彼女は果たして、女豹なのだろうか

 翌週の水曜日、ショートホームルームが終わると、小日向さん達は再び僕達の教室に足を運んできた。

 顔色はあまり晴れない。薄々、僕の論じた作戦は成功しないのではと思っていたが、どうやらそれが当たってしまったみたいだ。


「……ということは、一日二日の頑張りでは、鳳先生の望むまでの演奏レベルへの向上は困難だった、というわけね」


 後輩二人の話を、白石さんが要約してくれた。二人の顔は暗かった。作戦を指示通りこなせなかった結果なわけだから、それに対して、僕達に申し訳ないと思っているのかもしれない。


 なんというか、ごめんなさい。

 心の中で謝罪をして、僕は苦笑していた。


「先輩先輩」


 苦笑する僕に声をかけてきたのは、小日向さんだった。


「今回の案、中々に時間がかかりそうです。こちらも継続して進めていくのですが、何か他に即効性のある作戦はないでしょうか?」


 そして、可愛らしく小首を傾げながら、僕に尋ねてきた。先日の作戦立案で多少は評価が上がったのか、嬉しくないことに、どうやら別案を立案しろと提案されてしまったみたいだ。


 弱ったなあ。

 俺は天を見上げて唸った。


「先輩、先輩だけが頼りなんです」


 唸る僕に切羽詰まる声で迫るのは、朝倉さんだった。


 ちなみに、白石さんは困り果てた僕を見て笑みをこぼしていた。多分、助けてと言われるまでは助けてくれないやつだろう。


 さて、どうしたものか。

 まあ、白石さんへの協力は勿論仰ぐとしてもだ。無策で彼女に頼るのもなんだか申し訳ない。

 何かしら策を用意しておきたいのだが……。


 如何せん、何度も言うように、僕は鳳のことが嫌いだからなあ。


 正直、あいつの女の趣味とか、琴線に触れそうなこともあまり深くは知らないんだよなあ。あれ、これ八方塞がりじゃないか。


 致し方なし。


「鳳……先生の趣味って、知ってるかい」


 僕は何かしらの取っ掛かりを掴むため、後輩二人に尋ねた。二人は、顔を見合わせていた。


「趣味とか嗜好が分かれば、それが共通の話題になって仲を深められるチャンスになるだろう」


 と、この説明をして、既視感を僕は感じていた。これ、前回と同じ轍を踏んでないだろうか。

 ……まあ、他に思いつくこともないし、それは黙っていよう。


「趣味、ですか」


 朝倉さんは唸っていた。


「……部員いじめ?」


 小日向さんが呟いた。


「それ、本人の前で言うなよ?」


「えっ、聞こえてましたっ?」


 珍しく、小日向さんは慌てていた。誤魔化すように手を振って、変な笑い声を上げていた。多分、本当は声に出して言う気はなかったのだろう。それにも関わらず、思わず声に出てしまった。

 これは多分、相当鳳のことを嫌っているな。


 彼女とは仲良くなれそうだ。


「鈴木君、小日向さんを見つめてどうしたの?」


 白石さんから冷たい声が放たれた。

 僕は顔を青ざめさせながら、慌てた素振りで頭を掻いた。苦笑していると、ジトーっと冷たい視線を寄越された。冷や汗を背中に掻きながら、僕はほとぼりが冷めるのを待った。


「趣味ですかー、わかんないなー」


 しばらくして、後輩二人は諦めたように声を上げた。どうやらお手上げらしい。

 ……そろそろ良いだろうか。


「白石さん、何かない?」


 僕は、声を震わせながら尋ねた。


「何がかしら」


 白石さんの声は冷たい。まだ怒ってらしたみたいだ。

 それでも、僕は続けた。


「鳳……先生と仲良くなる方法だよ。何か思い当たる策はないかな?」


「そうねえ。あなたはないの?」


「うん。これっぽっちもない。だから、いつも頼れる君を頼りたいんだ」


 そう言った途端、白石さんは上機嫌になった。僕が言えた口ではないが、君も結構現金な人だよね。


「そうね。男の人って、頼られることが好きみたいよ」


 白石さんは言った。

 途端、後輩二人の視線がこちらに向けられた。白石さんの言うところが正しいのか、と視線が物語っていた。


 僕は曖昧に苦笑していた。


「相手にもプライドというものがあるでしょう? 特に鳳先生なんて、これまでの実績を踏まえてもそれが高そうだし。だからこそ、部員に対しても毒舌と裏で呼ばれるような指導方法を行える。

 だからこそ、そのプライドをくすぐって、最後には褒めてあげるの。そうしたら、向こうもプライドをくすぐってくれる子として、あなたを好いてくれるかもしれないわ」


 なるほどなるほど。

 何だか的を得たアドバイスな気がするな。

 ただ、それを君が言うことに少しの違和感を覚えてしまう。君、そんな女豹だったっけ。


「ほ、本で読んだだけだからね」


 語り終えて、白石さんは恥ずかしそうに頬を染めてそっぽを向いた。新鮮な反応に、先程まで抱いていた違和感などどこかに飛んでいってしまった。

 だって、本で読んだだけならしょうがないじゃないか。


「なるほどなるほど。美幸、これいいんじゃない?」


 小日向さん的には、白石さん案は好感触だったらしい。


「えぇ……。でもそれって、こっちから積極的に話しかけなきゃいけないわけだよね」


 それとは対照的に、今回は朝倉さんはあまり乗り気ではなかった。引っ込み思案な性格が災いしているように見えた。


 しかし、結局それ以外の代案を誰も浮かべられず、この場は今度この案を試してみようと相成って締めとなった。


 一抹の不安こそ残るものの、相談に乗ることしか出来ない僕達は、彼女達から結果が知らされることになるその日を待った。

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