくらいで、

「今日は勉強がメインだから、コメントはあんま拾えないかも。ごめんっ」

 と最初に言ったきり、勉強に集中していた。

 

中学英語の範囲が一通り終わり、今は高一二で習った範囲を学んでいる。アプリを使った英単語の暗記と並行して、最近は文法の問題集を宿題に課しているため、今はその問題集に取り組んでいるらしい。

 教室では見られない、真剣な横顔。

 そういえば、この配信の目的は〝勉強しているところを僕に見張っててもらう〟ことだったか。

 上から下に流れるコメント欄を見つつ、僕もスマホを操作する。


《頑張れよ》

 打ち込んだ文字と共に、見慣れたアイコンが流れる。面倒だったので、LINEと同じアイコンにしたのだ。これで僕がちゃんと見張っていることが、白瀬にも伝わっただろう。


 と、たまたま白瀬がコメント欄に視線を向けた。

 途端、ぱあっと、お散歩に行く直前の犬みたいに瞳を輝かせる。

「うん、がんばる」

 胸の前で小さくガッツポーズ。独り言みたいに呟いたかと思うと、再び視線を問題集に戻した。


 きっとたまたま目に入っただけだ。特に他意はない、はず。

 なんだけど、妙に気恥ずかしい。それと同時に、胸がじんわりと温かくなる。

「僕も、もうひと頑張りするか……」

 学期末マーク模試まで、のこり三週間。

 でもその前に、期末テストがあるのだ。

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