婚約者を奪われて悔しいでしょう、ですか? いえまったく
柚木ゆず
プロローグ エリザベット視点
「エリザベット様。わたくし先日、フィレーダ侯爵家のセヴラン様と婚約いたしましたの」
ライズネルト公爵家邸で開かれている夜会の最中。知人との会話が終わって、とある準備を行うために会場から出ようとしていた時でした。出入り口へと向かっていると、豪華なアクセサリーをこれでもかと身につけた方がやって来ました。
『貴金属に着られている』。そんな印象を受けるこの女性は、ナディーヌ様。ミレネア子爵家に名を連ねる方でしたね。
「噂としてではありますが、存じ上げております。ミレネア様、おめでとうございます」
「おほほほ、痛み入りますわ。……あら、そういえば――。同じく噂によるとエリザベット様は、かつてセヴラン様と婚約関係にあったそうですが。そちらは事実ですの?」
「ええ、事実でございます。そういった出来事も、ございました」
今から、1年と3か月前のこと。私は#セヴラン__フィレーダ__#様と婚約を行い、それから3か月後に解消することとなりました。
解消の理由は、他に好きな人ができて私に飽きたから。
そのため白紙にすると突然言い出し、おまけに世間体を意識して『双方の合意にしろ』とも言い出したのです。
あまりにも身勝手な行動のオンパレードだったのですが、フィレーダ侯爵夫妻とニーエイル伯爵夫妻――私の父と母は、非常に愚かな人間。
『慰謝料を多めに支払う。そちらで手を打っていただきたく思います』
『そ、そんなもの呑むわけには――えっ!? 2億ルピス(1ルピス=1円)もいただけるのですか……っ!? よっ喜んで!!』
『セヴラン様が新たな方と心置きなく恋を行えるよう、出来る限りのご支援をさせていただきますわ!!』
このように私の居ないところで話が進み、結局フィレーダ様の望む形で解消となっていたのです。
「まあ、そうだったのですのね。……まあ、まあまあ。わたくしに一目惚れをされた時、他の方と交際を行っていたそうですが――。その方は、エリザベット様でしたのね」
当時の出来事を振り返っていたら、ミレネア様はツリ目を見開いて驚かれました。
……いえ、違います。全てがワザとらしいので、この方は驚いたフリをしました。
「あらあら。ということは――。エリザベット様ではなく、わたくしが選ばれた、ということですわねぇ」
にやり。ミレネア様は下卑た笑みを浮かべ、こくりと首を傾ける。そして、
「学院時代に高い人気を誇っていたあのエリザベット様が、そんなことになってしまうだなんて。学院時代は常にエリザベット様の影に隠れてしまっていた、格下子爵家の人間。そんなわたくしに娘婚約者を奪われて、悔しいでしょう?」
こんなことを、言い始めました。
……かつて同じ学年に在籍していたものの、ほぼ面識のない相手に――面識があっても、よいとはならないのですが。面と向かってこんなことを言うだなんて、性質、育ち、頭の程度が分かってしまいますね。
((こんな方のお相手をするのは、時間の無駄です。これから大事な準備がありますので、所謂無視をしたいところですが))
「本心を教えてくださいまし。悔しいのでしょう? そうなのでしょう?」
少し返事をしなかったら、この調子ですので。反応しない限り、いつまでも繰り返して付き纏ってくるのでしょう。
ですので、仕方がありませんね。私はお望み通り本心をお伝えすることにして、
「いえ、まったく」
ニッコリと、微笑んだのでした。
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