第25話
放課後、あの体育教師から逃げられるワケもなく、彼らアナザーデイズは体育館の掃除をしていた。まさかナツにまで目を付けるとは思っていなかったが、当人と言えば――
「誰もいない体育館っていいよね」
なんて楽しそうにしているものだから、掃除という罰ゲームも悪くないなとソラは思い始めてしまった。
「だるー」
「元はと言えばカイの所為だろ。ふざけたボールが飛んでくるって、マンガかよ」
「ごめんて! まさか外したボールがあんなに飛ぶなんて思わなくて」
「過ぎたことなんだからもういいだろ。それより、ソラ、サブ撮らないか?」
リクが珍しく自分から撮影の話を持ち掛けてきた。
「サブ?」
ナツがモップを片手に持ちながらリクに聞き直す。
「ゆるい動画のこと。本編ともう一個みたいな。日常をそのまま撮影する感じかな」
「へぇ、この間のも結構そのままって感じがしたけど。それとはまた違うんだね」
「筋書きが無いものをサブっていうんだ。てか、罰ゲームをサブで撮るなんて斬新~。面白いけどね!」
「じゃあ、撮るよ」
リクがスマートフォンを横向きにしてカメラを回す。
「……あ。挨拶みたいなのやらないんだ」
「サブではな。こう……だらっとしてる方がいいんだよ」
「だらっと」
「それにしても汚れ、中々落ちないな」
「硫酸でもぶっかける?」
「いや、それはさすがにやばいだろ! さっさと終わらせて帰りアイス買って帰ろうぜ」
サンセーと、一致団結し掃除の続きを再開する。鼻血を垂らした部分が一番手強そうだった。ナツとカイが一生懸命に擦っている。
「んー。落ちないなぁ」
「そうだね。洗剤、違うの借りてこようかな」
「ぼく、借りてくるね!」
カイがぴょんぴょんとうさぎのように跳ねながら体育館を出て行った。その姿を見てソラは「ふっ」と無意識に笑みを零した。
「本当……何年経っても変わんないな、あいつ」
「そうなんだ」
「うおっ、なんだナツか。びっくりした……。急に来るなよ」
「だって手が動いてなさそうだから。手を動かさないと終わらないよ~」
……確かに。彼の言う通りだ。元はと言えば自分の所為でもあるからなんだか手伝わせていることが段々申し訳なくなってきた。
ひと息、大きく息を吸って吐いて、深呼吸をする。カイが何種類か洗剤を借りてきたので、いよいよラストスパートをかける。
こんな時間でさえも今となっては過ぎてほしくないと思う。
10分後、鼻血の跡も綺麗さっぱりと無くなり、サブ動画の方も撮り終えた。
「頑張った後のアイスは格別だね~」
下校途中の川原近くにあるガードレールに腰掛けながらカイがそんなことを言った。確かに何かをした後の甘いものは罪だと思う。ソラもリクもその甘さに癒されていた。
ナツはといえばジュースをつまらなさそうに飲んでいた。というのも、この間の一件もあるしアイスみたいなお腹を壊しかねない食べ物はやめようと三人掛かりで止めたのだ。
「……羨ましいな。僕もアイス食べたいよ」
その言葉にゾッとする。
「ダメだ。またあんなことになったら困るのはお前だろ」
「困る前に満足するから良いんだよ」
「いや困るんじゃねえか!」
少し強めに否定するとナツはクスクスと笑いだした。
何か変なことでも言っただろうか。
――俺は真面目な話をしてるんだぞ?
ムスッとしていたことがバレたのかナツは笑うのをやめてソラを見た。
「あははっ。ごめんごめん。心配してくれてありがとう。アイスは食べない。冗談だよ」
「……。冗談は程々にしてくれよ」
「うん。あの時のはもうご免だよね」
ナツは流れる川を見ながら先程とは違う笑みを見せた。リクもカイもナツの言葉に自然と耳を傾けていた。
「そ、そうだ! ナツくんってピアノが弾けるんだよね?」
沈黙に耐え兼ねたカイがひとつ話題を振った。いつも明るいカイなりの気遣いなのだろう。ソラは無意識に緊張を解いた。
「あー……5年以上触ってないから分からないけど……一応は弾けると思う」
「凄いよねー。ぼく、楽器の成績ゲロヤバなんだよね~」
「高校の音楽だから、リコーダーとか?」
「うん。先生曰く音のリズムが取れてないんだって」
「へえ」
カイが何かを閃いたのか「あ!」と大きな声を出した。
「ね、ね、ソラちん! 今度音楽室借りてさナツくんにピアノ弾いてもらおうよ!」
「バッ――」
ソラは心中焦りまくった。ナツにとってピアノというワードは地雷に等しい。弾きたくなかったから5年も触っていないんだろう。ソラは顔を引きつりながらそっとナツの方を向いた。彼は何も思わずに「うん。いいよ」と軽く了承した。ソラはホッと胸を撫で下ろした。
「さて。そろそろ帰ろうか」
アイスの棒をコンビニ袋の中に入れ、ガードレールから腰を上げる。カイもリクも食べ終わっていたようでゴミを捨ててくれると知っているから迷いなく袋に入れていく。ナツもジュースを飲み終えたようだ。
「ほら」
「え、何?」
「何って、一緒に捨てた方が早いだろ。だから、ほら」
ソラがナツの目の前に袋を差し出す。一瞬ナツは彼が何を言っているのか本当に理解が出来ていなかったが、すぐにその言葉の意味を理解しゴミを袋の中に入れた。
「ああ、そういうこと。ありがとう」
帰路の途中、カイは子供のように両手を広げて夕日で影を作って遊んでいた。リクはというと、そんな彼の隣で話をただただ聞いていた。
いつも通りなのに少し違和感。
だけど、その違和感の正体はよくは分からなかった。いや、まだこの時のソラは分かろうとしていなかったのかもしれない。
ふと、後ろからついてきていたはずのナツが立ち止まったように感じて、ソラは後ろを向く。
「……ナツ? どうした」
「…………ねぇ、ソラ。僕ね今が毎日楽しいんだ。いつまでも、こんな日が続けばいいとさえ思うんだ。こんなの、可笑しいよね」
その言葉の意味を、少なくともソラは知っていた。だからあえて知らないふりをした。
「続くだろ。明日世界が終わるわけじゃないんだし」
その答えが、果たして正解だったかどうかは分からない。だけど今回はどうやら“正解”だったようだ。
「……うん。君が言うのなら、きっと
しかし夕日の逆光の所為か、ナツの表情は読めなかった。ただどうしてか。ナツはこの時泣いていたのではないかとソラは感じていた。
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