音楽ラッピング

夏木

プレゼントは秘密に準備したかった

 俺には好きな人がいる。

 同じクラスの、佐々木さんだ。ほとんど話したことはないけれど、誰にでも優しく、手を貸して、みんなに笑顔を向けている彼女が好きだ。


 そんな彼女の誕生日が明日。長く片思いをしてきたけれど、この機会に告白をしようと決めたのは一か月前のこと。


 雑貨屋で店員にプレゼントを相談して、プレゼントに適した可愛いハンカチと小さなマスコットのセットを買って準備した。

 そして店員が言ったんだ。


 音楽ラッピングをしたらどうですか、って。


 名前だけは知っている、音楽ラッピング。

 基本的な紙でのラッピングに加えて、音楽も包むことでより記憶に残るプレゼントになるという。


 告白するにはいいかもしれない。

 俺は、音楽ラッピング専門店に向かった。



「らっしゃーませー」


 くたびれた商店街の一番奥にひっそりとその店はあった。

 暗い店内に入った途端に、やる気のない声が向けられる。もちろん声の主は店の主だ。

 壁際にずらりと並んだ包装紙やリボンなどの基本的なラッピング用品。その奥のカウンターで、一人の男が俺を見ている。


「ラッピング希望か?」

「そうっす」

「じゃあ、包装紙選んで。必要ならリボンとか花、持ち運び用の袋も」


 一緒に選んだりとかはないんだ。

 きっと、必要なものを選んで、あのダルそうな店員が最後に仕上げてくれる……のだろう。


 佐々木さんの雰囲気に合いそうなものを、一人でじっくり悩み抜いて、俺は淡い色の包装紙と白いリボン、さらに華やかにするための小さな花、そして紙袋を選んだ。


「で? 誰に送るわけ?」


 男がいるカウンターに選んだものと、買ったばかりのプレゼント品を持って行ったら、ぶっきらぼうに言われた。

 あくまでも俺、客なんだけど。こんな接客をしていていいのかよ。

 そう思ったけど、口にはせずに答える。


「クラスメイト、に」

「女?」

「ええ、まあ」

「ふーん。童貞くんからもらうプレゼントねぇ……」

「なっ!」


 おい、態度っ!

 間違ってないけどさ! 間違ってないけど! 何、俺、童貞感でてる!?

 彼女いない歴=年齢だけど。でも高校生だし! 


「童貞からクラスメイトの女へっと。あれか、告白か?」

「なんでそこまで言わなきゃなんすか。別にどうだっていいでしょ」

「るせぇな。馬鹿かお前は。音楽のチョイスにも必要なこと聞いてんだよ。誰がお前の個人情報欲しさにやってるかよ、馬鹿。根暗童貞モヤシの話なんざ聞きたくねぇけど、仕事上必要なんだよ。こちとらごたごたして気分わりいんだ、とっとと終わらせてぇんだから、答えやがれ」

「ぐぬぬ……」


 これ以上あれこれ言われるのが嫌で、言い返せば、男は手元の用紙にメモをしながらさらりと言い返してくる。

 必要と言われれば、言わないといけない。モヤモヤしつつも、俺は答えるしかないのだろう。


「あれだろ、お前、そこの高校の生徒だろ? いいよな、あの学校。美人が多くて」

「はあ」

「お前の好きなやつってどんなやつだ?」

「そりゃ、綺麗で、優しくて……」

「見た目は? 髪とか顔とか身長とか」


 そんなことまで必要なことなのかわかんないけど、ちゃんと答え続けた俺を褒めてほしい。

 全部で十分以上かかっただろうか。

 質問攻めが終わったところで、男はメモした用紙を見直して口角をあげた。


「んじゃ、俺、包むからお前はどっかいってろ」

「はあ? ここで待ってるんじゃだめなんです?」

「却下だ。今から三十分後に戻ってこい」


 男はそう言って手で俺を追い払う。

 じゃあな、と店を追い出されてしまい、店の扉はがちゃりと鍵をかけられてしまった。

 店にはディスプレイのためか、ガラス窓があるものの、そこまでもカーテンで遮られてしまったため、中を見ることはできない。

 しぶしぶ俺は、三十分。くたびれた商店街をフラフラ歩いて回った。



 きっちりかっちり三十分。ラッピング店に戻ったときには夕陽が眩しい時間になってしまった。

 あのダルそうな男は、変わらず店内のカウンターにいた。


「できたぞ、根暗童貞モヤシ。金は二千円だ。とっとと支払えクソ野郎」


 口の悪い男だ。悪すぎにもほどがある。

 それでも紙袋に入ったものがカウンターに置いてある。ちゃんと仕事はしたのだろう。

 だが。


「あの。コレ、全部俺が選んだやつと違うんですけど」


 紙袋、包装紙、花、リボン。

 全て俺が俺が選んだものではなかった。

 もっとピンク色が多く、ポップな見た目になっている。俺が選んでいたおしとやかな感じからかけ離れている。


「るせぇな。いいんだよ」

「はあっ!? こっちはちゃんと依頼をしたのに、全然違う!」


 怒りのあまり大声が出た。

 早口で言い切ったが、男の顔は変わることない。相変わらず気だるそうな顔でこちらを見ているだけだ。


 対極な空気を醸し出すことものの数秒。

 店の扉がガチャリと開く音で、空気は変わった。


「あれ? お客さんいるんだ」


 可愛い声でやってきたのは、佐々木さんだった。

 制服姿の彼女。いつも見かける姿なのに、ここで偶然出会うなんて、何と珍しいことか。いや待て。俺は今、彼女へのプレゼントを準備しているところなんだぞ。それを見られでもしたら……


「あれ? もしかしてプレゼント? いいね! 誰にあげるの?」

「いやっ! そのっ、これはっ!」


 ひょっこりと手元のプレゼントを覗き、何気なく聞かれた。

 できるだけ彼女に見えないように、体を間に入れて隠そうとしたけど時すでに遅し。しっかりと見られてしまっている。


「言っちまえよ」

「え、っちょっ、まっ……」


 カウンターを飛び越え、男は俺の背中をぐいぐいと押す。

 何を言えというのか、プレゼントを準備した経緯を全て知っている男は全て知っている。だからこそ、ニヤニヤとゲスな顔をしている。


 佐々木さんは「どうしたの?」と言うような顔でこちらを見ている。

 これでなんでもないです、と逃げ帰って、後日見覚えのあるプレゼントを渡す。そんな方法もあるだろう。でも、それは男じゃない。


「こっ、これっ! 誕生日っ、おべっ。おべでとうございます!」


 プレゼントを佐々木さんに差し出して、声をはった。途端に顔に熱が集まる。口がまわらなくて噛み噛みで、うまく伝わらなかったかもしれない。

 ろくに話したことない男に、誕生日を知られていて気持ち悪いと思わないか。受け取ることすらしてくれないのではないか。不安が大きく、心臓がうるさく音を立てる。


「私に!? 嬉しい!」


 彼女は明るい声で、プレゼントを受け取ってくれた。

 紙袋をまじまじと見て、「開けてもいい?」と可愛く聞くので、頷けば紙袋から存在を主張する濃いピンク色に、水色のリボンがかけられたプレゼントが出てくる。

 俺の選んだ色じゃない。こんな色の濃いもの、佐々木さんらしく……


「可愛いっ! 私、こういう色好きなんだ! 」


 え?

 かなり個性的な色だよ?

 佐々木さん、筆箱とかペンとか、みんな淡い色ばっかりだから、そういう色が好きだと思っていたのに……。


「中は何だろう……?」


 この包装紙を開封すると、音楽が流れる。

 音楽のチョイスは、このニヤニヤしている男に任せている。音楽ラッピング自体、初めて目にするから、彼女の反応と合わせて期待が高まる。


 佐々木さんが包装紙を少し、開けた途端、プレゼントからピアノの音がドンッと溢れ流れた。


 でも曲のチョイスが。

 こんな場面で流れるなら、もっと落ち着いた曲だと思うでしょ。

 俺の想像とはかけ離れた激しい曲が鳴る。


 音楽はあんまりわからないけど、それでもわかる曲。

 聞いていて走り出したくなるような――って、運動会でよく聞くからか――曲が軽快なリズムを刻んでいく。


 場面に相応しくない。

 男を睨めば、俺の肩に手をまわし、耳元で囁く。


「見てみろ、俺の仕事」


 慌ててしまいそうなほど、弾む音を聞いている佐々木さんは、見る見るうちに口角が上がっていた。

 顔も紅潮して、自然とプレゼントを開ける手が早まる。

 曲が終わったときには、俺がラッピングはすでに全て開封され、佐々木さんの手元には別の雑貨店で買ってきたプレゼント一式だけになった。


「可愛い! すごい! 私の好きな色に曲……よくわかったね!」


 ハンカチとマスコットを手に、彼女は興奮した様子で顔をあげる。

 嬉しいんだ、喜んでもらえたから。プレゼントを贈ることができてよかった。喜んでもらえてよかった。嬉しくて、顔がにやけそうだ。


 だけど、言葉にひっかかって、素直にデレデレにはなれない。

 佐々木さんが言った、「私の好きな色に曲」。俺が選んだものではないもので喜ばれているから。


 もやもやしながらも、はしゃぐ彼女を見ていると、「まあいいか」なんて思えてきたけど。


「言っただろ? 俺のこれでいいって。俺が選んだ奴の方がよかったんだな、童貞くん」

「ぬぬぬぬっ……」


 コソコソと馬鹿にするように言う男のせいで、どうでもよくなんて思えなくなってきた。


「ん? まさかっ! ラッピング選んだのって……」

「……こちらの方デス」


 俺の顔が変だったからか、佐々木さんは察したかのように言った。俺も素直に事実を伝えたら、彼女はさっきまでの笑顔がどこへやら。ムッとした顔へと変わり、どんどん俺と俺の後ろにいる男へ近づいてきた。


「さ、佐々木さんっ?」

「……」


 俺の声なんて聞こえていないみたいだ。真っ黒のオーラを醸し出しながら、俺の顔の方へ手を伸ばしてきた。


「ぐはっ!」


 彼女の手は、俺の頬をかすめてその奥へと伸びた。直後、苦しそうな男の声が聞こえた。

 おそるおそる移動し、確認してみれば、彼女は男の胸元を力強くつかんで上へと持ち上げているではないか。

 学校での彼女から想像もつかない行動。何が何だかわからない。


「待って、待って。俺は仕事しただけだって。童貞君のお手伝いしただけだって。話を聞いたら、もしかしたらっと思ってやったんだって。全部お前に喜んでもらおうと……」

「……うるさぁぁぁい!」


 佐々木さんは体格差があったにも関わらず、男を投げ飛ばした。床に強く体を打ち付け、体を小さくしながらうめき声をあげる男を彼女は仁王立ちで見下ろす。

 こんな場面、誰が想像できただろうか。

 何にもわからない。どうしてこうなった。


「ふぅ……ごめんね、お見苦しいところを」

「い、いや、別に、大丈夫……というか、二人は一体……」


 急に店員を投げ飛ばす彼女。何かしら店員の男と関係があるはず。そう思って聞けば、困ったように言ってくれた。


「伸びているのはうちのお兄ちゃんなの。この前すごい喧嘩をして、そこから私の機嫌を取ろうとしてるみたいで……」

「あー……」


 二人が兄妹だったなんて。

 腹立つ店員だとは思っていたけど、お兄さんだとは思っていなかった。というか、俺は彼女の機嫌をとるために利用されたということか。まあ、計画は失敗したみたいだけど。


「ま、待ってくれ。兄ちゃんが悪かったって。な、機嫌なおっ――」


 床に伸びた実の兄。その頭に彼女は持っていたスクールバッグを躊躇なく落とした。それにより今度こそのびたようで、呻くことも動くこともなく、まるで屍のように静かになった。


「ああ、気にしないで。兄が迷惑かけてごめんね。それと、プレゼントありがとう。すごく嬉しい」


 佐々木さんは店から出るように俺の背中をぐいぐい押すので、そのまま店の外まで出てしまった。


「また明日。学校でね!」

「あ、うん。また……」


 ひらひらと手を振り返したら、ガチャリと店の扉が閉まる。そのあと、店内からドタバタと激しい音が聞こえた。きっともう一回、ボコボコにしているんだろう。一体何が原因で喧嘩をしたのだろうか。

 佐々木さん、意外と強いんだな。ギャップがまたいい。


「あ、お金払ってない」


 会計を忘れた。でも佐々木さんに話しかけるきっかけを作ることができた。

 散々あのお兄さんには酷い言われようだったけど、おかげで関係を持つことができたことに感謝しよう。


 長く続いている兄妹喧嘩へ向けて、合掌した。

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