第20話

 昼食を終え、動画も完成したので投稿を完了させる。時刻はもうすぐ15時を回ろうとしていた。

 カイは居間で優雅に腹を出して寝ている。ここはお前の家か? と思わずソラはツッコみたくなった。リクはリクでスマートフォンをいじっていた。音楽でも聞いているのかイヤホンをしている。ソラも次に何を撮ろうか企画を考える。ナツは……縁側でぼーっとしていた。

 外を眺めるその目は『諦めた目』をしているのだろうか。そこが不安だったがナツを横目に見つつ企画書を作成する。

 16時、そろそろ美舟たちが帰宅する時間だ。カイを起こさなければ、とソラは重い腰を上げる。


「おーいカイ。そろそろ起きろー」


「うー……あい」


 なんだその返事。ソラは少しいらっとしたのでカイのケツをひっぱいた。


いだっ! ちょっと、もう少し大切に扱えよ」


「なんでだよ。もうすぐばあちゃんたち帰ってくるから起こしてやったんだろ」


「あ、もうそんな時間? じゃあ帰る準備しなきゃだね」


「おー、そうしてくれ。ナツも……ナツ?」


「……え?」


 ナツは不意を突かれたような表情でこちらを向いた。そんなに声が大きかっただろうかとソラは若干不安になる。目を2、3回瞬きして、彼はいつもの表情に戻った。


「何?」


「……あ。もうそろそろばあちゃんたち帰ってくるから。制服は玄関に置いてあるから」


「うん、ありがとう」


 吸い込まれそうな目。ソラは初めて会った時にも感じたことだったが、やはり彼にはどこか儚さが見えている。だが今日は何かが違う。その声に覇気が無いと思ったのだ。

 玄関まで付いて行き、カイとリクが「お邪魔しました」と外に出ようとしていた時だった。ナツが靴を履いていた。……が、2分程経っても彼がその場から動かなかったのである。


「ナツくん?」


 きっと最初に気付いたのはリクだったはずだ。ナツの肩を少し揺らす。その肩は小刻みに震えている。


「ナツく……。ソラ、カイ。ナツくん運ぶよ」


「えっ、どうしたの?」


「変な汗いてるし、少し熱っぽい。ナツくん大丈夫? 立てる?」


 ナツにソラたちも近付く。近くまで来ると分かる。息が荒い。それに汗も多く掻いていた。リクへの返事を返すのも辛そうだった。


「せーの!」


 リビングにあるソファにゆっくりと寝かせる。カイは風呂場に行きタオルとぬるま湯を取ってきた。ソラは辛そうなナツの背中をさすることしか出来なかった。


「……ナツくん、今からご両親に連絡するから携帯借りるよ」


「やめ……‼ ――つぅっ」


「そんな意地張ってる場合じゃないでしょ。お腹、ずっと痛いの我慢してたの?」


「…………大丈夫、だと思って」


「言ってくれれば良かったのに」


 ぽつり、カイの口から本音が零れる。心配していたのはソラも同じだった。その空気を読んだのかナツは苦しまぎれの笑顔をこちらに向けた。


「ごめんね。僕が叔父さんに連絡する……」


「大丈夫じゃないからそうなるんだよ」


 リクが問答無用でナツのスマートフォンを取り上げた。ロック画面は既に開いており、叔父の唯一郎への電話を掛ける一歩手前だった。リクはそれを確認すると通話ボタンを押した。


「……すみません。オレはナツくんの友人のリクと言います。はい。ナツくん今ちょっと動けなくて。すみませんが迎えに来て頂けませんか? ……はい、あ、えっと。ソラ」


「ん?」


「叔父さんってソラの家の住所、知ってる?」


「お、おう。なんなら一昨日来てるし」


「はい、ソラの家にいるので。え? ナツくんの状態ですか? ……冷や汗が少し出ているのと発熱、腹部を痛がっています。意識は正常です。はい、ではお願いします」


 慣れたもので電話があっという間に終わった。通話を切るとナツにスマートフォンを返した。


「ソラ、10分くらいで来るって」


「分かった。……どうして何も言ってくれなかったんだよ」


 ソラがナツに疑問を投げ掛けるとナツは申し訳なさそうな顔をして「迷惑だと思った」と初めて弱音を吐いた。


「そんなことないよ。誰も思ってない」


 いつもふわふわとしているカイがここにきてしっかり者に見える。意外と面倒見がいいことが、その雰囲気からうかがえた。カイは涙目になりかけていたナツの頭をポンポンと撫でた。安心したのか、ナツの目から涙が何粒か落ちた。そして痛みに疲れたのであろう、そのまま意識を手放した。

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