第46話

“はい、えーとこんばんは。アナザーデイズの――”


 最初は普通の挨拶から始まる。動画が進んでいき、ナツへ贈った言葉は、


“――ナツ、花火をしよう!”


「え?」


 綺麗さっぱりにカットした。

 カイがこちらを見ているような気がした。ソラはあえて何かを言いたげであろうカイを見ずに応える。


「……今更、あいつを説得させることなんて出来ないのは分かってる。こんな動画を見たところで揺らぐようじゃあ、ナツはナツじゃない。だからやめたんだ。ただ純粋に、この動画を楽しんでほしいと……思えたからな」


 思えた、という割には歯切れの悪い表情だった。カイは「でも……っ」と小さく否定しようとした。だが、否定をしたところで彼の言った通り変わりはないのだ。


「……ずるいよ、ソラちんは。ぼくは君みたいに割り切れないや」


「割り切る必要なんてない。ないんだよ」


 カイに言っているはずのソラ自身の言葉は、そのまま自分へとブーメランになって返ってくる。刺さっても、受け止めなければ前へは進めないのだ。言葉を飲み込み、ソラは一度深呼吸をする。

 動画は、花火が終わったところまで流れた。

 きっと、カイとリクはここまでで動画が終わると思っていたことだろう。


“ねえ、これ、そもそもビー玉ってどうやって取るの?”


“割って取ればいいんじゃないかな?”


 ――これはナツと一番最初に撮影した動画。


“この洗剤、結構汚れ落ちるんだね”


“大丈夫なのか? これ、どこから借りてきたんだよ”


“理科室から”


“危ない薬品じゃねえだろうな⁉”


“ウソウソ! ちゃんと保健室で先生に聞いて借りてきたってばー! 痛い痛い!”


 ――これは体育館での撮影。


“『月の光』なんて、よく知ってるね”


“昔よく聞いた気が……”


“へえー。分かんないけど凄いね!”


 ――そしてピアノの動画。


 これは、今まで撮影してきたものを組み合わせた、所謂いわゆるサプライズ動画だった。カイは無言のまま涙を流していた。きっと、リクも何かを想って見てくれているに違いないだろう。

 これは彼らに向けた動画でもある。今日この日まで付き合ってくれたそのお礼だった。

 たまにはリーダーっぽいことをしてみたかった、というのはただの照れ隠しだけれど、少なくともカイとリクにはちゃんと届いたみたいだとソラは微笑んだ。ふと、ソラはナツのいる病室を見上げた。


「……! ……ナツ」


 ナツは窓の側にいた。目を見開き、スクリーンに映っている動画をただただ真っ直ぐな目で見つめていた。


 ――何か感じてくれているといいんだが。


 瞬間、ナツとバチリと視線が合った、気がした。

 急に眠気がソラを襲う。隣でドサッという、人が倒れた音がして、それがカイだということに気が付いた時には自分も倒れていた。


「な、んだ……これ……」


 体中の力が抜けていく感覚。これは、まるで10年前に来た時のような感覚に似ていた。


 ――え? 待て、こんな時に戻るのか?


「うっ……!」


 もう目を開けていられない程に眩暈がソラの意識を侵食し、ついには目をつむってしまった。体もほわほわとしてきた。これはやばいと頭の中が警鐘を鳴らす。

 しかし何も抵抗できぬままソラは暗闇から白い光に包まれてそのまま意識はフェードアウトした。

 意識が落ちる前、ナツの声がソラの脳裏に届いた気がした。


「……どうして、こう……。生きたいと思わせるんだ……。馬鹿だなあ。君の気持ちにはもう応えられないのに」と。


 そう、言っていた。

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