第44話

「終わっちゃった、ね」


「……負けた」


「これ、勝ち負けあったっけ」


「自然となるよな、こういうのって」


「あ、ぼくのも落ちた! じゃあソラちんが優勝だ~」


「そう、だな。俺の、勝ちだ」


 あの花火祭りの日が永遠に続いてくれればいいのに、とソラは思い続けていた。きっと、この場にいたカイやリクも、そう思い続けていたことだろう。だが、時間というものは戻すことも自分の思い通りにも進めることはできないのだ。大人になって初めて理解する。それはとても辛いことなのだと、そう、彼らはひしひしと感じていた。

 最後の火玉が落ちた。と同時にビデオを切る。


「え? もう撮影終わっちゃうの?」


「ああ。これで動画を作る」


「撮れ高は足りているのか?」


「ああ、どういう動画を作るかは大体決めているんだ。あとはそれを形にするだけだ」


「そうか」


 片付けをし部屋に入っていく。楽しかった思い出は本当に早く終わってしまうものだ。


「……10年前とは、違うね」


 カイがふとそんなことを呟いた。


「何が?」


「だって、前の“10年前”はさ、こうやってみんな集まらなかったでしょ? あの……ソラちんとナツくんが口論した日から、みんな疎遠になってたし」


 確かに。あの頃のソラは今よりももっと子供で、3つ上だったナツの言っていることを理解しようとしなかった。あの時もドナーの話で大揉めに揉めて。結局一度目の“あの日”はケンカ別れをしてしまい、そのままナツは亡くなった。彼の葬式の日、とてもケンカをしたまま別れてしまったことをソラは後悔した。だから、今度こそはルートを間違えないようにしなければとソラは思っていた。


「前があったからこそ、今こうして、ナツの為に何かできないか考えることができる。ファンタジーっぽいことが今この身に起きてるけど、利用できるものは利用しなきゃ損だしな。……この世界に来て良かったと思える」


「……うん。そうだね。ぼくもそう思う」


「オレも」


「うん。さて、編集材料は揃った。あといるものは……」


「そもそもどうやってナツくんにこの映像を見せるつもりなんだ?」


「あ……」


 考えていなかった。普通に動画をアップロードして、それを見てもらうよう伝えるという形を取ろうかと思っていた。


「プロジェクターで投影するのは?」


「そうか! それだカイ!」


「いえーい!」


 プロジェクターで病院の屋上辺りから編集した動画を投影すれば、院内の人は勿論ナツにだって届く。


「他には?」


「プロジェクターとそれを映すもの……。それからスピーカーくらいか?」


「プロジェクターならぼくに任せて! 確か家にあったと思う」


「さすがだなお坊ちゃん」


「にひっ!」


「投影するものなんだが」


「ああ。何か心当たりでもあるのかリク?」


「以前大学の友達に聞いたことがあったんだ。それ用のスクリーンを自作したって。その時に気になって作り方を少しだけ聞いた気がする」


「え。いつの間にそんなこと……」


「リっくん、友達いたんだね」


「カイ、今さりげなく酷いこと言わなかったか?」


「え? なんのこと?」


「確か、ホームセンターで園芸用支柱と100均で模造紙と紐を買うと言っていた」


「あ、進めるんだ。今の聞かなかったことにするんだ。メンタル鬼だな」


「そんなもので大きなスクリーンが作れるなら早速取り掛からなきゃだね!」


「決まりだな。明日の朝9時、また俺ん家に集合してくれ」


「了解!」


 かくして、ナツへ贈る動画の素材と、それを映すスクリーンの手配は揃いつつあった。

 あの時はしてやれなかった悲願を今度こそは成功させたい。ソラは覚悟を決めた。


 その後カイたちと別れ、ソラは集中するべく部屋に引き篭もる。小腹が空いたソラは台所へと向かった。当たり前だが時刻は夜中の1時。家の中はシンとしていた。

 台所の水が落ちる音。廊下の軋む音。何もかも“無”に感じた。きっと、ナツがいつも感じていたものはこういった感覚なのかもしれないと改めて悲しくなる。


「…………悲しいなあ、ナツ」


 ポツリと呟く。言葉はそのままただの塊として床に落ちた気がした。瞬間、「こんな時間に何してんだい」という重圧な声が頭の上に覆い被さり、パッと明かりが点いた。


「ばあちゃん……」


「……彼なら大丈夫だ。気に病むんじゃない」


 くしゃくしゃに髪の毛を乱される。どうして不安がっていると分かったのだろう。どうしてナツのことで悩んでいると分かったのだろう。


 ――何? エスパーなのかよ。


 美舟の言葉に暖かさを感じ涙腺が緩む。ソラは声を殺して泣いた。美舟に泣き顔を見せたのは沙世子が死んでから実に二度目のことだった。溢れる想いは言葉になり、き止めようとしてもそれは止まらない。


「――俺が、あの日にちゃんと話し合っていれば、ナツがこんなにボロボロになる必要なんてなかったんだ。そもそもあの花火を見に行った日に具合が悪くなるって、俺は知っていたはずなのに……どうしてこんな大事なこと、忘れてたんだろうって……。悔しい、悔しいよ、ばあちゃん」


「……そうだね。悔しいねぇ、ソラ」


 美舟は“どうしてそんなことを?”とも、“知っていたというのは”とも、何1つソラの言った言葉に対して疑問を問わなかった。

 その後、ソラは知らぬ合間に寝てしまい(ほぼ気絶とも言える)、そのままカイたちと約束した時間まで眠ることとなる。


 あっという間に朝の9時を迎えていた。ソラの頭はなんだか妙にすっきりとしていた。きっと美舟に溜まっていたもやもやを吐き出したことに関係しているのだろう。


「おはようございまーす! ソラちんいますかー?」


 朝から元気な声が家の中に届く。カイだ。


「おやおや、誠くんに陸司くんじゃないか。どうぞお上がりな。ソラはまだ寝て……」


「ないから。よく来たな、カイ、リク」


「うん。おはようソラちん」


「お邪魔します」


 カイは昨夜言っていた通りプロジェクターを、リクは木材などを持参してきていた。


「ん? カイは分かるとして、リク、それいつ買った?」


「昨日あの話を思い出した時に、家に何かないだろうかと探してみた」


 今まであまりアナザーデイズの中でも話題にしてこなかったことだが、彼の家業が大工であることを忘れていた。彼自身、10年後は医者になっているものだから家を継いでいるわけではない。まあ、リクが医者になったきっかけはナツにあるのだが。感情があまり読めない彼だが、正義感だけで言えばこの三人の中で一番強いことだろう。


 ――それだけが意外だよな……。


「あ、そっか。リっくん家って大工さんなんだよね」


「木材はあったんだけど、模造紙だけは見つけられなかった」


 リクは残念そうに言った。


「……いや、普通木材は昨日の今日では集められないから。助かった。あとは白い模造紙だけか……」


 三人寄ればなんとやら、と云うけれど。

 ソラたちは「うーん」と唸る。いや、白い模造紙くらいどこかで買えばすぐ済む話なのだが、10年後の世界では運転免許を持っていてもこの時代では通用しない。それにそもそもソラの家には車が無い。仮にあったとしてもここから一番近くのホームセンターまで自転車で軽く3時間は掛かってしまう。なんとしても今日、寝てしまった分の編集も終わらせて夜、ナツに見せたい。迷っている暇など無いのだが、今日ばかりは実家の田舎具合いに腹が立って仕方がないソラであった。


「ソラ、ジュースは何が……。ん? 困り事かい?」


「じいちゃん」


「おお! 夏の工作でもするのかい。ほれ、じいちゃんも手伝ってやろう」


「いやじいちゃん、手伝ったら宿題の意味が……というか高校生なんだから大丈夫だよ」


「そうか?」


 予想以上にノリ気だった為、その後の気の落ち方が激しいように見えてしまう。見かねたソラはふと模造紙のことを思い出した。


「うん。……あ、じゃあさ、ひとつ聞いてもいい?」


「ん?」


「白くて大きな紙、何枚か家にあったりしない……よね?」


「白い紙かあ……。いや、あったと思うぞ? ちょっと待ってろ」


 そう言い残し新太郎は部屋を出た。数分後「これでいいのか?」と何かを持ってきた。しかし新太郎の持ってきたものはアナザーデイズの誰もが想像していたものとは少しイメージが違ったことだろう。だがこの状況では最高に良い材料だった。


「今度の日曜にでも障子を張り替えようと思っていてね。うちは古い家だから至る所に障子張りの戸があるだろう。ソラが使いたいのであれば先に使いなさい」


「ありがとうじいちゃん」


 人に頼ってみるというのもたまには悪くないのかもしれない。


「今日の夜までに動画を仕上げる。その間にカイとリクはスクリーンを作ってくれ」


「了解!」


「任せろ」


 二人は庭に繰り出し、障子紙と木材をブルーシートに広げ作業に入った。時間が無いので一発勝負だ。ソラも昨日撮影した動画の編集に取り掛かった。


 昨日撮影した動画は、基本ナツの目線から見た景色というのをテーマにしていた。リクはそのことをよく理解しており、撮影の画がとても編集しやすかった。


 ――もし本当にこの場にナツがいたのなら。


 なんて、つい夢見がちなことを想像してしまう。


 ――どうしても避けられないのだろうか。


 ナツは考え直してくれないだろうか。あれでいて結構頑固なところがある。考えを変えることはないと、頭では分かっていても、それでもやってみなければ意味が無いのだ。

 やりきらなければ未来の自分が報われない。

 なんとしても、たとえ未来が決まっていて分かっていても、この動画は完成させなければならないのだ。


「……そうだ」


 ソラは一度編集を止め、雅治の電話番号に電話を掛けた。

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