第31話

 家へと帰宅し机にパソコンを置いて、ソラは夏目記者の携帯番号を眺めていた。本当にこの話、受けてもいいのだろうか。受けるべき、なのだろうか。考えが繰り返しループする。

 しかし、カイやリク、ナツまでもが“アナザーデイズは受けるべきだ”と背中を押してくれた。ソラは覚悟を決めて、携帯番号を自分の端末に入力して送信ボタンを押す。


「……さあ、もう逃げられないぞ、俺……」


 3コール後、夏目が出た。


『もしもし?』


「あっ。夜分にすみません。以前ご連絡いただいたアナザーデイズのソラと言います。今お時間、大丈夫ですか?」


『ああーソラくん! 連絡ありがとう。今かい? 大丈夫だよ』


「……取材の件なんですが、本人も他のメンバーも快くOKしてくれました。この話、お受けしようと思います」


『――本当かい⁉ 嬉しいなあ、ありがとうソラくん!』


 電話越しで何か重いものが落ちたような音が響いた。


「だ、大丈夫ですかっ」


『大丈夫大丈夫! デスクの物が喜びのあまり落としちゃって……』


「はあ……」


 デスク――ということはこの人、まだ仕事をしているのか。時刻は22時を回っていた。彼は残業をしているのだろう。


 ――俺の職場は恵まれているな。


「……大変ですね」と、つい本音が出てしまう。


『そうでもないさ。好きだからやっている仕事だし。……正直、この話は断られると思ってたんだ』


「この取材を、ですか?」


『そう。夏人くんなら断るんじゃないかって思っていたから。今の私がいるのは夏人くんのおかげだし……。ただ私の仕事の所為で彼が表舞台から去ってしまったのではないかと思っていて。だから彼に断られずに済んだのは君のおかげだよ。ありがとうソラくん』


「……。いえ」


 ナツが表舞台から去ったことについて、とても気になったが、それは今度夏目に会った時にでも聞いてみようと思った。


『もともと音楽雑誌を担当していたんだけど、今は外されてメディア部に入っていてね。君たちの動画を少し拝見させてもらったよ。取材を受けてもらえるからには今月いちいい記事を書かせてもらうよ!』


「ありがとうございます。早速なんですが、日にちなどを相談させていただきたいんですが……」


 その後、約1時間程、日にちや時間など細かいことを決めてその日は終了した。


 2日後の昼休みのことである。

 カイが突然「山代大花火祭に行きたい!」と言い出した。


「なんだい、それ」


「地元のお祭りだよ。毎年8月の第1土曜日に開催されるんだ。花火が凄く綺麗なんだ」


「へぇ」


 8月の第1土曜日……その翌日は例の取材日だな、とソラはふと思った。


 ――あれ?


 チクリ、とソラの中で何かが引っ掛かった。何か大事なことを忘れているのではないかと、頭の中が警鐘する。


 ――なんだっけ。

 ――なんだっけ。

 ――なんだっけ?


 どうして思い出せないんだ。きっと、とても大事なことなのに。冷や汗がつぅーとソラの頬を伝う。


「……花火かあ。久しく見てないなあ」


「そっか! ナツくんってここに来る前まで入院してたんだっけ?」


「そう。病院から近くの花火大会の音が聞こえたりとかはしてたけど、見に行くことはできなかったから」


「じゃあ、今年は絶対に見に行こう! アナザーデイズのみんなで!」


 カイが屈託なく笑う。その笑顔を見ているとこっちまで幸せな気分になる。さっきまで息がしづらかったのに、今はもう平気だ。

 ああ、大人なのになんて情けないだろう。額に掻いた嫌な汗をソラはひと拭いした。


「ソラ?」


「ん?」


「……いや、なんでもないよ。なんでもないならいいんだ」


 ナツは彼が動揺していたことに気付いていたようだがあえて深入りはしなかった。


 帰り道、カイとリクと別れた後、またいつもと同じようにソラとナツは帰る。いつもなら。その日の出来事を言い合って笑ったりするのだが、今日はなんだかナツがご機嫌斜めのようだった。話しかけるにもナツの表情が窺えずソラは怖くなっていた。

 怒っているのだろうか。だったら何に対してだろう。それとも気分じゃない、とかか?などど考えていると「ソラ」と急に名前を呼ばれた。


「な、なんだよ急に。驚かせるなよ……」


「驚かせるつもりは無かったんだけど」


「そ、そうだよな。ごめん」


「そんなのはどうでもいいんだよね。さっき何考えてた?」


「さっき……?」


「花火の話をした時、可笑しかったよね」


 やはりバレていたか。あの時何も突っ込んでこなかった為、そのままスルーしてくれると思っていたのだが、そうはしてくれないらしい。


「何って、だから言ったろ? 別に大したことじゃないって」


「本当に? 結構青い顔して焦っていたように見えたけど」


 ――妙に鋭いな、こいつ。


「……何か大事なこと忘れてんな俺、って思っただけ。心配するようなことじゃない」


「そう。それならいいんだけどさ」


 二人の間に再び沈黙が訪れる。


「…………何か、怒って、る?」


 何も悪いことはしていない(つもりかもしれない)だが、ここまでそっけなくされるとソラも知らないうちに何か仕出しでかしたのではないかとハラハラする。ナツの中で何かが引っ掛かっているのだろう。思うところがあるのなら早めに言ってほしい。話し掛けたことに対しての回答を待っていると、急にナツが歩いていた足を止めた。振り向いた時に見えた彼の目はほぼ『無』の感情だった。やっぱり、怒っている。


「……何か僕に言うことは?」


「しつこいぞ、ナツ」


「僕は、君を心配しているんだよ。僕はそんなに頼りないかな?」


「え?」


 俯きながら話していたので、不意にそんなことを言われてソラは言葉を失った。顔を上げてナツを確認すると、彼はまるで泣くのを我慢しているような表情をしていた。


「君の不安を、一緒に背負うことはできないのかい?」


「な、なんでそういう話になる⁉」


「ソラはいつも僕のことを助けてくれるのに、僕はそのお返しができない。だからと思って相談に乗れればと思ったんだ」


 そうか。

 いつもと違う様子を見て、ナツなりに心配になってくれていたのか、とソラは少しだけ嬉しくなって口元がつい緩んでしまう。


 ――俺のポーカーフェイスもまだまだだな。


「……本当に大したことじゃないし、気に病む必要はない。ありがとう」


「……まあ、助けてもらってばっかの僕が言うのもなんだけど、隠し事はやめてよね。少しでも力になれるように努力はするからさ」


 ――ああ。


 彼が生きているだけで十分だと思っていたのに、つい欲が出てしまう。


「…………ダメだなあ……」


 夕日の輝きに触発され、ソラはつい本音を吐露してしまう。ナツには聞こえていないようだったのでほっとする。


「あ。そういえば、カイくんの言っていたお祭りのことなんだけど」


「うん?」


「花火見に行くところを次の動画にしてみたら? きっと面白いんじゃないかなと思ったんだけど。地方のお祭りなんて早々見れるものじゃないし」


 撮影するものが決まっていないなら、と少し恥ずかしそうにナツは言葉を付け足した。確かに地方ネタは自分も誰かの動画を見てみると面白いと感じる。

 それにソラにとって『花火』というワードは少しだけ思い入れがある。

 これはでもあるのだ。

 そんなことを思った帰り道だった。

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