幼馴染と結婚するために、私との婚約を一方的に解消してきた元婚約者様へ。貴方の幼馴染には、好きな人がいるみたいですよ?

柚木ゆず

プロローグ リゼット視点

「リゼット。今日この場で、お前との婚約を解消する」

「………………。はぃ?」


 淑女らしからぬ、間抜けで品のない声。そんなものが出てしまったのは、仕方のないことだと思う。


 事前に連絡が一切ない、突然の来訪――ノックなしでの、私の部屋への入室。

 一昨日プロポーズを申し込まれた人からの、いきなりの解消宣言。


 私の婚約者――ドニ・リートアル様はこんな予想外を畳みかけてきたのだから、そうならずにはいられなかった。

 そのため現在も思考回路が停止しかけているのだけれど、ドニ様は書類を……多分婚約解消に必要な書類を置いて、立ち去ろうとしている。このまま去られてしまったら大変なので、無理やり心を落ち着かせて声をあげた。


「ど、ドニ様っ。婚約を、解消? なぜ、そういったことになったのでしょうか……?」

「その詳細は、テリエール卿に――お前の父親にさっき話した。短時間に二度説明するほど無益なことはないからな。知りたくば卿に聞くんだな」

「おっ、お待ちくださいっ。そのような形で――」

「俺はこれから、選択ミスの挽回で忙しいんだ。お前相手をしている暇はない」


 ドニ様は冷めた目でそう言い放ち、一度も振り返ることなく部屋を――お屋敷を去ってしまった。なので私は丁寧な見送りをしていたお父様に尋ね、そうしてようやく全容を理解することができた。


 ドニ様にはリテッレ伯爵家の長女・シルヴィ様という、18歳の同い年の幼馴染がいる――。

 今と違ってドニ様は私に夢中になられていて、そのため交際を始めてからは――半年前から1度も会っておらず、婚約の報告をするため昨日おひとりで会った――。

 そうして久しぶりにシルヴィ様と話しをしていたら、自分が長年抱いていた感情は『LIKE』ではなく『LOVE』だったと気付いた――。

 そのため私との婚約は『誤り』『失敗』だったと思うようになって、シルヴィ様と婚約、結婚をすることにした――。

 ウチことテリエール家は平凡な子爵家で、ドニ様のお家は裕福な伯爵家。良いパイプがなくなるのでお父様とお母様は抗議を行い、そうしたら慰謝料を1・5倍やると言われ大喜びで快諾した――。


 私が知らない間にそんなことがあって、なのであのようなことになっていたのだった。


「伯爵家とのパイプはなくなってしまったが、2億ベルス(1ベルス=1円)もの大金が手に入ったんだ。よかったよかった」

「これでようやく、事業に乗り出せるわね。よかったわ」

「……そうですね、お父様お母様。私も、よかったと感じています」


 あのような人と縁を切れて、よかった。私の心の中はすっかり冷めてしまっていて、悲しみはなく安堵しかない。

 なのでショックはなく、お父様とお母様の性格もよく知っているため、お二人の言動に対する落胆もない。そこで私は自室に戻り、気分転換に読書をすることにして――


「あ。そういえば」


 ――一冊の本を取って椅子に座っていたら、あることを思い出した。

 突然の来訪や、婚約解消。それらですっかり忘れていたけれど……。


「シルヴィ様との婚約も結婚も、出来ないのではないかしら。だってあの方は、1か月前に夜会でお会いした際に――」

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